魔力譲渡の訓練(後編)
「ふ……っ!」
魔力譲渡の練習は続いていた。
時間は確認していないが、ふと外を見ると、空が茜色に染まっている。いつの間にか数時間経過していたのだろう。
しかし、魔力譲渡は一向にうまくならない。
もう一度、今度はハンスに魔力譲渡を試みる。
(落ち着いて……落ち着いて……!)
そっと息を吸い、吐く。
魔力がそっと流れ出ていくような感覚。
「……ん、っ――」
パチパチ、と弱弱しい火花が散る。最初のときのような激しいものは、ここ1時間程度は出なくなっていた。
「成功……!?」
ハンスが興奮気味に声を上げる。
「……なのかな」
でも、これじゃまだ全然だめだ。
出力も安定していないし、なにより私の中で感覚がつかめていない。今回成功したのはたまたまだ。
「もうすこし練習したらマスターできちゃうんじゃないですか?」
ハンスが気持ちを奮い立たせるように言う。しかし、私もそうだが、練習に付き合ってくれているアルバやハンスにも明らかに疲れの色が見え始めていた。
「いや、今日のところはこれでおしまいにしましょう」
筋トレも勉強も、ひたすらに長くやればいいというものではない。漫然と続けていても能率が落ちてしまう。(研究のしすぎで過労死した私が言うことでもないが)
そんな時
「訓練場が騒がしいと思ったら……なんだ、君たちか」
「マリウス!」
白衣を着た長身の男――昼間に会った魔術研究部の部長、マリウス・サーファリオンが姿を現した。
「どうしてここに?」
「どうしてって、決まっているだろう。君から頼まれた案件のために、まずはイモータル・ドラゴンの様子を見にマクローラスと魔物飼育棟に来ていたのさ。彼はまだドラゴンにつきっきりだがね」
そう言いながら、軽い足取りでこちらに近づくマリウス。
「ドラゴンのほうは、やはり生かさず殺さずといった感じだったね。飼育例も少ない竜種の雛があの状態でここまで生存できたのは奇跡だとしか言いようがない」
「そんな……」
スクロールを握る手の力が強くなる。
やはり、なんとしてでも魔力譲渡をできるようにならなければ。
「安心したまえ、マクローラスのとりあえずの施術で一応小康状態にはなりつつある。我々の知見と技術を使えば、ともすれば君の力は借りる必要もなくなるかもしれん」
マリウスが自信ありげに笑う。この人の場合、私を安心させるためとかじゃなくて本当にそう考えているのだろう。
しかしその言葉に甘えすぎるのもよくない。
「君たちはこんなところで魔力譲渡の練習でもしているのかな?」
「ええ、一応ね。でもなかなかうまくいかなくて」
私が苦笑いすると、マリウスは「なるほど」と頷き、すぐに私の手元へを視線を落とす。
「このスクロール、作成者は誰かな」
「オレです!」
ハンスが勢いよく手を挙げる。
「構成を確認しても?」
「どうぞ!」
私はマリウスにスクロールを手渡す。
すると、「魔術研究部の部長さんに見てもらうなんて緊張するな~」と言いつつ、ハンスがマリウスの隣にきて自身の作ったスクロールを覗き込んだ。
私にはただのUSBメモリ的なスティックにしか見えないが、どうやら魔法を扱う人間は触れるだけで術式の情報を読み取れるらしい。
「……ふむ、第三者から見てもわかりやすい術式だね。君、優秀な術式作成者になれるよ。私も見習わないといけないな」
「恐縮です!」
「『蛇口』か、いいアイディアだ。だが……」
マリウスが目を瞑り、さらにスクロールの情報を集中して読み取る。
指先に魔力が籠っているのか、触れている部分のスクロールがうっすらと光を発している。
「なるほど、行程をいくつか省いているね。ここをあえて省略しなければさらに制御しやすくなるかもしれない」
「え、そうなんですか? 省略形なんて正規記法とてっきり同じものかと」
「原理は不明だがそういうこともあるのさ。冗長な表現というのもなかなか侮れないものだよ。あとは……」
またはじまった。専門用語マシマシの意味不明会話。
私の脳はすぐにフリーズしてしまう。
(悪い癖だわ、自分の分野から離れてることだとすぐに眠くなっちゃうのよね……!!)
ゼミや学会のときもよく居眠りをしてしまっていたことを思い出す。
自分と似たような研究をしている人の発表の時には質問とかも率先して行えるのに!
そんなことを考えている間にも、マリウスとハンス、そしていつの間にか議論に加わったアルバとの三人の会話は進んでいく。
「ライザ様の魔力性質はIVβ型だからこの処理は合わんかもしれんな」
「え、そうなんですか? βって珍しいですね」
「伝え忘れていた、すまん」
「いえいえ。じゃあここはα型処理じゃなくてβ型処理に直して――」
「いや、直すべきところはここじゃないよ。ライザ君の体質ではむしろα型のほうが適応する可能性もある。不具合の痕跡を確認したところ、悪さをしている節はこの直後だ。この一節は単独処理に回し第四界のプロトコルに合わせ――」
私は入眠の態勢に入ろうとする頭をぶんぶんと振り、三人が盛り上がっていく様を眺める。
こうやって見ていると、やはりこの世界の魔法使いとプログラマーは結構似ている。
お互いにコード書いて、ひたすらデバッグして……
(C++なら多少わかるのに……!!)
私はふがいなさに歯噛みしつつも、自分の手のひらを見つめる。
みんながここまで頑張ってくれている以上、私も頑張らなきゃ。
ここにいる誰もが優秀だけど、結局私自身が魔力譲渡のコツを掴まなければ意味がないのだから。
結局、三人は「スクロールを複製してしっかり議論しよう」とそのまま訓練場の端で腰を据えた議論を行うことになったのだった。
黒板にチョークで何かを書く音が響く中、訓練場の中央にぽつんと残されたのは私とオリジナルのスクロール。
(どうしよう、私一人で練習しろってこと……?)
訓練場の物置をちらっと見てみると、魔力譲渡の練習ができるような魔物のハリボテが。
(……まあ、やるしかないか)
***
そこからさらに数時間後。
すっかり日が落ちてしまった。
男たちの議論はまだ終わらない。
終わらないどころか、ドラゴンの処置を終えたマクローラスまで参加して、さらに収拾がつかなくなっている。
(……さすがにおなかすいてきたんだけど)
だめだ、これ以上食べなかったらカタボる。
売店に行ってパンでも買ってこようかと、こっそり訓練場を出たとき……
「……一般生徒がこんな時間に何をしている」
生徒会書記として見回りをしていたヨハンと鉢合わせてしまった――!