プロローグ1
僕は、好き嫌いが無い。
これは、良い事なのだろうか。悪いことなのだろうか。
例えば、食べ物に好き嫌いはありません。とてもいいことだろう。しかし、人にも好き嫌いが無いと言ったらどうだろう。嫌いな人がいないことで、全員を平等に見れるということで良いことかもしれない。だが、自分には、友達はいるが親友はいない。そう。心を許せる人がいない。本音を言う事が出来ない。まるで、人間失格だ。(実際には、少ししか読んだことが無いが。)
このことで、困ることがたくさんある。
小学生や中学生での、最初の自己紹介。自分の名前と好きなものを一つ上げてくださいと、言われても僕にはどうする事も出来なかった。とりあえず、「趣味は読書です。」しか言えなかった。その後、読書好きの人に、「好きな作家は誰?」と訊かれても答えられない。
これでも一応友達はいる。ただ僕は、不思議な奴として扱われる。これは、自分でも仕方が無いことだと割り切っている。そうこれは仕方が無い。僕には好き嫌いが無いのだからだと。
でも、そんな僕にもいつか、好きな物、嫌いな物が出来ると浅はかな希望は持っていた。いつか、死ぬまでにはある。こう暗示して僕は生きていくことを心に決めた。
そして、僕には、好き嫌いが出来た。
それは、僕一人が偶然に成し遂げたという訳ではない。
あるクラスメイトが僕を変えてくれた。
そのクラスメイトは、女子で、クラスでは、目立つタイプで、彼女は、好き嫌いがはっきりしていて、僕には持ってない物をすべて持っていた。
初めて会ったときは、変な奴としか思えなかった。でも彼女は、僕を変えてくれた。僕は、初めて、好きだと思える人に会えた。
でも、この世にはいない。
だから彼女にこの思いは伝えられない・・・
椎名結衣にあの言葉はもう伝えられなかった。
1
「では、最初に一条蓮君。一言付け加えてね。趣味とか。」
はぁ、と心の中で、ため息を吐く。また恒例の自己紹介が始まってしまった。今日は、高校の入学式当日で入学式を終えてから、すぐに始まった初めてのホームルームだ。自己紹介をしなければならない。そして僕は、出席番号が一番なのだ。中学では、安部とか、新井とかいたのに、このクラスには、「あ」から始まる名字の人がいないのだ。自己紹介の最初のバッターは、一番注目される。先生に当てられた僕は、気だるそうに椅子を引き、立ち上がる。
「えーっと。初めまして、一条蓮です。趣味は、読書です。多分。」
多分と、言った瞬間に、教室が甲高い笑い声に包まれた。
「多分って。おっかしい。」
ケラケラ笑う声の方に目をやると、一際目立つ美人が座っていた。
彼女は、どこか子供らしく、髪は首に掛かる位で艶やかな黒髪だった。
その後、多分笑いを堪えていた人達が一気に笑った。教室中が笑いに包まれた。とりあえず「宜しくお願いします。」と言い座った。その言葉さえかき消されてしまいそうな笑い声だった。別に笑われても何も感じなかった。
少ししてから、笑い声が止み、次の人がまた自己紹介をし始めた。
そして、あの彼女の番になった。勢い良く席を立つと一度深呼吸をしてから、自己紹介を始めた。
「初めまして、椎名結衣です。趣味は、スイーツを食べることです。」
もっとも女子らしい自己紹介だったと思う。その時、僕は悟った。多分椎名がこのクラスで人気者になるなと。
まぁ結果を言わなくても分かるが、椎名はクラスの人気者になった。
2
学校が始まり一週間経ち、僕はある危機感を持っていた。それは何かと言うと【友達がいない。】のだ。まぁ僕の感覚から言うと、話し相手がいない。のだが。流石にこの状況は初めてだった。確かに、中学の友達が誰一人としていない状況で入学してきたのだが、受験する当初の安易に、話し相手くらいできるだろうと思っていた自分を恨みたい。
また一日が過ぎた。
もうクラスにはグループが出来上がっていた。グループには趣味が合うもの、同じ部活のもの、元々同じ中学のもの、様々だった。だがその中でも群を抜いて、目立っていたのは、椎名の属しているグループだった。椎名のグループには、椎名のほかに、女子三人、男子四人で、いわゆるイケているグループだった。
僕は、帰りのホームルームが終わり、学校の下駄箱で、靴を履き変えようとした時、ふと机の中に、本を入れっぱなしの状況に気が付き、急いで教室に戻った。
ここ最近、いわゆるボッチだったため、家でも学校でも読書していた。中学でも家で読書していたが大抵、週一冊のペースで読んでいたが、ここ最近は、読書ばかりをしており、気が付けば、もう今週だけで三冊は読み終わった。
教室に誰かいることに気が付いた。とりあえず、挨拶してきたら返そうと思い、教室のドアに手を掛け入った。教室の中には、椎名結衣がいた。
僕は、椎名が教室に差し込む夕日に照らされていて、一瞬時が止まってしまった。椎名はこちらに気が付き僕を見ていた。僕は、はっ、と気が付き、教室に入り、ドアから一番手前の自分の席から本を取ろうとしようとすると椎名が僕に話しかけてきた。
「ねぇ。一条君。話すの初めてだっけ?」
「うん。そうだよ。」
僕は、素気なく返した。自分の机から、ここ最近読み始めた「人間失格」を取り出し、急ぎ足で、教室を出ようとした時、椎名がまた話しかけてきた。
「それって。人間失格だよね。」
「そうだけど。」
「一条君ってずっと本読んでいるよね?」
「そうだね。」
友達がいないから、何て言ったら流石にダサいから言わなかった。それに椎名達のことに対して、妬んでるみたいだからやめた。
「一条君って友達いないの?」
「え?」
「だって、ずっと本読んでいるし、誰かと喋っている所なんて見たこと無いし。」
ぐぅの声も出せない。自分の核心を突かれた。今まさにそのことについて、悩んでいるのに。ドアが目の前にあるがここで逃げてしまうと、やっぱりダサい。だから開き直ってみることにした。
「そうだよ。僕には、友達がいない。今だと本が友達だね。」
それを聞いた椎名は笑いだした。
「くっくっくっ。やっぱりおかしいね。一条君は、本が友達って。」
流石にイラッとした。この世には、本で助けられている人がたくさんいるというのに。そう言いだそうとしたが、僕の心は弱かった。まるで、鼠が百獣の王のライオンに挑むかのようなことだ。
まだケラケラ笑っている椎名が「あのさ。」とまた話しかけてきた。
「一条君。私とおトモダチになってよ。」
「は?」
「一条君みたいな人とそうそう会えないし、それに私は、この世の人とおトモダチになることが夢なの。」
椎名が言うことを理解するには、少し時間が掛かった。一瞬、拒否しようか迷ったが、さっきまでケラケラ笑っていた椎名の顔はとても真面目だった。その裏には何か深い意味があると感じられた。
「分かった。いいよ。」
椎名の顔は、また笑顔に戻った。
「本当に、ありがとう。やっぱり、一条君は深く考えると思ったよ。」
「は?」
「とりあえず。真面目な顔すれば、深く考えてくれて、おトモダチになってくれると思っていたよ。」
「え。」
自分がここまで深く考えたのは無意味だった。そう思うと恥ずかしい。
「んじゃ。また明日ね。」
椎名は、バッグを取って、走りながら教室から飛び出した。
はぁ、とため息を吐く。僕もゆっくりと教室から、出て家に帰ることにした。
「椎名結衣か。」
空は、茜色に染まっていた。