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僕にだけ聞こえる、捨てられなかった声  作者: ろくぶて


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第2話 直したものの向こう側

 それは、小さなラジオだった。


 机の上に置かれたそれは、角が欠けていた。


 黒い外装は擦れて、

 長い時間、使われてきたことが分かる形をしていた。


「音が出なくなって」


 同級生が言った。


 自分ではなく、


 ラジオを見ている。


「落としたら、急に」


 指先が、


 欠けた角に触れる。


「じいちゃんのなんだ」


 少しだけ間を置く。


「毎朝、これでニュース聞いてて」


 それ以上は言わなかった。


 言葉にしなくても、


 分かる気がした。


「捨てたくなくて」


 僕は頷いた。


「見てみる」


 ラジオを手に取る。


 冷たかった。


 それは、


 壊れたものの冷たさだった。


 工具箱を開ける。


 ドライバーを取り出す。


 裏側のネジに合わせる。


 回す。


 わずかな抵抗のあと、


 ネジが緩む。


 裏蓋を外す。


 中の部品が見える。


 断線はしていない。


 接点が、


 少しだけずれていた。


 元の位置に戻せばいい。


 それだけだった。


 そのとき、


 振り向く前に、


 そこにいると分かった。


 少女だった。


 教室の窓の近くに立っていた。


 夕方の光の中で、


 白の中に、


 赤だけが、


 静かにそこにあった。


 少女の袖口から、


 細い赤い糸が、


 わずかに覗いていた。


 風もないのに、


 わずかに揺れていた。


 少女は、


 ラジオを見ていた。


「古いのに」


 少女が言った。


 声は、


 前と同じだった。


「直しても」


 少しだけ間を置く。


「また、止まるのに」


 責めてはいなかった。


 ただ、


 確かめている声だった。


 僕は、


 接点に触れたまま答えた。


「それでも」


 指先で、


 ずれた場所を戻す。


「止まったままよりは、いいから」


 少女は、


 何も言わなかった。


 ただ、


 ラジオを見ていた。


 ネジを戻す。


 蓋を閉じる。


 電源を入れる。


 一瞬の沈黙。


 それから、


 ノイズが走る。


 続いて、


 音が戻る。


 ニュースの声だった。


 同級生が、


 息を止める。


「……直った」


 ラジオを、


 両手で持つ。


 壊れ物を扱うみたいに、


 ゆっくりと。


 音を聞いている。


 失われていた時間を、


 確かめるみたいに。


「……ありがとう」


 小さく言う。


 それから、


 ラジオを机の上に戻す。


 手は、


 すぐには離れなかった。


「……ごめん」


 同級生が言う。


「ちょっと、トイレ行ってくる」


 ラジオを見る。


 もう一度、


 指先で触れる。


 確かめるように。


「戻ってきたら、持って帰るよ」


 僕は頷いた。


 同級生は、


 振り返らずに教室を出ていった。


 扉が閉まる。


 教室に、


 ラジオだけが残る。


 少女が、


 近づいた。


 ゆっくりと、


 手を伸ばす。


 ラジオに触れようとする。


 指先が、


 止まる。


 届かなかった。


 ほんのわずかな距離で、


 触れられなかった。


 少女は、


 しばらくそのまま、


 動かなかった。


 それから、


 手を下ろす。


 視線が、


 僕に向く。


 何も言わなかった。


 けれど、


 前とは少し違っていた。


 怒ってはいなかった。


 ただ、


 見ていた。


 僕を。


 しばらくして、


 少女の輪郭が、


 静かに薄れていく。


 気配だけが残り、


 それも消えた。


 教室には、


 僕だけが残った。


 机の上のラジオに触れる。


 冷たさは、


 まだ残っていた。


 それでも、


 壊れていたときとは、


 少しだけ違って感じた。

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