第5話 値段のついた想い
修理は、終わっていた。
机の上のカメラは、
元の形を取り戻していた。
分解した部品はすべて戻し、
ネジも締め直してある。
シャッターを押す。
乾いた音が、
部屋の中に小さく響いた。
問題はなかった。
壊れる前と同じように、
動いていた。
それ以上のことは、
できない。
それでいいはずだった。
振り向く。
少女は、
部屋の奥に立っていた。
前よりも、
さらに遠かった。
赤だけが、
静かにそこにあった。
袖口から覗く、
細い赤い糸。
それは変わらなかった。
けれど、
近づこうとはしなかった。
カメラを見ていた。
ただ、
見ていた。
何も言わなかった。
僕も、
何も言わなかった。
机の上のカメラに触れる。
冷たさは、
まだ残っていた。
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翌日、
男は約束通り現れた。
玄関の前で、
僕を見た。
「どうだった」
短く聞く。
「直りました」
カメラを差し出す。
男は、
両手で受け取った。
しばらく、
動かなかった。
カメラを見ている。
確かめているような、
そんな視線だった。
シャッターを押す。
音が鳴る。
もう一度押す。
同じ音が鳴る。
男は、
小さく頷いた。
「助かった」
それだけ言った。
感情は、
あまり見えなかった。
「ありがとう」
続けて言う。
声は、
変わらなかった。
ポケットから、
封筒を取り出す。
差し出す。
僕は、
首を振った。
「いりません」
男の手が、
わずかに止まる。
それから、
封筒を戻した。
「そうか」
それだけだった。
カメラを鞄にしまう。
動作に、
迷いはなかった。
最初から、
そのつもりだったみたいに。
「また頼むことがあるかもしれない」
男は言った。
問いではなかった。
ただ、
そこに置かれた言葉だった。
男は帰っていった。
足音が遠ざかる。
振り向く。
少女は、
いなかった。
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数日後。
駅前を歩いていた。
特に、
理由はなかった。
ただ、
まっすぐ帰る気になれなかった。
店の前を通り過ぎる。
ガラスケースが、
光を反射していた。
足が止まる。
理由は、
すぐに分かった。
そこに、
カメラがあった。
黒い外装。
擦れた角。
見覚えのある傷。
間違いなかった。
自分が直したカメラだった。
白い紙が、
横に置かれていた。
数字が書かれていた。
値段だった。
しばらく、
動けなかった。
ガラスの向こうで、
カメラは静かに置かれていた。
壊れてはいなかった。
元の形のまま、
そこにあった。
それでも、
何かが違って見えた。
振り向く前に、
そこにいると分かった。
少女だった。
少し離れた場所に立っていた。
前よりも、
遠かった。
赤だけが、
はっきりと見えた。
少女は、
カメラを見ていた。
何も言わなかった。
僕を見なかった。
ただ、
カメラを見ていた。
そのまま、
動かなかった。
僕は、
ガラスに触れなかった。
触れる理由が、
分からなかった。
しばらくして、
少女の輪郭が、
静かに薄れていく。
赤だけが、
最後まで残っていた。
それも、
やがて消えた。
ガラスの向こうで、
カメラは、
静かに置かれていた。
値段のついたまま。
僕は、
しばらく動かなかった。
風が吹く。
何も、
変わっていないはずだった。
それでも、
何かが、
少しだけ違っていた。




