第50話 メイド
レムラが師匠に渡した魔道具だが、昨日リーナスが証拠として提示したものと比べて形状がだいぶ違う。それに見た目が随分と豪華だ。王族仕様ということなのかもしれない。
師匠が大きめのオカリナのような形をした魔導具をハイジに向けて何やらスイッチらしきものを押す。すると、メーターがピクリと動いた。そこからグンと針が振れて、三十度ほど傾いたところで止まる。
「ふむ、だいたい二千五百アルコといったところかの」
『というと、師匠の二十五倍か。優秀なほうだよな?』
「うむ。魔法師としては足りぬが、普段の生活で魔法を使う分には十分な魔素量といえるのう」
『とはいえ、その魔素も魔法の適性がないと意味がないからな。その辺も確認したいところだけど、そういえば魔法の適性ってどうやって確認するんだ?』
「鑑定スキルを持つ者に確認するのが一般的じゃが、この魔道具は魔素量だけでなく、魔法の適正も確認できる優れものでな。既に結果も出ておる。どうやらハイジには火魔法と水魔法に適性があるようじゃのう。恐らく、クリスの火焔障壁の威力を弱めたのも魔法を使ってのことじゃろう。実際、クリスが短杖を回収しておるからの」
なるほど、火魔法と水魔法に適性があるのか。そのふたつの魔法の適性があれば、火を起こすにも、水を出すにも困ることがないだろうし、普通に生活するにも便利だろう。あとは、実際に魔法の詠唱をどれだけ知っているかがポイントだな、ハイジの脅威度を測る上では。
「水魔法……使える?」
「適性があるからの。もしかして、知らなかったのかの?」
「適性なんて調べたことなかった……」
『ということは、魔法もあまり知らないんじゃないか?』
「ふむ、そうかもしれんのう。ハイジは魔法を使わんのかの?」
「火を付けたり、火の威力を調整するときに使うだけ」
「それは勿体ないのう。せっかく人並み以上に魔素量があるんじゃ。火魔法だけでなく水魔法も適性があるのじゃし、もっと魔法を覚えてみてはどうかの?」
「魔法、教えてほしい」
「うん? 儂がかの?」
「そう。私を拘束した魔法がすごかった」
「あぁ、拘束呪縛か」
「それだけじゃない。無詠唱の連続した雷痺は初めて見た」
どっちも俺がやったことなので師匠は苦笑いしている。ハイジは師匠に師事したいようだけど、まさかリーナスの暗殺未遂を行ったような犯罪者を弟子にするわけにはいかないよな? まずはハイジを今後どう扱うのかを決めなければならないだろう。そう思って、姉弟子殿の様子を見たら……悪い顔をして笑っていた。
「うむ、これにてハイジへの尋問は終了じゃな。ザンテよ、下がってよいぞ!」
姉弟子殿の言葉でハイジへの尋問が終了した。師匠が姉弟子殿の席へと向かうと、クリス先輩も議事録を取っていたペンをペン立てに置いて議事録を見直す。ハラハラした様子で事態を見守っていたレムラもようやく尋問が終わったということで、その顔に安堵の表情が浮かんでいた。
「さて、尋問を終えて分かったことを整理しておきたい。まず、リーナスの命を狙った人物じゃが、大方の想像通りドリージア侯爵であったの。そして、ドリージア侯爵は隣国であるクライハート王国の公爵にリーナスの暗殺を依頼したようじゃ。結果、ハイジがリーナスのもとに送り込まれたわけじゃな。では、今回の件で罰せられるべき者は一体誰か。クリスよ、どう思う?」
突然の指名で驚きながらも、自分で取った議事録に目を落としながら、クリス先輩が答える。
「そうですね……。一番に罰せられるべきはリーナス様の暗殺を指示したドリージア侯爵でしょう。彼が何も指示をしなければ、リーナス様が事件に巻き込まれることはありませんでした。それに、国内の犯罪行為を他国の公爵に依頼するというのは外患誘致とも受け取れますし、王国の法を犯している可能性があります。ドリージア侯爵の罪が最も重くなるのは間違いありません。ですが……」
「うむ、続きを申してみよ」
「はい。やはり、他国の公爵様がリーナス様を暗殺するために殺し屋を雇い、送り込むというのは問題があるかと。例えドリージア侯爵とは友人の間柄であったとしても、そのような相談は受け入れるべきではありません。公爵様が相談をきっぱりと断っていれば、このようなことも起こっていないはずです。ドリージア侯爵に次いで、公爵様も罪に問われるべきだと思います」
「そうじゃの。クリスの言う通りじゃ。そのような犯罪行為の相談など、両国間の外交問題に発展するリスクを考えれば普通は断るはずじゃ。しかし、それを受けて暗殺者としてハイジを送り込んできた。そのことを考えると、ドリージア侯爵は何らかのメリットを公爵に提供していたのかもしれぬな」
なるほど。確かに、余程の親しい間柄でもない限り、リスクを取ってまでドリージア侯爵の依頼を無償で受けることはないだろう。そう考えると、何らかの利益供与があったと考えるのが普通か。
「そして最後に、やはり実際にリーナス様を暗殺しようとしたハイジも罪に問われるべきしょう。人殺しは犯罪ですし、未遂でもそれは変わりませんから……」
クリス先輩の言葉に姉弟子殿が頷く。確かに、ドリージア侯爵が犯行を依頼し、隣国の公爵様がハイジに依頼したわけで、一番悪いやつは誰かって聞かれたら、一番はドリージア侯爵だろうし、二番は隣国の公爵様だ。でも、だからといって実行犯であるハイジが悪くないわけがなかった。
また、そもそもドリージア侯爵と公爵様の二人を罪に問うことが難しい。何せ、ハイジの言葉以外に証拠が何もないのだから。つまり、ハイジはリーナスの暗殺に成功しても失敗しても、彼女に依頼した二人には辿り着くことはないのだ。殺し屋の末路なんてそんなものなんだろうな。
そんなことを思っていると、姉弟子殿がクリス先輩に答える。
「クリスの言う通り、ハイジは罪に問われるじゃろう。未遂とはいえ暗殺は重罪じゃからの。相応の罰を受けることになろうよ」
そうだよな。相応の罪に問われるだろうなって、俺はこの国にどんな刑罰があるのか知らないんだけど。いや、国外追放の刑があるのは知ってるよ。でも、他にどんなものがあるのか分かっていなかった。前世ならば、懲役刑とか禁固刑があったけど、死刑もあるのかな? じゃあ、暗殺未遂ってどんな量刑が適切なんだろう?
俺には分からないけど、師匠やクリス先輩ならば想像が付くらしく、その表情からはあまり軽いものではなさそうだと感じた。いや、もちろん暗殺というか殺人が悪いことだとは分かっているよ。
でも、それを依頼した人間がいて、指示した人間がいるにも関わらず、彼らが罪を問われないというのは何だか納得できない。いや、ハイジも何らかの報酬を受け取っているとは思うんだけどさ。
恐らくはこのあと姉弟子殿からドリージア侯爵と隣国の公爵、そしてハイジへの量刑について言い渡されるはず。リーナスには悪いけれど、俺としてはあんまり血は見たくないので、ハイジへの量刑は軽めだといいなぁ、などと思う。ドリージア侯爵と隣国の公爵についてはその限りではない。おっさんには興味ないのだ。
くだらないことを考えていると、姉弟子殿が口を開く。ハイジへの量刑が言い渡される時が来たということだ。
「……じゃがの、そもそも此度の件は正式に事件として扱われておったかの? 私のところにはそのような報告は上がっておらぬが、レムラ、其方はどうじゃ?」
「いえ。そのような報告は受けておりません」
「そうじゃろう? つまり、其方らが報告してくれた此度の件はどの騎士団からも報告が上がっていない話なのじゃ。それがどういうことか、ザンテには分かるな?」
「はっ。公の事件になっていないことを考えますれば、我らがご報告したリーナス殿の暗殺未遂事件はなかったことになります」
「そういうことじゃ。ザンテとクリスが自分たちで解決しようと騎士団や王都警備兵を関わらせなかった結果じゃの」
「はっ、申し訳ございません!」
師匠とクリス先輩が姉弟子殿に頭を下げる。えっと、つまりどういうことかというと、俺が第一騎士団や王都警備兵にハイジを引き渡したら、今回の事件自体が貴族たちによって隠蔽されるんじゃないかと心配していたんだけど、それが裏目に出たということらしい。
『いや、ちょっと待てよ。もしも、今回の件を公な事件として第一騎士団や王都警備兵にハイジを引き渡していたら、それこそ真相が闇の中、ということになりかねなかったんだぜ?』
「うむ。殿下、『相談役』として一言よろしいですかな?」
「もちろんじゃ、意見を述べよ」
「はっ。此度の件、確かに我らが第一騎士団や王都警備兵にハイジを引き渡さなかったことが原因で複雑な事態になっているかもしれません。ですが、彼らにハイジを引き渡していたとして、はたして解決したでしょうか? いえ、むしろ事件の隠蔽が行われ、迷宮入りしていたかもしれません」
師匠が俺やクリス先輩を庇うように話すと、姉弟子殿が慌ててそれを否定した。
「あぁ、すまぬ。別に其方らの行いを否定しているわけではないから安心せよ。私が言いたかったのは、其方らの行動により今回の件は公になっていないということじゃ。つまり、ドリージア侯爵と隣国の公爵の罪を問えぬ。それと同時に、ハイジも公式に刑罰を与えられぬということじゃ」
なるほど、そういうことか。確かに、今回のリーナス暗殺事件は公になっていない。あるとすれば、西門近くで火災の知らせがあったという記録ぐらいだろう。つまり、真相を知っているのは俺たちだけなので、ドリージア侯爵と隣国の公爵を罪に問うことができないし、同時にハイジにも罪を問うことができない、ということらしい。
「し、しかし、それでは……!」
リーナスが声を上げるのも仕方がない。自分を殺そうとしたハイジをみすみす逃すことになるのは業腹だろう。気持ちは分かる。やっぱり、何かしらの罰は必要だよな。
「うむ。其方の言いたいことは分かっておる。それ故、ハイジには私から相応の刑罰を言い渡す。良いな?」
「はっ、そういうことでしたら……」
「よし。では、スティールド王国第一王女ライラ・レーンス・スティールドの名においてハイジに刑罰を申し渡す。其方は私の専属のメイドとして雇うことにする。最初の命令として、ハイジにザンテ・ノーザの屋敷への出向を命ずる。また、私の命令があった際には裏の仕事も行ってもらうからの。なお、メイドとしての給金はザンテから出すように。以上じゃ!」
リーナスは複雑な表情をしている。ハイジが姉弟子殿の専属のメイドとなるようにと言われたときに、「そのようなことが刑罰になるとは思えない」とでも言おうとしたのだろう。しかし、そのあとに姉弟子殿から放たれた「裏の仕事も行ってもらう」という言葉を聞いて、不満を飲み込んだ。
姉弟子殿はハイジに裏の仕事、つまり汚れ仕事というか殺し屋としての仕事を依頼するつもりなんだろう。それは一見すると彼女にとって本業であり、それほど重い刑罰には思えないかもしれないけれど、姉弟子殿によって命を握られた状態となることを意味するのだと、この場にいる皆はすぐに理解した。
「リーナスも良いな?」
「……はっ」
「ザンテはどうじゃ?」
「はつ、問題ございません。しかし、儂の屋敷にメイドとして出向するということは、屋敷に部屋を用意せねばなりませんな」
「その辺りは上手くやってくれ」
「もちろんです。クリス、頼んだぞ?」
「えっ、私ですか!?」
「年が近いし、適任じゃろう?」
「いえ、年が近いからこそ問題があります!」
「では、ハイジの意見を聞こうかの。儂の屋敷に部屋を用意する故、そこで暮らしてもらうことになる。その際の部屋の準備は儂とクリス、どちらにしてほしい?」
「ん、弟」
「うむ、決まりじゃのう」
「なんですか、弟って! 私のほうが兄弟子になるんですよ!?」
「私の身体を弄んだ弟には責任を取ってもらう」
「変なことを言わないでください!」
「弟が照れてる。かわいい」
「もう、何なんですか!?」
うん、おじさんはハイジとクリス先輩のやり取りが眩しすぎて、何も言えなくなっちゃったよ。しかし、そうか。これで俺にも妹弟子ができるってことだよな。俺が直接ハイジに何かを言うこともないだろうけど、後輩ができたのは少し嬉しい。
こうして、姉弟子殿は専属の護衛騎士の候補としてリーナスを迎え入れた。それだけでなく、リーナスを暗殺しようとしていた殺し屋のハイジも専属のメイドに迎え入れることになった。
リーナスとしては同じ職場に自分の命を狙ってきた殺し屋がいるというのは落ち着かないだろうが、姉弟子殿がそれを考えてのことかは分からないけど、ハイジは師匠の屋敷に出向することになった。多分、ハイジが師匠に師事したいという話を聞いていたから気を利かせてくれたのだろう。先日屋敷に泊まった際に不自由したから、という理由もあるかもしれないけど。
色々とあったが、これで姉弟子殿の十歳式を迎えることができそうだな。十歳式では正式に師匠が姉弟子殿の専属の魔法師になると同時に、名誉伯爵位の授与が発表される。もしかすると、その場でリーナスについても何らかの発表が行われるかもしれない。ハイジは……流石に殺し屋を雇ったなんて公表することはないだろう。表向きは師匠の屋敷で新たに雇ったメイドという形になるわけだし。
それはいいんだけれど、十歳式に向けての準備って何が必要なんだろう? 恐らくお祝いの場に招かれることになるんだから、何かプレゼントとか用意しなきゃならないのかな。もしくは、御祝儀か? それに、そのような晴れがましい場に出席するにあたり、師匠とクリス先輩の余所行き用の服装も用意しないといけないのでは。ずっと同じものを着ているからな。いや、そもそもドレスコードについて姉弟子殿に確認したほうがいいか。
そんなことを考えながら、クリス先輩とハイジのやり取りをしばらく見守ることにした。
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