第0話 あの冬の手袋
これは、捨ててしまったものと、それでも残っていたものの物語です。
雪は、すべての音を遠くにしていた。
校庭に立つと、自分の足音さえ、どこか別の場所のものみたいに聞こえる。
吐いた息が白く浮かび、すぐに消えた。
左手には、赤い手袋。
少し大きくて、指先が余っている。
「それ、まだ使ってんの?」
声がして、振り向く。
クラスの男子が、笑っていた。
「子どもみたいだな」
別の誰かが言う。
笑い声が重なる。
左手の手袋を見下ろす。
赤い色が、雪の白の中で、やけに目立っていた。
「ちゃんと両手つけないと、また冷たくなるよ」
少し離れたところで、彼女が言った。
幼馴染だった。
責める声じゃなかった。
ただ、当たり前のことを言っているだけの声だった。
それが、余計に恥ずかしかった。
「……うるさいな」
言葉は、自分の思っていたよりも強く出た。
左手の手袋を外す。
冷たい空気が、すぐに指に触れる。
そのまま、
投げた。
雪の中へ。
赤い色が、
白の中に沈んだ。
一瞬で、見えなくなる。
誰も何も言わなかった。
笑い声も、止まっていた。
幼馴染も、何も言わなかった。
ただ、
そこに立っていた。
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次の日。
一人で校庭に出た。
同じ場所。
しゃがむ。
手で雪を払う。
冷たさが、指に残る。
もう一度。
さらに奥まで。
けれど、
赤は見つからなかった。
どこにもなかった。
雪は、何も答えなかった。
手を止める。
白い息だけが、目の前に浮かぶ。
そのまま、
しばらく動けなかった。
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もう片方の手袋は、
机の奥にしまった。
捨てなかった。
捨てられなかった。
それきり、
二度と使わなかった。
それでも、
ずっと、
そこにあった。




