アレナエリン
「ポセワイゼス卿が死んだとき、みんなはどこに居たんだろう」
「旦那様とガルダレン様は、広間でお酒を召し上がっていました。奥様はお部屋にいらっしゃったはずです。ゲルネセルム様は、納屋にろうそくを取りに行っていたと思います。私は厨房に」
「お嬢様は?」
「さあ……ご自分のお部屋かと」
「このお屋敷の部屋はどうなってるの?」
メリエリナは屋敷の構造を手短に説明した。
玄関ホールの突き当たりが広間になっており、一階には他に礼拝室と食堂、使用人たちの部屋、厨房、納屋への渡り廊下などがある。二階は個室になっており、ガルトレンの書斎、アレナセイアの私室、ガルトレンとアレナセイアの寝室、ガルダレンの私室、アレナエリンの私室、客室三部屋(それぞれ居間と寝室の二間)が並んでいるという。
「ふむ、お嬢様の部屋と客室は近いのか。お嬢様にもお目にかかりたいんだけど」
「お嬢様はもうお休みになっていらっしゃいます」
「そこを何とか」
「お嬢様は無関係です。監察使様がお会いになる必要はないかと存じます」
「その監察使様ってのはやめてよ。ヘルル・セレイス・ウィンだ。ウィンでいいよ」
「それはさすがに……ではセレイス卿ということで」
「で、なぜお嬢様に会わせてくれないの? 何か不都合でも?」
「不都合などありません」
「怪しい。実に怪しい。監察使権限で強制的にお嬢様を呼び出してもいいんだけど。その場合、服を脱がせて身体も取り調べることになる。必要とあらば拷問もしなきゃならない」
そんな規定はない。
「な、何と破廉恥な! 取りあえず、奥様に伺ってまいります。セレイス卿は広間でお待ちください」
広間で待っていると、アレナセイアとメリエリナに付き添われてアレナエリンがやって来た。
癖のない栗色の髪を背中まで伸ばした、緑色の瞳が印象的な少女だった。アレナセイアの凜とした美しさとは質が異なる、愛らしい美少女である。鼻の辺りに薄いそばかすがあるが、気になるほどではない。白粉でも付ければ見えなくなるだろう。
顔色が悪く、ひどく怯えている。
「アレナエリンです……」
少女はか細い声で自己紹介した。
「君がポセワイゼス卿を殺したの?」
アレナエリンは、大きな目を見開いて、声にならない悲鳴を上げた。首を左右にふるふると振って、後ずさりした。
「セレイス卿! 唐突に何ですか。お嬢様が驚いてしまわれたではないですか」
メリエリナに詰め寄られて、ウィンもさすがにやり過ぎたと思った。
「いや、ちょっとした挨拶代わりのつもりだったんだけど」
「どこが挨拶ですか。いきなり犯人呼ばわりなど!」
「だから、悪かったって。それより、アレナエリンさんの部屋は客室の近くだとか。何か変わった物音を聞かなかったかい?」
椅子に座ったアレナエリンは、深呼吸して落ち着くと、小さな声で答えた。
「特に、何も……」
「お父上と兄上は、この広間で叫び声を聞いたそうだ。声は聞いたの?」
「あの……そのときは母の部屋に居たので」
「お母上の? 証人は?」
「アレナエリンは私の部屋で、私と一緒に刺繍をしておりました」
「身内の証言では参考にならないな。かばっているのかもしれない」
「この屋敷には身内しか居ないのですよ? それでは誰の言うことも信用できないではありませんか」
アレナセイアがとうとう怒りだした。
「なるほど、奥方のおっしゃる通りだ。つまり誰の証言も証拠にならないってことですね。これは困った」
ウィンは顔をしかめつつ、アレナエリンの服を観察した。直径一・五セルくらいの木製の留め具が服の左右を留めている。
ウィンは懐から、客室で拾った留め具を取り出した。それを見たアレナエリンの体がビクッと揺れた。
だが、留め具は全てそろっている。不自然な点もない。
アレナセイアの服の留め具は、全く異なる色と大きさなので関係なさそうだ。
「どうかなさいましたか、セレイス卿」
アレナセイアが切れ長の目でウィンを眺めている。感情が読めない表情だ。勝ち誇っているようでもあり、気遣わしげでもある。複雑な感情を糊塗するように無表情を心掛けているようにも見える。
いつからそこに居たのか、長男のガルダレンが部屋の隅で一同を見ていた。いや、彼が見ているのはアレナエリンか。ひどく心配そうな目でアレナエリンを見つめている。ウィンの視線にも気付く様子がない。
ウィンはため息をついた。
「お嬢様の部屋が客室の近くだと聞いたので手掛かりが得られるかと思いましたが、お母上の部屋にいらしたのでは仕方がない。とはいえ、この広間よりもお母上の部屋は客室に近い。本当に何も聞こえなかったのですか?」
「広間にはこの通り、扉もありません。二階の部屋には扉があり、あまり他の部屋の音は聞こえないのです」
「なるほど。では後で実験してみましょう」
客室で叫んで、アレナセイアの部屋でその声が聞こえたら彼女は嘘をついていることになる。




