第58話「生存」
蒼慈を残した広間を出る前に、四人は一度だけ足を止めた。
青い花の残骸が、まだ床に残っている。
誰も、すぐに歩き出そうとはしなかった。
心桜が、菊乃の横顔を見る。
『ねぇ。
最初から、知ってたの。妹がもう一人いるって』
琥珀も、刀の柄から手を離さないまま続けた。
『紅華ちゃんの顔を見たとき、菊乃さんは……驚いてなかった。
「やはり生きていたか」って、言ってた』
菊乃は、否定しなかった。
『知っていた。
逃げる夜、母親が四人分の気配を残したまま、三人だけを外へ出した。
私は六歳だった。忘れられなかった』
『なのに、話さなかった』
『話せなかった。
生存も分からない。
仮に生きていても、里に残された以上、私たちとは違う生き方を強いられている。
期待させて、空振りさせるくらいなら、黙っていた方がいいと判断した』
心桜が、低く息を吐く。
『……あんたらしい、ひどい優しさだね』
『事実だ』
紅華は、二人のやり取りを黙って聞いていた。
槍の石突を床につき、視線を落とす。
菊乃が、紅華の方を向いた。
『紅華』
『……なに』
『生きていて、よかった』
短い言葉だった。
誇張も、感情の波も乗せない。
菊乃なりの、最大限の温度だった。
紅華の肩が、一度だけ揺れる。
『……遅いよ、それ』
『遅くても、言う』
沈黙が落ちる。
心桜も琥珀も、割り込まない。
紅華が、ゆっくりと顔を上げた。
『母親から、三人のことは聞かされてた。
逃した姉妹がいる、って。
顔も、名前も、曖昧なまま』
『それで』
『四天王になってから、偵察を出した。
独自に。上には黙って。
花の血の気配を追って、外の情報を拾ってた』
琥珀の目が、見開かれる。
『……私たちを、探してた』
『複雑な気持ちだった。
会いたいのか、会いたくないのか、自分でも分からなかった。
光の側で普通に生きてる姉妹を、影の側から見てた』
彼岸花の匂いが、遠くから薄く残っている。
『でも今は——会えて、よかったと思ってる。
斬られたあとで言うのも、なんだけど』
心桜が、小さく笑った。
『変な妹だね』
『姉さんたちの方が、よっぽどでしょ』
琥珀は紅華の袖に、そっと触れる。
『……これから、ちゃんと話そう。
知らなかった分、これから』
紅華は拒まなかった。
菊乃はそれ以上何も言わず、下り坂の方を見た。
『休めるところまで、移動する。
最深部は、まだ先だ』
四人の影が、通路に並ぶ。
知っていた側と、知らなかった側が、ようやく同じ事実の上に立っていた。




