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第十四話 鱗の主

第十四夜 鱗の主



ある雨の日の閉店後、片付けと掃除をしていた私は、看板を下げようと外に出たとき、ある物を見つけました。店のすぐ前の通りで何かがちらつきます。手に持っていた雑巾を窓枠にかけて何かを見に行くと、そこにはホログラムの様な虹色に煌く淡い白さの鱗がありました。手のひらほどもある大きな鱗です。如何するべきでしょう? 今日は魚さんなんて来ていませんし、爬虫類っぽい人とかも見ていません。道の上なのでゴミなのかもしれませんが、ランプの光にキラキラと瞬いていて捨てるには申し訳ないほど綺麗です。誰かの落し物かもしれません。綺麗な貝を収集するように鱗を収集する人だっているでしょう。


「どうしましょう?」

「立派な竜鱗だね。今日のお客には竜がいたのかな?」


玄関先で呟いている私に、後ろから声をかけてきたのはマスターです。こういう謎はマスターに聞くと捗ります。


「あ、竜の鱗なのですね。そこに落ちていたのですが、この鱗はここで保管しておいたほうが良いのですか?」

「うーん、そうだね。道を歩いていたヒトの落し物かもしれないけど、店のお客さんかもしれないし……。竜も色々だから鱗なんてじき生え変わるから気にしないってヒトから、自分の物はすべて管理するって拘り派のヒトまでいるからね。とりあえず暫く保管して置こう」

「分かりました。じゃああそこの戸棚に入れておきますね」


私は、引き取り手がいなかったら貰おうかと思いながら、その綺麗な鱗を、綿を詰めた箱に入れて戸棚にしまいました。


***


……そんな会話をした一週間後のことです。


「ここのところ、よく雨が続きますね。マスター」

「雨雲がずっと居座っているようだね」


私とマスターは玄関から身を乗り出して、空を覗き込みます。季節はずれに続く雨。土砂降りではないのですが、しとしとと降り続く雨にそろそろ洗濯物が溜まってしまいます。運河の水もいっぱいいっぱいでしょう。運河に落ちて行方不明にはなりたくないので見に行ってはいませんが。


私は最近、買い物くらいしか外に出ていません。雨がずっと降り続いているのも理由の一つですが、本当の理由は絶賛料理修行中だからです。こう言うと私の生活能力が無いようですが、料理や洗濯一通りの家事くらいできます。ただこの都市では、一通りの料理ではまったく太刀打ちできない異次元の料理の腕が要求されるので、その道の先達であるマスターに習って、私は嫁入り修行のように料理の練習に明け暮れているのです。良い石の見分け方とか、流木の削ぎ方とか誰が知っているというのでしょう。


そんなこんなで今日も開店です。でもこんなに雨続きでは皆あまり外には出てこないでしょう。きっと今日も閑古鳥です。いつもよりもお客の疎らな夕食時、私も余裕を持って対応できます。第一陣が撤退した後、私がゆったりとテーブルを拭いています。雨が俄かに強くなってきたのでもうお客さんは来ないかもしれません。そんなことを考えていると下店の戸が開き、雨音大きくなります。


「いらっしゃいませ!」

「邪魔をする」


茶色の髪に赤目の若い男のヒトです。この所の雨で寒くなったからでしょうか、ハイネックの服を着ています。そして、不思議なことにぜんぜん濡れていません。男のヒトは悠然と店の真ん中の机に向かい椅子に座ります。私は少し面食らったあとお客様の注文をとりに行きます。


「鱗はあるか?」

「は、はい。あの……虹色に光る鱗ですか?」


返答は帰ってきませんでしたが、私は異様な雰囲気に飲まれて、戸棚から鱗の入った箱を引っ張り出してきて、ドギマギしながらその男のヒトに見せました。


「ふむ、ちゃんと保管しておったようだ。重畳」


私が差し出すように持ったそれを男のヒトは掴み上げ懐にしまいます。その当然のような態度に、このヒトの落し物であったことは分かりますが、この近づき難いヒトは何なのでしょうか。マスターの言葉を信じるなら竜ということになりますがまったくわかりません。


「あの……」

「む……娘は稀人か。妙なる者に逢うならばそれも天命であろう。ふむ、何かもて」

「え、あ、はい」


私は厨房に戻ってマスターに小声で相談します。


「マスター何をお出しすればいいのでしょう?」

「竜か……しかもなんか大物っぽい感じだしな。とりあえずお酒をお出ししよう。でもブランデーでもないし、カクテルも微妙だし……」

「……あ、マスター、アレをお出ししましょう」


視界に入ったのは“竜殺し”と書いてある清酒です。この竜は比喩なのでまったく関係ないと思いますが、なんとなく連想ゲーム的な意味合いで推薦してみたところ、マスターも困っていたのかそれを出すことになりました。


ガラスでできたお猪口と徳利に移したお酒を持ってテーブルに向かいます。そのまま「しばし、座れ」と言われれば私に拒否権なんてありません。静かに聞き役に徹します。


「我の鱗の件、ご苦労であった。なかなか良い保管であった、褒めて遣わす」

「ありがとうございます。あの……」

「何か」

「お客様は竜なのですか?」

「そうだ」


ですよね。すごく命令しなれいている感じがします。結構なハイペースで飲まれるので、私は徳利を何度も傾けます。


「あの、竜ということはあの虹色の鱗はお客様のものなのですか」

「そうである。者によっては蝙蝠の翼を持った蜥蜴を思うらしいが、そうさな、小さきものに例えると我らは蛇や蛟に似ているらしい」

「東洋の竜なのですね」


西洋のドラゴンは悪者ですが、東洋の竜は吉兆・神獣のたぐいだったはずです。怒らせなければ無体なことはされないと信じたいです。私は話の合間に空の徳利を下げて新しい徳利を持ってきます。竜と話せるなんてめったに無いことでしょう。恐怖より興味が勝ってきます。


「なぜ、ここに鱗があると分かったのですか?」

「大体は匂いで分かる。鱗を落としてしまってからずっと探していたのだ。ここら辺にあることは分かっていたからな」

「その姿でですか? そういえば今日いらしたときには濡れてらっしゃらなかったようですが?」

「竜の本性は三停九似。この姿はこの都市を歩きやすいようにヒトの姿を借りていたのみ。それに竜は雲雨を支配するもの。此れくらい雨であれば我を害することはなかろう」


そうですよね。運河の中に竜がいたり、道を竜が歩いていたらびっくりします。三停九似とは、竜は色々な動物のパーツを集めたような想像上の生き物とされていますから、そういった意味なのでしょう。それにしても雨は害さないというのは、雨の方が避けてくれるのでしょうか。それともすごい揮発性なのでしょうか? そういえばハイペースです。倒された徳利はすでに3本です。


「引っ切り無しに酒を持つようでは話もできん。その酒瓶ごと持ってくるが良かろう」

「え……いえ、あの清酒瓶はお客様の机にはちょっと……」

「我は些細なことは気にしない。面倒であるから持って来ると良い」

「……はい」


私は抵抗を諦めました。竜のヒトの前に“竜殺し”と書かれた酒瓶。私なら清酒“人殺し”とかいうお酒を出されたら勘繰ってしまいそうです。笑ってくれるのを期待するしかないでしょう。酒瓶を渡すマスターも諦め顔です。


「……あの、その、すみません! お客様にお出ししたのはこれなのです」

「ふむ、清酒……“竜殺し”か! これは面白い趣向である!」

「すみません。出来心だったのです」

「よいよい、我を竜と知って之を出す気概が気に入った。 “竜殺し”か、我を殺すには少しばかり弱いようだ」


私が目を瞑りながら差し出す酒瓶のラベルを見て、大笑いしだす竜さん。私が思いつきでやらかした失態は、ジョークとしてとっていただけたようです。それからは簡単な料理を注文し食べながら清酒“竜殺し”をさらに勢いを増して煽っていました。その間はちゃんとウエイトレスをしています。ふと竜さんが尋ねてきます。


「娘よ。この都市に暮らしてどの程度となるのか?」

「ええと、1年と少しになります」

「すでにほとんど縁は切れたか。じきに混じる時であろうな」

「?」

「分からずともよい。まこと目出度き事だ」

「ありがとうございます?」


更に機嫌の良くなった竜さん。とりあえず目出度いと言ってもらっているのでお礼を言って置きます。清酒を3升も開けているので、流石に笑い上戸になっているなっているという可能性もあります。そんな失礼なことを考える私をよそに、竜さんは懐から件の鱗を取り出します。


「少々早いが此れをもっていくが良い」

「え? これって探していた鱗ではないのですか?」

「気に入らぬ者が持っているかもしれぬのが我慢なら無かっただけである。お主なら良かろう」


「善きかな、善きかな」と笑う竜さんは代金だといって机の上にお金を置いて酒場を出て行ってしまいました。私は虹色の鱗を持ったままポカンと見送りました。


竜さんが店を出てからたっぷり1分は経ってから、マスターが近づいてきて言います。


「竜とは大物だったね。滅多に見られない種だよ」

「……竜の姿で見てみたかったです」


私は竜さんの覇気に押されてぼやっとしたまま答えると、マスターが慌てた様に言います。


「天気まで変えるような竜なら、きっと大竜に違いない。こんな小さな店なんて簡単に壊れてしまうよ!」


空にはぽっかりと久しぶりのお月様が浮かんでいました。

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