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トレントになったので一万年ほど寝ていたい  作者: 佐藤アスタ


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銀閃 前編

「――というのが、リートノルド奪還作戦の概要だ。と言っても、要は東西南北の森の端から四つのパーティがよーいドンの掛け声で一斉にスタートするだけ。後はリートノルドの街に辿り着くなり、適当に中の魔族を狩るなり好きにしてもらえればいいんだがな……」


そう説明するのは、王国中の冒険者ギルドを従える王都のギルド本部の長、冒険者ギルドグランドマスターだ。

そのグランドマスター直々の説明を拝聴しているのが、俺こと、しがない一冒険者。

はっきり言って、今でもこんな場所に呼び出されること自体に強い違和感を感じている。


「おい聞いてるのか?まったく、しっかりしてくれよクルス。今回の作戦の成功の是非はお前にかかってるんだぜ、S級冒険者クルス。いや、王国屈指のパーティ『銀閃』のリーダー様と言った方が正しいか?」


……俺の名前はクルス。

くどいようだが、しがない一冒険者だ。


王国屈指のパーティのリーダーなんて何かの間違いに決まっている……






「おいおい、本当に話は聞いてたんだろうな?しっかりしてくれよクルス、グランドマスターの俺とサシで話ができる冒険者なんて、S級含めてもお前しかいないんだぞ?……まったく、あの時は参ったぜ。ギルドの総意でお前達『銀閃』のS級昇格が決まったってのに、何かと理由をつけてのらりくらりと逃げ回って、巧妙に自分達の価値を高めやがった。最後には『グランドマスターの俺としか交渉しない』なんて言い出しやがって。……まあ、お前らはその特別待遇に見合うだけの実績を積み上げて、小うるさい奴らを黙らせていったがな。どこであんな交渉術を身に付けたか、こっちが教えてほしいくらいだぜ」


なにを言ってるんだこのバ……このグランドマスターは?


まず、俺はグランドマスターと一対一で話す権利なんて、本気で求めたことは一度もない。

いや、そういう発言はした。確かに言った。

だけど、こんなバカげた条件を飲む人間なんて絶対にいない、降格とかのペナルティはあってもその逆は無いと仲間との相談の末に思いついたから、わざとやらかしたんだ。


これで無駄に目立つことなく冒険者を続けられる。

そうホッと安心したところで全てをぶち壊したのがこの男、冒険者ギルドグランドマスターだ。


グランドマスターが条件を飲んだと聞いた時の俺の心境がどんなものだったか、グランドマスターの出自の噂を聞いたことがある奴なら少しは察してくれるだろう。


とある王族のご落胤。


本人も、件の王族も明言したことはないから、嘘か本当かは神のみぞ知る、ってやつだ。

だが、王宮を始めとしたグランドマスターへの下へも置かない周囲の扱いが、その高貴な血筋を何よりも証明している。


対する俺。


もちろん平民だ。間違ってもどこかの貴族の落としだねなんて可能性は無い。自分の小さい頃のこともよく覚えているし、俺が生まれた時のことを知っている親戚近所の年寄りが両手で数えきれないほどいる。


そんな俺が王家の血筋のグランドマスターとサシで会う?冗談にもほどがある。


だが、そんな俺の目論見を、当のご本人が見事に打ち破ってしまった。

あとから人づてに聞いた話だと、やはりギルド幹部からは猛反対に遭ったらしいが、その高貴な血筋を利用して、力づくならぬ権力づくで全て黙らせてしまったそうだ。


どう見ても高貴な血筋の無駄遣いだろ、と突っ込みたくもなるが言わない。本気でそんなことを言えば、それこそ本当に反逆罪ものだからな。


まあ、他にもこういう感じの勘違いとすれ違いがいろいろ積み重なった結果、王国屈指のパーティ『銀閃』なんてブランドが出来上がった。出来上がってしまった。


もちろん俺個人としては極めて不本意だ。

いっそのこと、S級になってから山のように押し寄せてきた依頼を全部無視してやろうかとも一瞬思ったが、さすがにそれはできなかった。

方々に恨みを買って俺達本人だけじゃなく家族にまで累が及ぶ危険があったし、なによりその一線を越えたら人として終わってしまう気もした。

……グランドマスター自身は王族の血筋を鼻にかけない、いいおっさんだしな。






だけど、今回ばかりは頭が痛かった。


「……いや、お前がさっきから黙り込んでいる理由は分かってる。このリートノルド奪還作戦の真のパトロン、リートノルド子爵の親戚どもからの圧力がすげえんだってな」


珍しく俺の心中を言い当てたグランドマスターに、改めて目を向ける。

そのグランドマスターも、いつものような自慢げな表情ではなく、何かとしがらみの多い貴族社会にうんざりといった顔つきになっている。


「改めてお前に説明するまでもないかもしれんが、リートノルドの街は魔族の領域を大いに削り取るための前線基地の役割を果たしていた。その領主であるリートノルド子爵には王宮や貴族から多額の資金が提供され、一子爵程度では考えられないほどの力が集中していた。行く行くは侯爵にでもして王家の血筋に取り込もう、なんて噂もあったくらいだ。だが、その王国の未来に大いに関わる一大計画は突然とん挫した」


もちろん、俺が知らないはずがない。

当時のリートノルドの街には、冒険者ギルドからもたくさんの冒険者が一発当ててやると集まっていた。

だが、そのほとんどがリートノルドの街と運命を共にして戦死、一気に人手不足に陥った煽りを真っ先に喰らったのが、リートノルドの街に行かなかったその他の冒険者パーティの一つである俺達だ。

しかも、未だに依頼の需要に冒険者という供給が追い付いていない現状で、トップクラスの冒険者パーティを四つも、いや、騎士団がひと枠埋めるって話だから三つか。とにかく、貴重な戦力を原状回復じゃなくリートノルド奪還に使おうっていうんだから、これを考えた奴は気が狂ってるとしか思えない。


そんな風な考えを、できるだけオブラートに包んだ状態でグランドマスターに言ってみた。


引き気味に笑われた。どうやらオブラートが破れていたらしい。


「いや、お前の言いたいこともわかる。というか、俺も全くの同意見だ。だが、若い当主が後継指名もしないまま突如亡くなって右往左往しているリートノルド家の関係者にとっては、これが最善の道なのさ。さすがに狂っている方法という自覚はあるだろうがな」


聞きたくもない貴族家のごたごたはたくさんなんだが、あいにくグランドマスターには俺の希望は伝わらない。


「いやいや、お前も他人事じゃないだろうが。俺のところにも来たってことは、『銀閃』にもギルドを通さない形で、このリートノルド奪還作戦の真の依頼が来てるんだろう?……リートノルド子爵が所持していた当主の証、印章を持ち帰る依頼が」


肝心な時には見事に勘違いしてくれたのに、こういうところで鋭い勘を見せないでほしい。事実だからなおタチが悪い。


……正直、はっきりとは言わなくても、貴族特有の言い回しを並べ立てただけで、そうとしか思えないような極秘の依頼は来ている。

それも、困ったことに同じ内容が複数だ。

この一事だけでも、リートノルド子爵の後継問題が揉めに揉めていることが分かる。


それでも、リートノルド家の名を騙った偽の依頼という線もわずかにあったんだが、今のグランドマスターの言葉で裏付けされてしまった。


ヤバい。マジで貴族の跡目争いに巻き込まれてしまった。


「クルス、お前がかなり追い詰められた立場にあるのは分かってる。仮に、依頼通りに無事リートノルドの街に辿り着いて印章を持ち帰ったとしても、今度はその印章をめぐってリートノルド家の関係者の間で血みどろの暗闘が繰り広げられることは確実だ」


そして、その最初の犠牲者になる可能性が一番高いのは、俺達『銀閃』というわけだ。


ひょっとしてこういう状況を言うんじゃないか?


進むも地獄退くも地獄。


ハハハハハ!!……笑えない。まったく笑えないよ。


「おいおい、そんな暗い顔をするなよ。俺だって、ただお前を暗い顔にさせるために呼んだんじゃないんだぜ。ちゃんと『銀閃』を助けるための方法を考えたから、わざわざ分かり切ってることを話したんだ」


その救いの糸に思わず手を伸ばしかけたが、「お願いします」の言葉を吐き出す直前に思い留まる。


落ち着け俺。そうやって迂闊な言葉を吐いたせいで、今のS級冒険者の俺が出来上がってしまったんだぞ?しかも、どんな突拍子のない話も力づくで実現させるだけの力が、この冒険者ギルドグランドマスターのおっさんにはある。落ち着け俺、まずは話を聞くんだ。


「ズバリ言うぞ。お前ら、王族に雇われる気はないか?」


……うん。なんとなくわかってはいたけど、それしかないよね。


「細かい立場は何でもいいが、とにかく正式に王族の家臣になれば、リートノルド家の関係者も迂闊には手を出せなくなる。ついでに印章も王族の手に渡しちまえば、表立って文句を言う奴は出てこないだろう。どうだ、一石二鳥の解決策だと思わんか?」


確かにグランドマスターの言う通り、目先の問題はそれで解決するだろう。

王族に文句をつけられる貴族なんてそうそういないし、貴族の跡目問題を公平に裁くなら王族が介入するのが一番だ。

ついでにリートノルド家の問題を解決したグランドマスターは、実家にデカい顔ができるようになるというおまけ付きだ。


……でもそれ、俺達『銀閃』が王家に取り込まれるってことだよね。


こんなつもりじゃなかった。


もともと『銀閃』という名前も、冒険者パーティとしてはありきたりなもの、自分の剣を見ながら適当に決めただけだった。

それが依頼をこなすうちに地味なパーティ名が逆に変に目立つようになってしまい、A級に上がったあたりからシンプルな名前がいいとか、わけのわからん評判が王国中に広まるようになってしまった。


違うんだ。別に有名になりたかったわけでもなければ、貴族の跡目争いとか王族の家臣になるとか面倒事に関わりたかったわけじゃない。

普通に依頼を受けて普通に冒険者をやっていただけなんだ。


「まあ、突然の提案に驚くのも無理はない。返事は今じゃなくてもいい。というか、奪還作戦の最中はこのことを忘れてもらって構わない。依頼中の『銀閃』の周りには俺の息のかかったギルド職員で固めるし、影護衛も付ける。少なくとも、お前らの集中力を乱すような真似は、リートノルド家の関係者を含めた外野共に許すことはないから安心しろ。まずはリートノルド奪還作戦の成功が最優先だ。頼んだぞ、S級冒険者パーティ『銀閃』!!」


いやいや、見事に集中力とやる気を乱されてますよ。今、アンタに。



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