第21話 試合
「どうじゃ、面白いことが起こったじゃろう?」
謁見の間から闘技場へ向かう途中、姉弟子殿からそんな風に声を掛けられた。師匠の宮廷魔法師への任命式を終えて、姉弟子殿の洗礼の儀の護衛役を決める模擬試合を行う闘技場へと向かっている途中だ。周りには幸い他の者はおらず、姉弟子殿、師匠、クリス先輩の三人しかいない。
ミラクー伯は第二近衛騎士団から師匠の対戦相手を選抜するため、配下の貴族を集めて何処かへと去っていった。恐らくは第二近衛騎士団の本部に向かったのだと思うが、そもそもミラクー伯に近衛第二騎士団を指図するような権限があるのだろうか? もしかして何かしらの役職を持つ貴族だったのかな。
他の貴族たちは謁見の間を退出した後、我先にと闘技場に向かっていった。闘技場の席は早い者順のようなので皆いい席を確保したいということだろうか。というか、仕事はどうした? 俺の想像だが、恐らくは平民の官僚に任せているのだと思われる。この国の貴族ってろくな奴がいないんじゃないか?
姉弟子殿の話では国王と宰相の二人は準備が整い次第、闘技場に現れるそうだ。そして、この模擬試合は第一近衛騎士団により取り仕切られるとのこと。第一近衛騎士団は国王と王妃の警護を任されている近衛騎士らしい。つまり、この模擬試合の主催者は国王ということになる。下手な試合はできないな。
さて、俺たちはそんな彼らよりも先に闘技場に向かった。闘技場は王城の敷地内にあるらしい。王城から少々離れたところに建てられた小規模なものだというが、それでも千人近くの観客を収容できるそうなので、それなりに大きな施設と言える。一体、この王城の敷地はどれだけの広さがあるんだろうか。確実に東京のドーム何個分とかで数えるレベルだと思う。
そんな闘技場へは姉弟子殿の案内で人気のない小道を通って向かっていた。王族の使う近道らしいが、周りは木々に覆われており、庭園のようにも思える。本当に師匠やクリス先輩が通ってもいいところなのだろうか? それはともかく。
『面白いことというより、ただ面倒なことじゃないか?』
「うむ。じゃから良くないことが起こると言ったじゃろう?」
先ほどの姉弟子殿の言葉に対する俺の呟きに、師匠が答える。確かに、あまり良くない状況になっている気がするな。だが、逆に言うと模擬試合で勝利すれば、貴族たちを黙らせることができるとも言えるので、何とも言えない複雑な気分になる。さて、それでどうやって勝つかということだが……。
「お師匠様、一体どうされるのです?」
『何か作戦を考えておいたほうがいいな。師匠は近接での戦闘は得意なのか?』
「いいや。そんなこと、見れば分かるじゃろう?」
『まぁな。そうなると、やっぱり離れたところからの魔法による攻撃が中心になるか』
うん、ひょろりとした体格の師匠には近接戦闘なんて無理だ。やはり、魔法師の得意分野である遠距離攻撃で何とかするしかないだろう。ただなぁ、相手だってそれくらいは分かっているはずだ。魔法を使わせようとしないように近接攻撃に持ってくるだろう。しかし、そうなると……。
「ふふん! ザンテが得意とする水魔法で一撃で仕留めればよかろう!」
「魔法の使用あり、使用する魔法の位階も制限なし、ですからね」
「しかし、大魔法を使うにはどうしても詠唱が必要になるからのう」
『まずは相手の動きを封じる魔法が必要か』
「うむ、相手の動きを止めつつ、詠唱の時間を稼ぐ必要があるのう」
「そういえば、ザンテよ。其方、杖はどうするつもりじゃ?」
「お師匠様の杖は質に入れてしまいましたからね……」
「そうじゃな……おぉ、これじゃ。これでよかろう!」
そういって、小道に落ちていた枯れ枝を拾い上げた。何の変哲もないただの枯れた木の枝だ。子供ならば聖剣エクスカリバーとして野山で振りまわすのにちょうどいい枝かも知れないが、これから騎士と模擬試合をしようとする人間が武器に使うにはあまりにも頼りない。模擬試合の武器って借りられないのかな?
『大丈夫なのか、そんな枝で……』
「うむ、心配ない。魔法師にとって杖というのは魔力の制御を補助したり、魔力を増幅させるための道具じゃ。優れた魔法師であれば杖などなくとも戦える。これはただの武器じゃよ」
『その頼りない枝が武器ねぇ』
「心配するでない、策はある」
『はぁ、それなら師匠に任せるぜ。俺、戦闘は完全に素人だし』
「うむ、任された」
そんなことを言い合っている間に闘技場に到着した。姉弟子殿は師匠の勝利を確信しているようで、心配する素振りはまったく見せず、ただ一言「其方の勝利を期待しておる!」と言って、笑いながら貴賓席へと去っていった。俺たちはそれを見送ると闘技場の舞台脇まで進み、師匠とクリス先輩の二人で対戦相手となる騎士がやって来るのを待つことにした。
既に闘技場には多くの観客というか、貴族たちが集まっている。近道をしたはずの俺たちよりも先に集まっているとは。恐らく、一番いい席で観戦しようと余程急いで来たのだろう。舞台に近いところから身なりのいい服の観客で埋まっている。
闘技場に集まったのは貴族たちだけではなかった。さきほど訓練場で出会った魔法師たちも応援に駆け付けてくれたようだ。バーシャの姿もある。まぁ、応援というよりは心配して来てくれたというほうが正しいかも知れないが。それにしても皆耳が早いな。
応援に駆けつけたのは何も魔法師だけに限ったことではなかった。騎士鎧姿の男たちも大勢集まっている。というか、ほとんどの席は騎士鎧の男たちで埋まっており、立ち見まで発生していた。ちょっと、王城の警備は大丈夫なのかと心配になるくらいだが、どうやら別に第二近衛騎士団だけが集まっているわけではないらしい。他の騎士団からも様子を見に来たという者がいるようだ。つまりどういうことかって? この模擬試合がかなり注目されているということだよ。
観客席がすべて埋まったころでようやく対戦相手が姿を現した。二人の騎士とミラクー伯、そして国王に異議を申し立てた二人の貴族の五人だ。ミラクー伯と貴族の二人は恐らくセコンド役だろう。
二人の騎士のうち一人はかなり体格がいい。がっちりとしていて、パワータイプの戦士という印象だ。もう一人のほうは逆に細身というか、比較的小柄なせいかスピードタイプの戦士という印象を受ける。ふむ、一体どちらが師匠の対戦相手なんだろう? まさか、二人掛かりとか、そういう卑怯なことをしてくるわけではないだろうな? そんなことを思っていたら、俄かに観客席がざわめいた。
「おい、あれは!」
「うむ、『魔法師殺し』を連れてくるとはな」
「これは勝負あったな」
貴族たちからそのような会話が聞こえてきた。魔法師殺し? それは通り名か何かか?
「お師匠様、魔法師殺しと言うとあの有名な?」
「第二近衛騎士団のイネス・ジーン殿じゃな」
『そいつは強いのか?』
「うむ、持ち前の俊敏さを活かした戦闘が得意と聞いたことがある。対魔法師戦に関しては、魔法の詠唱タイミングを狙って攻撃を次々と仕掛けてくるそうじゃ。そのせいで毎回魔法師は何もできずに敗れることから、いつしか魔法師殺しなどという異名が付いたらしい」
なるほど。確かに魔法を詠唱している時間というのは魔法師が最も無防備になる瞬間かもしれない。その隙を突いて攻撃を仕掛けて、詠唱をさせないわけか。いやらしい戦い方だが、魔法師に対しては正攻法とも言えるな。しかし、そうなるとその魔法師にとっての弱点とも言える詠唱を克服するしか、勝ち筋は見えてこないのでは?
『……それで、勝てそうなのか?』
「ちと、厳しいのう……」
「あきらめないでください、お師匠様!」
やっぱり、勝つのは厳しそうか……。これは何か策を考えないと。でも戦闘なんてやったこともないし、知識もない。こういう時こそ前世之知識に頼るべきか? しかし、あまり悠長にネットで調べ物をしている暇はなさそうだ。うーん、詠唱中を狙われるんだろ? 物理攻撃を弾く結界でも張るか? ダメだ、そんな魔法があったとしても、それを詠唱する隙を突かれることになるぞ。
あれ、そういえば……。
『……師匠、詠唱なしで魔法を使えるんだろ?』
「うむ、簡単なものならな。じゃが、初級魔法くらいしかできんぞ?」
『そうか。初級魔法に相手の攻撃を防ぐような結界とか障壁を創り出す魔法はないか?』
「あるわけがなかろう! それらは中級から上級の魔法じゃぞ!?」
『うーん、やっぱりダメか……』
洗面所で詠唱もなしに水球を創り出していたから、無詠唱で魔法を扱えるのではないかと思ったのだが、流石にそんな都合のいい展開にはならなかったか。しかし、初級魔法なら問題ないんだよな。
『それなら、無詠唱で初級魔法を使って相手を牽制して、その隙に大魔法を使うしかないか……』
「じゃが、牽制に初級魔法を使っている限り、他の魔法を使うことはできんぞ」
「無詠唱の魔法は口に出さないだけで、頭の中ではしっかりと詠唱を行っているのです」
『つまり、詠唱と無詠唱を両立させることはできないってことか?』
「そういうことじゃ」
なるほど。流石に初級魔法だけでは牽制することはできても騎士を倒すことはできないだろうしなぁ。こりゃ、詰んだな。しかし、姉弟子殿の専属の魔法師になるためには、洗礼の儀の護衛役を務めないといけないし、護衛役になるためにはこの模擬試合に勝たねばならない。他に何かないのか、方法は!?
そう思ったとき、ひとつ閃いたことがあった。いや、前提条件で問題があり過ぎる。だが、試してみてもいいかもしれない。でも、出たとこ勝負になるのはかなり拙いな。できれば事前に試してみたい。
『なぁ師匠、相談があるんだが……』
「ふむ、なんじゃ?」
『実は……』
「国王陛下、宰相閣下がお見えになられました。これより、模擬試合を始めます! 参加者である宮廷魔法師ザンテ・ノーザ及び、近衛騎士イネス・ジーンは舞台に上がるように!」
師匠と相談を始めようとしたところで、国王と宰相がやってきた。クリス先輩に一言「ご武運を」と声を掛けられて、師匠が舞台に上がる。同時に、舞台の反対側からも騎士が上がってきた。どうやら、イネスという騎士は小柄でスピードタイプと判定したほうの騎士のようだ。確かに、先ほど師匠から聞いた戦闘スタイルとも合致するな。
舞台の上で師匠とイネスが向き合う。その隣で審判と思われる騎士がルールを改めて説明する。
「ひとつ、制限事項について、魔法師は魔法あり、位階の制限なし、種類の制限なしとする。また、騎士は木剣の使用に限る。ふたつ、勝敗条件は、相手を行動不能とするか、降参させた場合に勝利とする。三つ、いかなる理由があっても相手を殺すことを禁じる。以上のことに同意した場合のみ、舞台に残るように!」
ルールを聞いた限りは魔法師の師匠が圧倒的に有利なように聞こえるけど、結構拙いな。三つ目の『いかなる理由があっても相手を殺すことを禁じる』というのは、つまり殺傷能力の高い魔法は使えないわけで、それは位階の制限なしという条件があまり機能していないことと同義だと思う。
一方、イネスのほうは真剣が木剣に変わるだけで、それ以外に制限はない。まぁ、普段から使用している真剣が使えないというのは多少のハンデにはなるのかもしれないが、そこは魔法師殺しなどという異名を持つほどの騎士にとっては、致命的なものではないだろう。
さて、ルールの確認が終わっても、師匠もイネスも舞台から降りる気配はない。二人ともルールに同意したということだ。もう試合が始まってしまう。心の準備はしてきたつもりではあったが、何処か師匠に頼る気持ちがあった。だが、今の状況を考えれば、俺も何かの役に立たなければ、師匠が負ける可能性が高い。俺よ、どうする、どうすればいい!?
「それでは、模擬試合を開始する! 用意はいいな? それでは、始めっ!」
審判の掛け声とともにイネスが木剣を構えてこちらに突っ込んできた。早速攻撃を繰り出してくるところを見ると、やはり師匠に詠唱させないつもりだろう。瞬時に間合いに入ると、横なぎに木剣を振るってくる。あぁ、もうダメだ……。勝負は一瞬で終わってしまった。
そう思ったとき、師匠が手に持った枝で「ガッ」という音とともにイネスの振るった木剣を弾き返したのだ。そんな、まさか!? と思ったが、これは現実だ。闘技場の観客席からもどよめく声が聞こえてくる。
『一体、何をしたんだっ!?』
「この枝にな、魔力を通したのよ。即席の魔力剣の完成じゃ」
『そんなことができるなら教えてくれれば良かったのに!』
「木剣を向けられてから思い出したのじゃから仕方がなかろう!」
イネスは一瞬驚いたようだったが、瞬時に体勢を整えると、再び師匠をめがけて突っ込んできた。それを牽制するために師匠が無詠唱の初級魔法で水の弾丸(といっても、サイズ的には拳ほどあるが)を幾つも繰り出し、イネスを牽制する。師匠から魔力が次第に減っていくのを感じ取り、俺はそれをすぐさま補充する。
観客席からも感心したように「おぉ」という声が聞こえてきた。どうだ、これが師匠の実力だぞ!
流石にイネスも無詠唱の魔法には戸惑ったようで、次第に足が止まり、ついには形勢が逆転して防戦一方になった。とはいえ、イネスは木剣を巧みに操り、当たりそうになる水弾の軌道を直前で変える。まったく、器用なことをするな。それに、水弾を右に左、前に後ろにと、まるでダンスでも踊るかのように器用にかわして致命的なダメージを受けないようにしている。凄い反射神経をしているなぁ。
しかし、勝負あったな。師匠はその場を動かずにひたすら無詠唱の水弾を連発している。だが、師匠の魔力が切れることはない。何故なら、俺が常に魔力を供給しているからだ。うん、魔法師としては完全にチート機能だな、これは。
対して、イネスは致命的なダメージはないものの、手詰まり感に襲われているだろう。マシンガンのように連発される水弾を避ける以外に打てる手立てがないからだ。それだけではない。先ほどから右に左に前にと身体を飛び跳ねさせて水弾を躱しているせいで、体力を消耗しつつある。
うん、どちらが有利かなど自明だろう。無詠唱の魔法って最強かもしれないな。
そんなことを考えていたのだが、何やら様子がおかしい。何がなのかは分からないが、先ほどよりもイネスが師匠に迫ってきているような……。いや、だってイネスは水弾を躱すことしかできていないんだぞ。ほら、今だって、右に、左に、前に……って、後ろはどこ行った!?
げぇっ、徐々に近づいてきている!? なんて器用な奴なんだ! 連続する魔法攻撃の中、それを避けながら師匠に迫ってくるとは……魔法師殺し、恐るべし。いや、感心している場合ではない! このままでは師匠が再び木剣に襲われることになる。まぁ、魔力剣とかいうのが強力っぽいから、大丈夫か……?
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