第4話 残されたままのもの
それは、放課後のことだった。
教室には、
もう誰も残っていなかった。
机の上に、
分解されたイヤホンがある。
片側だけ、
音が出なくなっていた。
断線だった。
被膜を剥き、
細い線を繋ぎ直す。
それだけでいい。
元の場所へ戻す。
それだけだった。
振り向く前に、
そこにいると分かった。
少女だった。
窓の近くに立っていた。
夕方の光の中で、
赤だけが、
静かにそこにあった。
袖口から覗く、
細い赤い糸。
前と同じ距離。
前と同じ視線。
何も言わなかった。
ただ、
見ていた。
イヤホンを。
僕を。
ネジを締める。
部品を戻す。
音は、
戻るはずだった。
それ以上のことは、
できない。
それでいい。
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帰宅すると、
玄関の前に、
見知らぬ男が立っていた。
年は、
父親より少し若いくらいだった。
スーツではなかった。
けれど、
仕事の途中のような、
そんな空気をまとっていた。
「君が、色々な人の修理をしているって噂で聞いた」
男が言った。
僕を見る。
表情は、
動かなかった。
「少し、見てもらいたいものがある」
男は、
鞄を開ける。
中から、
カメラを取り出した。
古い型だった。
黒い外装は、
擦れて光を失っていた。
それでも、
形は整っていた。
「シャッターが切れないだ」
男は言った。
「大事なものでね」
そう言って、
カメラを差し出す。
受け取る。
重さが、
手に残る。
壊れたものの重さ。
使われてきたものの重さ。
「見てみます」
僕は言った。
男は、
小さく頷いた。
「急がなくていい」
それだけ言う。
理由は、
言わなかった。
男は、
それ以上何も言わずに帰っていった。
足音が、
遠ざかる。
玄関に、
静けさだけが残った。
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部屋に戻る。
机の上に、
カメラを置く。
夕方の光が、
窓から差し込んでいた。
カメラに触れる。
冷たかった。
壊れたものの冷たさ。
振り向く。
少女がいた。
部屋の奥に立っていた。
けれど、
前よりも、
少しだけ遠かった。
赤は、
変わらずそこにあった。
それでも、
距離だけが違っていた。
少女は、
カメラを見ていた。
何も言わなかった。
近づこうともしなかった。
ただ、
見ていた。
僕は、
カメラを開く。
内部を確認する。
シャッター機構が、
途中で止まっていた。
部品の摩耗だった。
元の位置へ戻す。
慎重に。
壊さないように。
元に戻す。
それだけだった。
それ以上のことは、
できない。
修理を続ける。
少女は、
一度も近づかなかった。
何も言わなかった。
ただ、
見ていた。
赤だけが、
静かにそこにあった。




