第9話 机の奥
部屋の空気は、
何も変わっていなかった。
窓の外では、
冬の光が、
静かに広がっている。
音は少なく、
風も弱かった。
机の上には、
何も置かれていない。
工具箱も、
修理を待つものもなかった。
ラジオだけが、
そこにあった。
拾ってきたままの形で、
まだ直していなかった。
椅子に座る。
理由はなかった。
ただ、
座る必要がある気がした。
振り向く。
誰もいなかった。
分かっていた。
もう、
現れないことは。
赤は、
どこにもなかった。
左手を見る。
何もはめていない手。
それでも、
もう、
冷たくはなかった。
机の引き出しに、
目を向ける。
一番上の段。
ずっと、
開けていなかった場所。
手を伸ばす。
止まらなかった。
取っ手に触れる。
冷たい感触だった。
引き出す。
抵抗はなかった。
奥に、
赤があった。
片方だけの手袋。
小さな形のまま、
ずっと、
そこにあった。
時間だけが、
通り過ぎていた。
手に取る。
軽かった。
あの冬の日と、
同じ重さだった。
しばらく、
見ていた。
声は、
聞こえなかった。
気配も、
なかった。
それでも、
何も失われていない気がした。
手袋を、
机の上に置く。
離す。
もう、
戻らなくてもいい。
そう思えた。
立ち上がる。
部屋を出る。
階段を降りる。
玄関の扉を開ける。
外の空気は、
少しだけ冷たかった。
冬が、
戻ってきていた。
門の前に、
人が立っていた。
すぐに、
誰か分かった。
幼馴染だった。
あの頃より、
少しだけ大人になっていた。
それでも、
変わらないところもあった。
風が吹く。
髪が揺れる。
視線が合う。
幼馴染は、
何も言わなかった。
僕も、
何も言わなかった。
それで、
十分だった。
やがて、
幼馴染が言う。
「……久しぶり」
それだけだった。
僕は、
小さく頷いた。
言葉は、
それ以上必要なかった。
風が吹く。
左手は、
もう、
冷たくなかった。
空は、
静かに、
そこにあった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
この物語は、
捨ててしまったものと、
それでも残っていたものについて書いた物語でした。
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