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第二話 浮島と魔女

第二夜 浮島と魔女



今日の天気は虹。

雲ひとつ無い空に数え切れないほどの虹がかかって空が埋め尽くされる光景と言うのは、字づらとは裏腹に非常に禍々しい光景でした。マスターへの愚痴が増えます。そして夕日の中、すべての色がオレンジに変わった頃、今日も酒場が開店しました。


私は今日も忙しくテーブルを回ります。床板の隙間からいつの間にか生えて、席に座っていたアルラウネさんに赤ワインの酒精を出し、まんまる瞳の黒猫さんには、トカゲの干乾しを出して……理性が日に日におかしくなっていく気がしますが、今日も夕食時を乗り切ります。


「私のかわいい稀人ちゃん。こっちにいらっしゃいな!」


セリフだけ聞けば安っぽいナンパのようですが、私に呼びかけてきたのは色香を漂わすお姉さん。お酒を飲んで一際明るい雰囲気を出しているのはリシシリー姐さんです。表通りでも大きい娼館の売れっ子さんで本名は知りません。お水の世界の人なのに、色気と日の光の下に居るような明るさが同居した素敵な人ですが、私のことも稀人ちゃんと呼んで可愛がってくれます。私はマスターに目線で許可を取った後、姐さんのお気に入りのボトルを持って席に行きました。


「店の子達が飼っている露舐り達が、この前逃げ出してしまってね。それはそれは大騒ぎだったの。ほら、あれは野生に戻ると偶に肉食になる子も生まれるじゃない? だから必死で探したわ。草食でも、うちにはマンドレイクの人なんかも来るからね。お客さんがペットに食われるなんて笑えないわ。」


リシシリー姐さんはとてもよく話し、なおかつ飽きさせません。姐さんの話を聞くために娼館に通う人も居るそうです。娼館では、夜は仕事の時間なので、あまりこの酒場には来られませんが、たまに顔を出したときは、面白い話をたくさんしてくれます。すごいマシンガントークですが、聞き手役に回ることの多い私としては、すごく一緒に居るのが楽しい人です。が、ただちょっと変わった所があります。


「見て見て、私の可愛い浮島ちゃん。もうこんなに大きくなったの。前にここに来たときより……そうね、二周りは大きくなったわ。私はまだ乗れないけど、お稚児さんくらいなら乗っけても平気よ。」


リシシリー姐さんは浮島を飼っているのです。姐さんの頭の上に、クッションくらいの土の塊の上に草がぴょろぴょろ生えた物が浮いています。特に何をするわけでもなく浮いていますが、浮島の持ち主は浮島の核の欠片を持っているので、持ち主が移動すると浮島も着いて来ます。でも、コミュニケーションを取ることはできません。

ともかく、ただ眺めるのみのものなのです。


「今はいっぱい稼いでこの子を育ててね、一軒屋を建てるの。小さい物でいいわ。私が生きている間には旅に出られるほど大きくはならないから都市の周りだけだけど、この都市の外壁を外から眺めながら、ゆっくりジャムとかを作るの。楽しそうだと思わない?」


趣味人の間では大きく育てた浮島に家を建てて移住し、そこの主になるといった事が最高の栄誉なのです。ただし、核を持っている人が乗ってしまっているので、行き先は風任せです。ただし、家を建てるほどまでに大きくなるには、50年は掛かります。移住して困らないように畑やその他の施設をつけるには何百年の時間が要るでしょう。この浮島の成長スパンは、この都市の変わった人々の時間感覚でも長期に属し、代を継いで受け渡される盆栽のような渋い趣味なのです。


「リシシリー姐さん。この子の草ちょっと元気無いようです」

「あら本当。やだわ、見過ごしてしまうなんて。まだ冬でもないのにどうしてかしら」


私が浮島を見ると、上に生えている草が何本か萎びています。浮島は植物と共生関係にあるらしく、上部に生えている植物が枯れてしまうと死んでしまいます。だから、本来は冬の無い常春の地域に生息しているのです。それをこうやって冬のあるところに連れてきてしまうと、冬に植物が枯れて死んでしまいます。浮島を飼っている人達は、冬は室内で子守り、植物を枯らさないようにしなければなりません。でも室内に入れるには限りがあるので、室内に入れて保温できない大きさになる前に、樹木などの寒さに強い永年性の植物を根付かせる必要があります。


「ねえ、この子どうすればいいかしら? 植物が枯れたら死んじゃうわ」

「うーん、水が切れたのでしょうか?」


私はその小さな土くれを抱いて店の隅に持って行き、表面に霧吹きで水を上げます。よく見ると萎びているだけでなく、草が黄色っぽくなり弱弱しく見えます。これは昔、自宅の鉢花を枯らしたときと一緒です。私は姐さんに声をかけます。


「うーん、リシシリー姐さん。少しこの浮島お借りしてもよろしいでしょうか?」

「いいけれど、それでこの子治る?」

「絶対とはいえないのですが。でも、このままにしておくと悪くなりそうですから。」


私は、浮島の基本的な注意点を教わった後、姐さんから青い核石の欠片を預かりました。リシシリー姐さんは一週間後にまた来ると約束をして帰っていきました。深夜になり、店を閉めるマスターに尋ねます。


「マスター、居候の分際で心苦しいのですが、この子一週間ここに居てもいいですか?」

「僕に選択肢が無いなら、それは質問ではなく事後報告だよね。」


いいよ。といってくれたマスターにお礼を言って私は店の上の一室に浮島を連れ込みました。色々用意がありますが、深夜では必要なものも揃わないので、寝てしまうに限ります。寝巻きに着替えて、ランプを消しベッドに横たわると窓の月明かりに照らされる浮島が見えます。おやすみ、と浮島に言った後、ふとある考えが頭をよぎります。


「滅びの言葉とか言ったら、やっぱり破裂するのかな?」





私は翌日の朝起きると、着替えて外へと繰り出します。もちろん浮島も一緒です。人ごみが多い表通りを避けて、道を降り、下へ下へと歩いていきます。やっとこさ一番下のなだらかな場所にたどり着きます。このあたりは農地になっていて、麦畑が広がっています。

私は更に小道を歩いて、森の入り口にある野園に辿り着きました。野バラやら、ハーブやらがたくさん生えたお庭。ここが目的地です。大きな声でお邪魔します、と叫びながら入り込むと程なくして目的の人物を見つけました。


「此処に人が来るのも珍しいが、稀人が来るのはもっと珍しい。」

「お久しぶりです。」


この庭園の主である魔女さんです。大きなつばの黒い山高帽は魔女の証なのだそうで、何時でも被っています。別に魔女といっても、野に住んでいて他の人よりも物知りな女性という感じです。格好も黒いローブなどではなく動きやすそうなツーピースにエプロンですし、手に持つ箒は枯葉を掃くための物です。姿だって鼻がとても高いほかは余り普通のヒトと変わりません。

さて、今日の用事は、浮島の栄養剤を手に入れることです。


「庭園の魔女さん、今日はちょっと困ったことがあって来ました。この浮島のために、魔女さんの作っている液肥を分けて欲しいのです。」

「随分と植勢が弱っているな。これは液肥ではどうなるものではないな。」

「え、もしかしてもう手遅れだったのですか?」


私はドキリとします。この浮島はリシシリー姐さんからの預かり物です。それを枯らした、死なせてしまったとなれば姐さんは悲しむでしょう。私はどんよりと暗いオーラを出していると、魔女さんが声をかけてきます。


「お前だって、体調が悪いのに食事をいくら持ってこられても食べられないだろう? ああ、独活の様になってしまって、こいつよりもっと小さな浮島だって、もう少し立派な幼木が生えるぞ。まずは陽の光に十分当ててやれ。」

「え? 栄養不足じゃなかったのですか?」

「栄養も不足しているかもしれないが、一番の原因は陽光不足だ。もやしの様に伸びてしまって、これは養分の前に陽の光に当ててやらねばどうしようもない」


そういえば、リシシリー姐さんは夜の仕事です。基本的に昼間は寝ているでしょう。窓辺で必死に光を浴びようと頑張っている浮島が脳裏に浮かびます。


「じゃあ、昼間は陽光の元において置けば元気になるのですね?」

「ああ、そのためには浮島の主となっているお前がずっと陽の下に居なければならないがな。」

「う、早起き頑張ります。」

「お前だけでは辛そうだから私が手伝ってやろう。ちょうどいい、明日から毎朝庭仕事の手伝いに来なさい。」

「え……その、あの」

「古くから魔女に知恵を借りた者はその代償を払うのがしきたりだ。お前は不摂生そうだし、早起きは健康にも良いから諦めて来い。」

「……はい。」


朝の辛い性質の私は項垂れ、それを見た魔女さんはニヤリと笑いました。


結果として、私は毎朝、浮島と一緒に魔女さんの庭園に足を運び仲良く庭弄りをした後、ハーブティを頂いて帰り仕事をする。と、いった妙に健康的な生活を一週間続けました。浮島は日の光と魔女さんから液肥を貰ったおかげで青さを取り戻し、喜んだリシシリー姐さんに引き取られていきました。


事の顛末を話すと、姐さんは朝から起きられないけれど、娼館の小僧さんお駄賃を上げて、浮島を陽の下に出すようにするとの事です。


浮島の上にハーブの種が何粒か播かれたことは私と魔女さんだけの秘密です。


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