第49話 暗殺者
さて、リーナスを襲った暗殺者をここまで連れてきたのはいいものの、このあとどうするか具体的なことは何も考えていなかったので、姉弟子殿の質問に俺は答えることができなかった。
さて、実際どうする? いや、そんなものは決まっている。そう、尋問だ。一体何者で、誰の指示でリーナスを襲ったのか。まずはその辺りの事情を確認するところから始めなければならない。
『師匠、まずは彼女の素性を確認しなければならない。住所、氏名、年齢、性別、職業、それらを証明する書類の確認、それから王都での滞在目的に、これから向かう先くらいは最低限確認しないと』
「ユーマは詳しいのう」
『刑事ドラマを見て覚えた知識だけどな』
「う、うむ。『けいじどらま』とやらはよくは分からんが、ひとまずユーマの言う通り、この者の名前は確認する必要があるのう。それから、年齢も確認しておいたほうがよさそうじゃの。職業は……あの手練手管から見れば暗殺者で間違いないと思うが……」
『まぁ、確かにメイドには見えないよな』
「それから、性別も見た通りじゃと思うが、念の為確認しておくか。住所というのは滞在先のことでよいのかの? 確かにどこを根城にしているのか確認しておいたほうがよいかもしれん。じゃが、流石にそれらを証明するものを持っているとは思えんがのう」
『それから、仲間がいるのかも確認しておいたほうがいいな』
「確かにそうじゃな。仲間がいるかも確認しよう」
師匠と尋問する内容について認識合わせをしていると、姉弟子殿が気になったのか師匠に問い掛けた。
「ザンテよ、今の話はユーマからの進言かの?」
「はっ、尋問すべき内容を確認しておりました」
「ふむ。それならば魔素量の確認もしておいたほうがいい。魔法師の可能性があるか、分かっていたほうが対策を取りやすいからの」
『なるほど、確かに魔素量は確認しておいたほうがいいな。クリス先輩の火焔障壁を食らったあと、杖のような魔道具で威力を抑えていたからな。流石は姉弟子殿だ、目の付け所が違う』
「何やらユーマが殿下を褒めております。目の付け所が違うと……」
「うむ、大いに褒めるが良い! ワハハハハハハッ!」
『それで、彼女の魔素量を測る魔道具は姉弟子殿が貸してくれるんだろうな?』
「殿下、恐れ入りますがこの者の魔素量を測る魔道具をお貸し頂けますかな?」
「うむ、それくらい問題ない。レムラが戻ってきたら用意させよう。……それで、このあとの尋問はどこで行うつもりじゃ?」
「はぁ。殿下のご迷惑にならないようでしたらば、王城で部屋をひとつお借りできないかとご相談させて頂くつもりでしたが……」
「それならば、この部屋を使うがよい」
「は? こちらのお部屋ですか?」
「うむ! 罪人への尋問など見たことないからの! 是非この目で見てみたいと思ったのじゃ。というわけで、同席させてもらうぞ」
「は、はぁ。それは別に構いませんが……」
「よし、決まりじゃの。クリスよ、其方は書記を頼む!」
「はい! お任せください!」
こうして尋問の準備が進むことになった。ひとまずレムラとリーナスが戻って来るまでにできることから進める。取り急ぎ、書記となったクリス先輩には席が設けられた。目の前には先ほど姉弟子殿が使っていたペンとインク壺、そしてまっさらの紙が用意されている。
師匠は彼女に尋問を行うにあたり、ひとまず彼女に掛けていた浮遊の魔法を解除した。すると、当然のことながら彼女はドゴッと床に落とされることになった。しかし、一言も声を上げない。もしかすると、雷痺が効いているからだろうか。だけど、彼女の目は師匠を恨みがましそうに睨んでいる。やっぱり痛かったんだろうな。いや、これは事故だよ。そう言っても納得してはくれないだろうけど。
そんなことをしていると、レムラとリーナスの二人が部屋に戻ってきた。ちゃんと宰相に封筒を渡し、リーナスは晴れて国外追放の刑から解き放たれたようだ。そして、再び第二近衛騎士団の所属となり、見習い騎士からではあるが、やり直す機会を得たのだ。今夜は仲間たちと祝いの宴が催されてもおかしくないのだけれど、残念ながら今から尋問という名の残業が始まるよ。
レムラとリーナスの二人は暗殺者の彼女が床に下ろされている様子を見て、これから何かが起こることを予感したようで表情が引き締まる。そこで姉弟子殿からレムラに対して魔素量を測る魔道具を持ってくるように指示が出されると、レムラが再び部屋から出ていった。
それから、リーナスには姉弟子殿から床に下ろされた暗殺者の彼女がこの部屋で不審な行為をすることがないように、しっかりと見張るようにと指示が出されたのだけど、リーナスは嬉しそうにその任務を引き受けていた。本当に大丈夫かな?
そんなことを思っていると、レムラが魔道具を抱えて戻ってきたので、尋問の準備が整った。テーブルの席には姉弟子殿とクリス先輩が着いており、その後ろにはレムラが立っている。そして、彼女の両隣には尋問官を務めることになった師匠と、見張り役のリーナスが立っている。さぁ、尋問の開始だ。
「さて、其方への尋問を始める前に、顔を見せてもらうぞ」
そう言って、師匠が彼女の顔を覆っていた布製のマスクを剥ぎ取った。すると、そこからは黒髪褐色の美少女の顔が現れた。姉弟子殿とは方向性が全然違うけれど、美少女の類に間違いないな。まさか、素顔がこんなに可愛いとは思っていなかったので、尋問の進行に問題が生じないか心配したけど、そんなことはまったくなかった。クリス先輩が顔を赤らめたくらいだ。
『それで、早速名前の確認を始めようと思うんだけど、まだ雷痺の効果が残ってるんじゃないかな?』
「…………!」
「ふむ、その可能性はあるのう。ユーマよ、解除できるか?」
『分かった、やってみる。雷痺、解除!』
「どうじゃ、声を出せるかの?」
「…………あ、あー、あー……声が出る……」
「問題ないようじゃの」
「ありがと……。あと、さっきのは痛かった」
『さっきの? あぁ、床に落ちたときのことか』
「ふむ、すまなかったの」
「いい。許す」
なんか、いつの間にか立場が変わってない? それはともかく、これでようやく尋問が始められるな。よし、早速名前から確認だ。
「それで、其方は何という名じゃ。申してみよ」
「ハイジ」
「ハイジか、良い名じゃな。年は幾つじゃ?」
「十二」
「ほう、クリスよりも年上じゃったか」
「そう、お姉さん」
「一応確認するが、女の子で合ってるかの?」
「もちろん。立派なレディ」
「うむ、そうじゃと思ったわい。それで、その立派なレディが何故リーナス殿の命を狙ったのじゃ? 理由があるのかの?」
「偉い人の命令」
「偉い人というのは一体誰じゃ?」
「何とかっていう公爵」
「まさか、本当か!?」
ハイジが自信なさげにそう言うと、リーナスが驚いて声を上げた。恐らくはドリージア侯爵のことが頭に思い浮かんだのだろう。リーナスの中では未だに公爵と言えばドリージア公爵なのだ。まぁ、昨日爵位が変わったばかりだし、簡単には切り替えられないか。
「本当にドリージア公爵が……」
「違う。ドリージアじゃない」
「へ?」
リーナスが変な声を出す。いや、俺も声が出そうになったけど。この国の公爵といえばドリージア元公爵ただ一人。ドリージア元公爵以外には公爵なんて存在しないはずなのに、何を言っているのかと思ったけど、そうか。別の国なら公爵がいても不思議じゃないな。
え、でもそれって……?
『他の国の公爵がハイジにリーナスを暗殺しろって命令したってことになるのか!? おいおい、一体どこの国の公爵だよ!?』
「では、一体どこの国の公爵なのじゃ!?」
「クライハート王国」
「な、なんじゃと!?」
クライハート王国っていうと、確かドリージア侯爵領の隣にある王国だよな。他所の国の公爵様が一体何故リーナスの命を狙う? 国外追放の刑を受けて騎士を解任された男だぞ?
……いや、待てよ。あぁ、なるほど。その情報が伝わっていなかったのだろう。何せ、昨日決まったことだからな。リーナスがまだ第一近衛騎士団所属だと思われていたのかもしれないし、第二近衛騎士団の団長を務めていると思われていたと仮定したらどうだ?
うん、全然分からん。隣国の公爵様がわざわざリーナスを暗殺するメリットなんて俺には分からん。もしかしたら、いつの間にか恨みを買っていたとか、まさかではあるけど痴情のもつれとか、そういう他の原因を確認するべきなのかもしれない。しかし、そうなるとハイジではなくリーナスに心当たりがないか確認しないとだな。
「殿下、いかが致しますか?」
「……まだ情報が少ない。もう少し取り調べよ」
「はっ。それでは、クライハート王国の公爵がリーナス殿の暗殺を依頼した理由は知っておるかの?」
「知らない。興味ない」
『師匠、公爵がハイジに仕事を依頼するときに話した内容を聞いてくれないか? 何か、気になる言葉を覚えているかもしれない』
「ふむ。公爵が其方に話したことで覚えておることは何かないか?」
「……そういえば、旧友の頼みだって言ってた」
「旧友とな?」
『師匠、これは面倒なことになったかもな。その何とかっていう公爵に確認を取れない限り犯人に辿り着けないってことじゃないの。旧友の名前までは、流石に分からないよなぁ』
「うむ、そうじゃのう……。じゃが、試しに尋ねてみよう。因みにハイジよ、その旧友の名前は分かるかのう?」
「リーアムって言ってた」
『リーアムねぇ。そういえばリーアムって、どっかで聞いたような覚えがあるような、ないような……。師匠、分かるか?』
「……つまり、ドリージア侯爵じゃの。リーアム・ジーニアス・ドリージアがあの方の正式なお名前じゃ」
『そういえばドリージア侯爵の名前ってそんな感じだったかも。つまり、何か。ドリージア侯爵は他国の公爵に頼んでリーナスの暗殺を試みたってことか? そうなると、いつ頃ハイジにその依頼があったのかが気になるな』
「そうじゃの。ハイジよ、其方に公爵から依頼があったのはいつ頃のことかの?」
「うーんと、一月くらい前?」
「なんじゃとっ!?」
『それが本当なら、リーナスが第二近衛騎士団の団長の頃から、ドリージア侯爵に命を狙われていたことになるな。色々と知り過ぎて邪魔に思っていたところ、昨日の件もあって実行に移した感じか?』
俺の言葉を聞いたわけではないだろうけど、リーナスが膝をついて頭を抱えた。つまりだ。リーナスはドリージア侯爵にいいように扱われ、不要になったらすぐに暗殺できるよう、以前から暗殺の手配をしていたということのようだ。しかも、自分の手を汚さないように、隣国の公爵に相談してな。しかし、何というか……。
『だんだんリーナスが不憫に思えてきたな……』
「うむ。リーナス殿、そのように気を落とされるでない。殿下は貴殿をそのように無碍に扱う方ではないからの。今後は殿下に忠誠を尽くされよ。ドリージア侯爵のことなど忘れてな……」
そう言いながら、師匠がリーナスの肩をポンポンと叩く。いや、まったくその通りだよ。ドリージア侯爵にたくさん面倒を見てもらったんだろうけれど、その結果が自分の暗殺では納得できないでしょ。だったら、改めて姉弟子殿に忠誠を誓って、心機一転頑張ったほうがいいと思うけど、リーナスはどう思う?
「……はい、私はもうライラ殿下に忠誠を誓った身ですから!」
リーナスの言葉のあとには、「二度と殿下を裏切るようなことは致しません!」という強いメッセージが込められているように思えた。それは俺だけでなく、この場にいる全員が感じたようで、リーナスの言葉には無言だったものの、皆が頷いて賛同した。
さて、リーナスとの一体感が生まれたところで、ハイジへの尋問を再開しよう。あとは職業と滞在目的、それに滞在場所と仲間の有無だけだな。まぁ、仲間については庇う可能性があるので信憑性は低いものの、確認だけはしておきたい。
「では、尋問を続けよう。ハイジよ、其方の職業と王都での滞在目的、滞在している宿を教えてもらおう」
「職業は殺し屋。滞在目的はそこの男を殺すため。宿は……言えない。迷惑を掛けるから」
「ふむ。では宿については改めて確認するとして、最後の質問じゃ。ハイジよ、他に仲間はおるかの?」
「いない。私は一匹狼だから」
「そうか、なるほどのう。儂からの尋問は以上じゃ。続いて魔素量を確認しておこうかの。魔道具をお借りできますかな?」
そう言って、師匠が姉弟子殿に声を掛けると、「うむ、レムラ」と姉弟子殿がレムラに声を掛けて、レムラにどこかから持ってこさせた魔道具を師匠に渡すように告げる。そして、レムラがハイジに少し怯えながら師匠に魔道具をそっと手渡した。
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