第二話 昔から大切にしていたつもりだ
屋敷へ戻るなり、父に呼び出された。
「エレイン! また婚約破棄だと聞いたぞ!」
「お父様……」
「これで四回目だ。いい加減にしてくれ!」
まるで私が浮気したかのような言い草だ。
「もう国内に、お前と釣り合う家格の令息がほとんど残っていないのだぞ。これ以上格下の家と結んでは、フォスターの名に傷がつく。一体どうするつもりだ」
「私が婚約者へ浮気を勧めたわけではありません」
「分かっている。だが、結果は同じだ」
分かっていると言いながら、責めるのか。
腹の底に、重いものが溜まっていく。
悪いのは私ではない。
そう思っていても、四度も続けば、自分に原因があるのではという不安は消えてくれない。
「実は……殿下から、婚約の打診をいただきました」
「なんだと!?」
父は目を見開き、椅子から立ち上がった。
「レオンハルト殿下がか!」
「ええ」
「それは願ってもない話ではないか。何を迷う必要がある。すぐに受けなさい」
「ですが、殿下とは幼馴染です。恋愛感情があるわけでは――」
そこまで口にして、自分で違和感を覚えた。
本当に、ないのだろうか。
婚約が決まるたび、レオンハルトへ報告するのが少しだけ嫌だった。
彼が祝いの言葉を口にすると、なぜか胸がざわついた。
破談になったとき、悲しいのに、その一方で彼のもとへ行けることに安心していた。
それを恋と呼ぶのか、まだ分からなかった。
「贅沢を言うな。王太子妃だぞ。これ以上の縁談があるものか」
父の勢いに押され、とうとう頷いた。
こうして私と王太子レオンハルト・ヴァイスロイトの婚約は、電光石火の速さで纏まった。
婚約が正式に発表された翌日、レオンハルトは公爵邸を訪れた。
「エレイン、これを」
差し出されたのは、大輪の白薔薇の花束。
今まで誕生日以外に贈り物などしてきたことのない相手からの行動に、思わず目を瞬く。
「……どうしたの、急に」
「婚約者に花を贈るのは当然だろう」
「あなた、そんなことをする人だったかしら」
「お前が知らなかっただけだ」
「誰かに贈ったことがあるの?」
眉が寄った。
「あるわけがない」
「それなら、どうして当然だと分かるのよ」
「調べた」
あまりに真顔で答えられ、花束を抱えたまま笑ってしまった。
「殿下でも調べものをするのね」
「俺を何だと思っている」
「昔、私の誕生日に虫入りの箱を寄越した人」
「あれは贈り物ではない。罠だ」
「なお悪いわ」
以前と同じようなやり取りなのに、今までとは距離が違った。
婚約してからというもの、甘やかされることが日に日に増えていった。
朝には手紙が届き、午後には好きな菓子が届けられる。
公務の合間を縫って会いに来ては、以前とは比べものにならないほど熱のこもった視線を向けられる。
「疲れているだろう」
夜会では誰より先に椅子を引き、飲み物を用意してくれた。
他の令息が声をかけようとすれば、いつの間にか隣へ立っている。
「久しぶりだな」
「あ、いえ……殿下。少しエレイン嬢へご挨拶をと」
「そうか。もう済んだな」
「え?」
「挨拶だ」
にこやかな顔を向けられた伯爵令息は、青ざめて去っていく。
呆れて隣を見上げる。
「今のは何なの」
「挨拶をしたいと言うから、させてやった」
「私と二言しか話していないわ」
「十分だろう」
「十分じゃないでしょう」
「婚約者のいる女性と、何をそんなに話す必要がある」
以前なら、こんな露骨な真似はしなかった。
「殿下、その……最近、変よ」
「どこが」
「前はもっと、私を雑に扱っていたじゃない」
「雑にとは失礼だな。昔から大切にしていたつもりだ」
「虫入りの箱を寄越しておいて?」
「あれは、お前が悲鳴を上げて俺の腕へ飛び込んでくるか試しただけだ」
「最低ね」
「結局、箱ごと俺の顔へ投げつけただろう」
そう言いながら、手を取られた。
指を絡めるような繋ぎ方に、頬が熱くなる。
「でも今は、明らかに違うじゃない。手を繋いだり、髪に触れたり……」
「婚約者にするのは当然だろう」
髪を一房すくわれ、指先へ絡められる。
「それとも」
青い瞳が、すぐ近くから覗き込んでくる。
「もっとしてほしいのか?」
「なっ……!」
慌てて髪に手を添えると、満足そうに笑われた。
昔から悪戯好きなところはあった。
けれど、こんなふうにこちらを意識させる男ではなかったはず。
会うたび、鼓動が速くなる。
視線を受けるだけで頬が熱くなり、手を離された後には、もう少し触れていてほしかったと思ってしまう。
友人だったはずの幼馴染に、恋と呼ぶべき感情が芽生えている。
いや、本当はもっと前からあったのかもしれない。
ただ、気付かないふりをしていただけで。
「……私、レオのことが好きなのかもしれない」
四度も婚約を壊され、誰かを好きになることには臆病になっていた。
それなのに、彼への想いだけは日ごとに膨らんでいく。
けれど、同時に不安もあった。
また、裏切られたら。
私を選んだのは、周囲から婚約者を決めろと言われていたから。
家格が釣り合うから。
そう言っていた。
それなのに、こんなにも甘い態度を取られれば期待してしまう。
この人だけは、自分を裏切らないのではないかと。
幸せだと思ってしまうほど、それを失うことが怖かった。
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