プロローグ3
3
結局、理由を教えてもらえないまま、三週間が経った。
「暑い。」
図書の貸し出しをするカウンターの隣にいる椎名が言った。いつもだったら意見が椎名と食い違う僕も賛成した。
今日は、図書当番で図書室にいなければいけなかった。いつもは涼しく快適な図書室だが。昨日、図書室のエアコンが壊れてしまったらしく、アマゾンにいる気分だった。(実際に行ったことは無いが。)五月でこの暑さだと、先が思いやられる。
僕は現実逃避のため、いつも通り本を読んでいた。だが暑さで集中して本が読めない。外から、外部活の声が聞こえる。この暑さで良くやると思う。僕だったら死んでしまう。
「ほんとに部活よくやるよね。この暑さで。」
僕は一瞬驚いた。僕の考えが見透かされている気がした。だが椎名の言うことだ、多分偶然だと僕は思った。
「そう思わない?」
やはり僕の思っていたとおりだった。
「そうだね。」
椎名は、僕が呼んでいる本を横から、思いっきり掴み取り上げた。
「あっ。」
椎名の方を見ると、椎名の顔はふて腐れていた。
「何か用?」
僕は呆れながらそう聞いた。暑い上に、本を取り上げられた僕は、少しイラッとしていた。
椎名は僕にふて腐れながら言ってきた。
「あのさ、本ばっか読んでいたら、熱が出るよ。」
「君は何を言っているの?僕は、大体本を読んでいるけど熱にはなったことが無いし、それに今、僕はホラーの小説を読んでいたんだ。だから体を熱くするのではなく、冷たくしている途中だったんだけど。」
僕が、淡々と言い終わった後、椎名は少し嬉しそうだった。
「何でそんな嬉しそうなの?」
「いや、こんなにも一条君と話したの初めてだから。」
確かに、椎名が僕に学校で「おはよう。」とか言ってくるが無視していた。図書委員の時も極力、委員の仕事以外話さなかった。
「そうだね。」
「うん。そうだよ。というか一条君さ、私に理由訊きたいんじゃないの?」
僕は、椎名から話してくれると思っていたので、何も訊かないのでいたのが、椎名は訊かれるのを待っていた様だった。なら早めに訊くべきだったと僕は少し後悔した。
「そうだね。君の言うおトモダチって言うのはどういう意味なの?」
僕はあれから考えてみたのだが、やはり何も思いつかなかった。椎名の言う「おトモダチ」それは何を指して言うのかを。
「えっとね。私の言うおトモダチって言うのはね……。」
僕は聞き逃さないように、耳を椎名の方へ向け、息を呑み、聞く準備は万端だった。
「よく分からないや。」
「は?」
拍子抜けの言葉が返って来た。ここまでは何だったんだ。何で僕は、図書委員になったのだろうか、全部が分からなくなった。
「ごめんね。三週間考えてみたんだけど、やっぱりよく分からないんだ。一条君が世界中の人と、おトモダチになるのか訊かれた時、よく考えてみたら理由なんか無いんじゃないかって思ったの。でもどこかに、理由が落ちている様な気がしたんだけど。落ちていなくて……。」
「分かった。」
椎名はどこか哀しげな顔をしていた。
僕は、椎名から何故か目を逸らしたくて、時計に目をやった。時計はちょうど、図書当番の仕事の終わりの時間を指していた。僕は、椎名が持っていた本を、自分の手を出し返すように優しく促し、本を受け取り自分のバッグへ入れ、立ち上がり帰ろうとした。その時、椎名が「あのさ。」と話し始めた。
「私さ、おトモダチの意味が分からないけど、何処かに落ちている気がするんだけど。私じゃさ、探しきることが出来ないと思うの。だからさ、一条君に手伝って欲しいんだけど、ダメかな?」
「えっ?」
僕は、混乱した。人に頼られるのが初めてなのだ。今まで、誰一人として頼りにされることもなく。することさえ無かった。だからやり方なんて分からない。どうすればいいか。分からなかった。でも僕は拒否しないことにした。椎名の哀しげな顔を見てしまったからだ。今まで、人を助けたことが無いけど、人を助けようとしなかったけど、僕は助けることにした。
「いいよ。」
「本当に?やった!」
椎名の顔は、あの哀しげな顔は消えて、いつもの笑顔がそこにあった。
これで僕と椎名は、「おトモダチ」の意味を探すという謎の約束を結んだ。この契約で僕らは……。