第36話
残暑とでもいえばいいのか、秋なのに暑い日。
俺はアジトの壁にあいた穴を修理していた。
ハンマーでトンテンカンテン釘を打つ。
『ピヨッピヨッピヨッピヨッ』
「うっせぇなぁ……」
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ピヨピヨハンマー
ヒヨコマークがあしらわれた黄色いハンマー
叩くたびにヒヨコの鳴き声が聞こえるよ
卵を産まないからオスはいらないと言った
彼女はオスのヒヨコをすべてハンマーで叩き潰した
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釘打ちにちょうどいいサイズのハンマーを『ゴミ箱』の中から探したら、これを見つけた。
鳴き声が邪魔なだけで、仕事に支障はない。
おもちゃみたいな見た目の小さなハンマーではあるが、ちゃんと固い物質でできている。
おもちゃみたいだからといって、ピコピコハンマーみたいに「なんでやねん!」と人の頭を叩いたら大ケガをするだろう。
そもそもなぜアジトの壁に穴があいているのかというと、人面馬ブレイクのせいだ。
壁を壊したブレイクには罰として配達クエストを受注させた。
あいつが壊したんだからあいつに修理させたかったけど、さすがに馬体で釘打ちは無理があった。
しっかし、本当にボロボロのアジトだなぁ。
全面的にツギハギだらけで、そのうち全パーツ交換されちまうんじゃないか?
テセウスの船じゃねぇんだから。
昼ちかくになって、ようやく修理が完了した。
「暑いなクソったれ」
「お言葉が荒れ模様ですわね、トラッシュ」
首にかけていたタオルで汗をふきながら悪態をついていると、お嬢がアジトの中から出てきた。
本物の貴族だったら、この暑さでも汗ひとつかかないんだろうな、なんて考えながら彼女の顔を見ると、しっかり汗をかいていた。
くりんとした金髪がおでこにはりついている。
お嬢は笑顔で冷たい水を手渡してくれた。
「はいこれ。タオルをもらいますわ。洗っておきますわね」
「おぉ、ありがとう」
部活のマネージャーみたいだなと思いながら、首のタオルを渡し、水を飲んだ。
「かぁ~、うめぇ~。のどが渇いたときは、ただの水がいっちゃんうめぇんだ」
「ふふ。それよりも、さっきお手紙が届きましたわ。開けてくださいまし」
「おぉ」
手紙を開けて読むと、『神のゴミ箱』のメンバーからだった。
「タンテがもうすぐ帰ってくるんだとさ」
「まぁ! 遠征に出てから何か月ぶりですかしら。ひさしぶりに会えるんですのね、楽しみですわ~」
「でも、あいつ一人で帰ってくるらしい」
少し遠い国での依頼を受け、うちのメンバーからタンテと、もうひとりゴルケス・ガンダウマという荒事が得意なメンバーを選び、二人組で遠征してもらっていた。
依頼が完了したなら二人一緒に帰ってくるはずが、『わけあって一人で帰ることになったよ。事情は直接話すね』と手紙に書いてあった。
嫌な予感がする。
いてもたってもいられなくなり、俺はとりあえず何か情報がないか確認するため、ギルドへ向かうと決めた。
「お昼ごはんはどうするんですの?」
「あぁ、先に食べておいていいけど残しておいてくれ。情報収集だけしてすぐ戻るつもりだから」
空腹を我慢しながらギルドに駆け込むと、中にいたギルダーたちの目線がこちらへ集中した。
いつものことだ。無視しながら、受付に向かおうと歩きはじめたところで、急に強く肩をつかまれた。
「痛っ、なんだてめぇ!? 喧嘩かァ!? ってなんだティーチャーかよ。力が強いんだから気をつけなさいよあんた」
「……うん」
ふり返ると背の高い女が立っていた。
多分、180くらいある。俺よりも断然背が高い。
背は高いが声は低い。
それに軍服のようないかつい服装をしており、少々威圧感がある。
その割に顔は少し幼げにも見えた。年齢は俺と同じくらいだと思う。
俺たちのやり取りを聞いて、ギルドが全体がざわめいた。
「先生が自ら話しかけただと!?」「なにもんだアイツ」
「確かギャングのゴミッシュとかいう奴じゃなかったか? 先生に目をつけられるとは……終わったなアイツ」「先生の教育が始まるぞ……」
みんなが『先生』と呼ぶこの女は、表ギルドの一級ギルダーであり、フラウス王国最強格の一人だ。
最下級の五級から最上級の一級まで五段階で刻まれているギルドの階級の一番上。
正真正銘の化物である。
彼女の名前は誰も知らない。名乗らないだけなのか、みんな怖くて聞けないのか知らないけど。
みんな畏敬の念をこめて『先生』と呼ぶ。
俺も一応知り合いではあるけど、名前を知らない。
いっかいふざけて『ティーチャー』と呼んでみたら怒られなかったので、そのまま呼び続けている。
「ティーチャー、俺になんか用か?」
「……」
「え? もしかして、とくに用はないけど止めた感じ?」
「……うん」
無表情でうなずくティーチャー。濃紺のポニーテールがさらりと揺れた。
本当に用ないんだ。
奇遇だね、俺もティーチャーに用はないんだ。
だから解放して?
ギルドはまだざわついている。
「あいつ黒タグじゃん、先生となに話してんだ?」「先生は白タグだぞ? もちろん殺される。今は罪状を読み上げられているところじゃないか?」
白タグってのは、裏ギルドの仕事を受けてない健全な銀色タグをつけてる人のことね。
銀タグと呼ばれたり、黒タグの逆だから白タグって呼ばれたりもする。
え? てか俺、殺されるの?
「先生は地獄みたいな戦場を乗り越えた結果感情を失ったらしいぜ」「それ先生から聞いたのか?」「いや噂だ」
「赤ん坊のころですら一度も泣いたことがないらしい」「先生の笑顔なんて見たことないな」「見たやつは全員殺されるらしいぜ」
俺、ティーチャーの笑顔みたことあるんだけどまだ生きてるぞ?
あ、まさに今から殺される感じ?
ティーチャーは無表情のまま俺を見つめている。
なんか言えよ。
主文後回しでもいいから、なんで俺が殺されるのか理由を教えて?
居合切りの達人の前で全裸放置されているような気分だ。
まばたきひとつ、呼吸ひとつでもすれば切られる。
いや、ティーチャーの武器は剣じゃなくメイスだから、切られはしないか。
どちらにせよ死ぬが?
こ、ここはなんとか、シャレたジョークで場を和ませないと……。
「あー、なんだ? 久しぶりに会ったし飯でもいくか? ティーチャーのおごりで! なーんつって、ガハハ! ……あ、すみませ」
「うん」
気づいた瞬間切られていた……サムライ同士の戦いでそういった表現があるけど、まさにそれだった。
気づいた瞬間、お姫様だっこされていた。
気づいたら、俺はティーチャーのデカい腕に抱えられていて、意外と可愛らしい彼女の顔を下から見上げていた。
ここからどうなる?
このまま体ごとティーチャーの膝に叩きつけられて背骨を折られる?
プロレスにそんな技があった気がするけど、一級ギルダーの身体能力でやられたら俺は死ぬだろう。
あ、目が合った。
「こ、殺されるぅ! 誰かタスケベッ……!」
突然走り出すティーチャー。
あ、これアカン。
ギルダーたちの、
「あー、終わったな」「街のゴミがひとつ減るわ」
なんて声を置きざりにして、ティーチャーはギルドの外へ出た。
「うぎッ」
急制動、方向転換。流れる景色。
三級ギルダーである俺の視力では景色を追えない。
この景色の感じ、見覚えがあるわ。
なんだっけ……あぁ、前世で帰省するときに乗った新幹線だ。
速いんだよな、新幹線。
でも、いま見えてる景色は間違いなく新幹線の車窓から見える景色より速く流れてるね。
F-35戦闘機くらい速いんじゃないか?
戦闘機って訓練しないとGに耐えられなくて気絶するらしいけど、俺はまだ気絶してない。
てことは、戦闘機より遅いのかな。
街をこえ、山をこえ、川をこえ、魔物の屍をこえ、だだっぴろい草原にたどり着いたティーチャーはようやく停止し、俺を地面におろした。
「オロロロロォェ……」
俺は朝ごはんを全部吐いた。
昼も食べてないし、お腹がすっからかんになってしまった。
「ハァ……ハァ……オェ…………マジで勘弁してくれ。それで……ここはどこなんだ?」
「……お昼ごはんを、ここで食べよう」
お昼ごはん……だと?
確かにピクニックするにはちょうどいい感じの草原だけど……ま、まさか、わざわざピクニックのために俺をここまで運んだってのか!?
食欲全部なくなったわい! とブチギレかけた俺だったが、ふとギルドで自分が口にしたセリフを思い出した。
『久しぶりに会ったし飯でもいくか? ティーチャーのおごりで! なーんつって、ガハハ!』
あ……もしかして、俺のせいか?
「ティーチャーがここで昼飯をごちそうしてくれるってことか? そのつもりでここまで来たの?」
「……うん」
彼女は相変わらず無表情だったが、ほんの少し嬉しそうにも見えた。気のせいかもしれない。
うん、悪い子ではないんだよ。
なんというかピュアなんだな。
不器用すぎて、みんなに恐れられているけど、純粋で……。
力は強いんだけど優しくってさ。
『オデ、オマエ、トモダチ』とか言いだすけど村人から逃げられてしまう悲しい化物みたいなもんなんだよ。
『オデ、オマエ、マルカジリ』とかは言わないタイプだと思う。
……言わないよね?
「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってくれティーチャー!」
「……なに?」
「結局、ここで何を食べるつもりなんだ? まさか俺、とか言わないよな? ハハ……ハハハ……」
すっと指をまっすぐ俺に向けたティーチャー。
「オマエ、オデ、マルカジリ!?」
「……うん? あれを食べる。アダマンタウロス」
「アダマン……タウロス?」
ティーチャーが指をさしていたのは、俺の後ろだった。
振り向くと、遠くからこちらへ向かって走ってくる魔物の姿があった。
全身光沢のある黒色の体毛につつまれた巨大牛だ。
頭から突き出た角も黒々としている。
アダマンタイトは、希少な鉱石でクソ硬い。
そんなアダマンタイト並みに硬い体毛で全身をおおわれていると言われるアダマンタウロス。
二級ギルダーが十人束になってもかなわない、危険な魔物である。




