表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕にだけ聞こえる、捨てられなかった声  作者: ろくぶて


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

第3話 春の手触り

 雪は、いつの間にか消えていた。


 校庭の端に残っていた白も、

 朝にはもう見えなくなっていた。


 空気は、まだ冷たかった。


 けれど、


 冬の冷たさではなかった。


 放課後、


 工具箱を鞄にしまう。


 最近は、


 修理を頼まれることが増えていた。


 時計。


 音の出ないイヤホン。


 閉じなくなった傘。


 どれも、


 特別なものではなかった。


 それでも、


 持ち主にとっては、


 替えのきかないものだった。


 直す。


 元の形へ戻す。


 それだけだった。


 それ以上のことは、


 できなかった。


---------------------------------------------------


 校門を出る。


 風が、


 少しだけ柔らかくなっていた。


 空を見る。


 雲は薄く、


 光が広がっている。


 冬は、


 終わろうとしていた。


 ポケットに手を入れる。


 右手と、


 左手。


 どちらも、


 何もはめていない。


 それでも、


 前ほど冷たくはなかった。


 歩き出す。


 見慣れた帰り道。


 足音だけが、


 静かに続く。


 振り向く前に、


 そこにいると分かった。


 少女だった。


 少し後ろを、


 同じ速さで歩いていた。


 白い世界はもうなかった。


 それでも、


 赤だけは、


 変わらずそこにあった。


 袖口から覗く、


 細い赤い糸。


 春の光の中でも、


 それだけは、


 はっきりと見えた。


 少女は、


 僕の左手を見ていた。


 何もはめていない手。


 何も持っていない手。


「……まだ、冷たいまま」


 少女が言った。


 声は、


 静かだった。


 責めてはいなかった。


 ただ、


 知っていることを、


 確かめる声だった。


 僕は、


 答えなかった。


 少女は、


 視線を上げる。


 目が合う。


 その目は、


 前と同じだった。


 怒ってはいない。


 悲しんでもいない。


 ただ、


 そこにあった。


「どうして」


 少女が言う。


 少しだけ間を置く。


「そんなに直すの」


 僕は、


 前を向いたまま、


 歩き続ける。


 答えは、


 すぐには出なかった。


 修理は、


 ただ元に戻すだけだ。


 それ以上のことは、


 できない。


 それでも、


 止めることはできなかった。


「……分からない」


 ようやく、


 そう答えた。


 本当だった。


 少女は、


 しばらく何も言わなかった。


 ただ、


 隣を歩いていた。


 同じ速さで。


 同じ距離で。


 やがて、


 家の前に着く。


 門の前で止まる。


 振り向く。


 少女は、


 すぐそこにいた。


 手を伸ばせば、


 届きそうな距離。


 けれど、


 伸ばさなかった。


 少女の視線が、


 左手に向く。


 何もはめていない手。


 少しだけ、


 間を置く。


「……そこは」


 少女が言う。


「寒くないの」


 意味は、


 分からなかった。


 答えも、


 出なかった。


 少女は、


 それ以上、


 何も言わなかった。


 ただ、


 僕を見ていた。


 しばらくして、


 輪郭が、


 静かに薄れていく。


 赤だけが、


 最後まで残っていた。


 それも、


 やがて消えた。


 門の前に、


 一人で立っていた。


 左手を見る。


 何もなかった。


 それでも、


 しばらく、


 動けなかった。


 春の風が、


 静かに通り過ぎていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ