第40話 説明
この様子ならば、すぐに王城から呼び出しがあるだろう。一応、師匠を起こしておくか。師匠は比較的寝覚めがいいほうだから別に問題はないだろう。クリス先輩の役目を奪うようで申し訳ないけど仕方がない。
『師匠、リーナスが王都に戻って来たみたいだぞ』
「ふがっ!? リ、リーナスが何じゃ!?」
『リーナスが王都に戻ってきたらしいぞ』
「なんと!? では、王城から知らせがあったのか!?」
『いや、まだだけど。でも、そろそろ準備をしておいたほうがいい』
「そういうことならば、着替えておくかの。ふふっ、儂がクリスを起こすなんて、何年ぶりじゃろうな」
師匠が「ふぁ」とひとつ欠伸を上げながら背伸びをすると、ささっと起き上がって着替えを済ませてクリス先輩の部屋へと向かった。俺は置いてけぼりだが別に気にしていない。それよりも、王城の方向から見知らぬ魔素の反応が近づいてこないか、魔素探知で確認していた。
クリス先輩が師匠に連れられてやってきた頃、屋敷に近づいてくる反応がひとつあった。恐らくは王城からの使者だろう。屋敷に迫るスピードから馬を急かしているに違いない。
『そろそろ使者が来る頃だ』
「分かるのか?」
『魔素探知のおかげだな!』
「ふむ。使いこなせているようじゃな」
ほどなくして、屋敷に一人の騎士がやって来た。第一近衛騎士団の騎士らしく、国王からの手紙を預かってきたとのこと。それを師匠が受け取ると、すぐに騎士は王城へと戻っていった。それを見届けながら、師匠が封蝋をベリッと外して中に入った手紙を読む。その中にはただ一言、「王城へ来い」とだけ書いてあった。
「やはり、リーナスが戻ってきたようじゃの」
「では、王城に向かわねばなりませんね」
「うむ、そこはユーマに任せるしかないがの」
『任せてくれ。それで、二人の準備はいいのか?』
「うむ、もちろんじゃ」
「私も準備は整っています」
なんか、最近クリス先輩にも俺の声が聞こえているんじゃないかというくらい、師匠との会話の内容を察して答えてくれる。本当にすごい子だよ。昨日だって国王と宰相の前で動じずにハキハキと受け答えしていたからな。たぶん、周りが大人ばかりだから自然と大人に合わせられるようになったのだろう。
さて、今回は師匠から依頼されて、俺が隠身と魔素遮断、そして障壁通過を詠唱代行した上で、拠点移動することになった。師匠も弟子である俺のためにわざわざ詠唱を譲ってくれたのだ。決して師匠が面倒だから、という理由ではないぞ。……違うよね?
『それじゃあ魔法を詠唱するぞ』
「うむ」
「お願いします」
俺はサクッと心の準備を整えて、隠身と魔素遮断、それに障壁通過を三連続で詠唱した。師匠によって無事に魔法が行使されたのを確認すると、気が付いたときには師匠とクリス先輩を感知できなくなっていた。それが成功の証だと思って次のステップに進むことにした。
『よし、今から拠点移動するぞ。闇の魔力よ、拠点への道を開き、我らをそこへ導け! 拠点移動!』
俺の詠唱代行とともに視界がぐにゃりと歪む。もう流石に慣れてきたけど、気持ち悪いのは変わらない。それは俺だけでなく、師匠とクリス先輩も同じだろう。まぁ、不満はあるだろうけどこれについては我慢してもらうしかないな。
気がつけば、無事に魔法師たちの訓練場に着いていた。ここからは昨日と同じ道程で執務室に行けばいいだけだ。師匠とクリス先輩は執務室までの道程を覚えていないようだったが、俺はすべて記憶しているから何も問題ない。俺のナビゲートによって無事に執務室まで辿り着くことができた。これ、俺がいなかったらどうなってたんだろう……?
師匠が執務室の中に入ると、既に国王と宰相、それに姉弟子殿が揃っていた。皆どこか硬い表情をしている気がする。
『クリス先輩もいるのかな?』
「クリスよ、おるか?」
「はい、ここに」
「問題ないようじゃ」
『それじゃ、全解除!』
俺が師匠とクリス先輩に掛かっていた隠身、魔素遮断、障壁通過の三つを同時に解除する。全解除はこれも魔法の応用のひとつで、使用中の魔法をすべて解除する効果がある。魔法の効果を同時に幾つも発動させられるのなら、その逆も可能ではないかと師匠に確認したところ、可能とのことだったので早速試してみた。
そして、姿を現した師匠とクリス先輩が陛下の前に跪いて、師匠が呼ばれたのでやってきた来たよという内容を恭しく話す。それを三人がよく来たなと言う感じで迎えてくれた。
「それで、リーナス殿はなんと申しておるのですか?」
「うむ、ライラと其方らが洗礼の洞窟に閉じ込められたと言っておるらしい」
「そして、自分はそれを報告するため、殿下をお助けするために援軍を求めようと、一人で王都に戻ってきたと言っているようです」
「報告を受けた者たちからは、何故私たちの無事を確認せずに戻ってきたのかと責められておる。まぁ、当然そういう意見も出るの」
「ふむ、なるほど……」
うーん。確かに、リーナスの行動は間違っているとは言い切れないけれど、王族の命を守る第一近衛騎士団の行動として考えると、どうなんだろうという疑問符は付くな。周りの言う通り、せめて姉弟子殿と俺たちの無事を確認するまでは現場に待機していたほうがよかったんじゃないのかなとは思う。
とりあえず、リーナスからの一報とそれに対する周りの意見が俺の考えと一致したことにホッとした。そう思っていたのだけれど、そういう意見だけではないらしい。どういうことだろう?
「兄上、いやドリージア公爵がリーナスを庇っていてな……」
「一応、公爵ですからね。発言を無視するわけには参りません」
「叔父上は次期国王に私よりもカロードを推しておられるのだ」
あぁ、何かものすごく面倒くさいことになっているのだと察した。しかし、国王の兄というと王位継承権の中でも上位に入るだろうし、何より公爵というトップの貴族位にある。うん、胡散臭さはMAXと言えるな。
『というか、公爵がリーナスを唆したんじゃないのか?』
俺の言葉は師匠によって飲み込まれた。ただ、その反応を見れば、周りがどう思っているのかは丸分かりだった。まぁ、普通は気づくよな。だけど、それを示す証拠がない。もっと言えば、リーナスは助けを求めて王都に戻ってきたのであって、姉弟子殿を見捨てて戻ってきたとは言えないのだ。その辺がリーナスの責任の所在を曖昧にしているのだが、それだけならばこちらからも責めどころはある。
それを師匠に伝えたところ、すぐに三人への説明が始まった。その内容を聞いて、クリス先輩も含めた四人が納得する。国王と宰相がお互いの顔を見てにやりと笑う。まったく悪い顔をしているなぁ。次期国王候補として認めた自分の娘が死ぬ可能性があったのだから仕方がないかもな。しかし、公爵には思惑が外れて残念だったなと言いたい。本人は認めないだろうけど、目に見えぬ証拠があるのだから言い逃れはさせないぞ。
「さて、それではそろそろ準備をするか」
「既に整っておりますよ」
「そうであったか。ならば、向かうとしよう」
「はい。リーナスとドリージア公爵の顔が見ものですな」
「くくく、楽しみにしておこう」
「では、そろそろ謁見の間に参りましょう」
国王と宰相の言葉に姉弟子殿が頷く。師匠とクリス先輩は置物のように固まっていた。それも仕方がない、俺からとんでもない提案がもたらされると、それを楽しむように国王と宰相が同意してしまったのだから。ついでに姉弟子殿も同意していたので、流石に師匠とクリス先輩も異論を唱えることができなくなっていた。
そんなわけで、執務室から謁見の間に移動することになったのだけど、姉弟子殿と師匠、それにクリス先輩がこのままの姿で居てはこちらの企みがバレる。ということで、俺が再び隠身と魔素遮断のふたつを詠唱することになった。だいぶ闇魔法も手慣れてきた気がするな。
しかし、魔法の効果によって国王と宰相からは姉弟子殿たちが見えなくなったことから、謁見の間まで移動が大変だろうということで、国王が姉弟子殿と手を繋いで向かうこととなった。国王も久々に娘と手を繋ぐということもあってか何だか楽しそうだ。姉弟子は姿が見えないので様子が分からないが、照れているんじゃないかなと思うと、微笑ましいものがある。
そうして国王の手引により、無事に謁見の間に入ると国王は玉座に座り、その隣に宰相が控える。俺たちは宰相の後ろに控えることになった。なるほど、国王と宰相の二人は普段こんな感じで貴族たちを見てるんだなぁ、などと思いつつ、目の前に跪いているリーナスを見下ろした。
うん、急いで王都に戻ってきたのだろう。騎士鎧などは砂埃などで薄汚れているように見えるし、リーナス自身も疲労困憊の様子だ。その様子を見て彼に同情するような雰囲気も感じる。だけど、今のところ謁見の間の中は、姉弟子殿を見捨てて王城へと戻ってきたことに対する侮蔑の視線のほうが強かった。
それを察して状況を見守る貴族たちが多い中、リーナスに対する同情を露わにしている貴族もいる。その中心になっているのが件のドリージア公爵だ。彼は先ほどからずっとリーナスの行動を讃えながら、姉弟子殿がもはや助からない状況にあるとでも言うかのように、泣きながら次の次期国王候補について語っている。
何とも、語るに落ちたと言っていいのではないだろうか。自分がそうなることを望んでいると周りに言っているようなものだ。それを大半の貴族は察しているようで、今のところは何も反応していない。ただ、考えなしの馬鹿な貴族もいるようで、ドリージア公爵の言葉を鵜呑みにしてか、あることないことを口にしながら煽てている者もいる。
つまり、今の謁見の間はかなりカオスな状況ということだ。察しのいい貴族たちはその状況を黙って見守っている。簡単に言うと、国王と宰相の二人が何とかしてくれるのを待っているのだ。何とも頼りない連中だよ。そんな中で、一人だけ姉弟子殿の身を案じてひとり帰ってきたリーナスを罵る者が現れた。
彼はメノー侯爵と言うそうで、姉弟子殿の伯父らしい。国王の弟の一人ということだ。そんな上位の貴族が姉弟子殿の身を案じており、一人戻ってきたリーナスを擁護するドリージア公爵を真っ向から否定している。ドリージア公爵は国王の兄だから、つまるところ、これは姉弟子殿を使った兄弟喧嘩だな。そんなことを考えていたら、他にもメノー侯爵に加勢する貴族が現れ始めた。
つまり、今謁見の間にいる貴族たちは、ドリージア公爵を中心としたリーナス擁護派、メノー侯爵を中心としたリーナス批判派、そしてどちらでもない中立派の三つの勢力に分かれていた。これは謁見の間が、ドリージア公爵とメノー侯爵のどちらが中立派の支持を得るかの争いの場となったに等しい。
なかなか興味深い状況になったなと思っているのは俺だけではないようで、国王と宰相の二人も表情には出さないが、貴族たちのやり取りを黙って見つめている。恐らく、姉弟子殿や師匠とクリス先輩も似たようなものだろう。
それはともかく、国王と宰相が謁見の間に入ってきたというのに、ドリージア公爵とメノー侯爵が一向に静まらないのは流石にどうかなという雰囲気が中立派の貴族たちから漂ってきた。それを察した双方の取り巻きたちがドリージア公爵とメノー侯爵に耳打ちする。そして、二人ともハッとした様子で玉座に視線を送ると、険しい表情の国王と宰相の表情が飛び込んできたからか、慌ててその場に跪いて頭を下げた。
その様子を見たからか、周りの貴族たちも一斉に跪いて頭を下げる。いや、遅いよ君たち。国王と宰相が入ってくる前から跪いて頭を下げておくべきだろう。国王と宰相が謁見の間に入ってから既に五分と三十六秒が経っている。なんだか、気分は挨拶前に生徒が黙るのを待つ校長先生のようだ。貴族たちが静まった様子を見て、ようやく国王が声を上げた。
「これより、第一近衛騎士団の騎士リーナスへの尋問を始める! 宰相、詳細を伝えよ」
「この度ライラ殿下の御者として洗礼の洞窟へ向かったリーナスが、どのような理由で一人王城へと戻ってくることになったのか、それが適切な判断であったと言えるのか、確認を行います」
「リーナスよ、出立前に余が其方に申したことを覚えておるか?」
「はっ! ライラ殿下が無事にお戻りになられるよう、面倒を見るようにと仰せつかりました」
「そして、其方はどう答えた?」
「はい……私は、殿下の御者として、殿下を守る近衛騎士として尽力するとお伝え致しました……」
「それが、どうして其方だけが、一人王城へ戻ってくることになったのだ!? 理由を説明せよ!」
「はっ、それでは順を追って説明させて頂きます」
さて、ついにリーナスへの尋問が始まった。まずはリーナスがどのような理由で洗礼の洞窟から立ち去り、王城に戻ってきたのか確認しなければならない。何となく理由は想像がつくけれど、本人の口から聞き出さなければならない。そして、ドリージア公爵との関係についても吐かせなければならない。彼にとっては辛い時間となるだろう。
今回俺はオブザーバーというか、他の貴族たちと同様に、たまたまこの場に立ち会うことになっただけの一般人だ。リーナスの報告を聞くだけにしておきたいところだけど、何らかの意見を求められる可能性もある。もちろん、師匠を介してにはなるんだけど。そんなことを考えながらリーナスの報告に集中することにした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




