迷探偵、退場
「まったく、柄にもないことをするから大恥をかいてしまいましたね、ウィン様」
「いや、全く参ったね」
ウィンは、眩しそうに朝日を左手で遮りながら馬に揺られていた。手綱を必要以上に強く握り締めている。元平民のウィンにとって、馬に乗るという行為は緊張を強いられるのだ。
「何から何まで見当外れもいいところでした」
「まあ、そう言うなって、アデン。ほらこの通り、ブレンナーレ伯に頼まれた薬物の行方もつかめたことだしさ」
そう言って、ウィンはポセワイゼスの命を奪った薬の容器を取り出した。ブレンナーレ伯が見本としてウィンにかがせたものと同じニオイが付いていた。
ブレンナーレ伯の読み通り、ポセワイゼスが薬物の売買に関わっていたことがこれで証明された。どういう訳か、ポセワイゼスはこれを飲み干して死んでしまったが。
この薬物は、ごく少量をぶどう酒などに混ぜて服用することで酩酊感や性的な興奮、快楽などを得るのだという。原液を一瓶飲み干したら、多分体に悪い。実際、ポセワイゼスは死んだ。
ポセワイゼスがこの薬物を所持していたことが明らかになったことで、ブレンナーレ伯がポセワイゼス家を捜査する口実ができた。
「じゃ、ヘイセイス家は無実ってことでいいんですか?」
「何か問題があるかい?」
「だって、留め具の問題が残ってるじゃないですか。あの部屋に第三者がいたことは間違いありません」
アレナセイアの服には糸の穴しかなかった。ハサミを使って、丁寧に糸を切って留め具を外したのだろう。
ポセワイゼスの寝室で、服の留め具が引きちぎられるような事態――。それは知る必要がないことだ。
「ポセワイゼス卿は本当に自殺したのでしょうか」
「アデンはツマラナイことにこだわるねえ」
何があったのかは知らない。知る必要はない。管轄外だ。
諸侯領内の問題は、領主裁判権を持つ諸侯が解決すべきことなのだ。諸侯領の中の小領主など、殺されようが自殺しようが帝国にとっては取るに足りない些事に過ぎない。
とはいえ――。
ポセワイゼスは心臓に問題を抱えていたのだろう。彼の寝室には、心臓の発作を抑える薬があった。黒くて、独特のニオイがする液体だ。以前、かいだことがあるニオイだった。
一方、ブレンナーレ伯が見せてくれた薬物は、依存性が強く、心身に異常を来す恐れがある忌むべき液体ながら、透き通った、それはもう奇麗な赤色だった。
太陽の光の中では絶対に見間違えることはない。だが、ろうそくの光しかない夜の室内では話が違う。あの環境下では、赤は黒く沈んで見える。「直接炎の光にかざさない限り」、あの薬物は「黒く見えた」だろう。これでは、心臓の薬と見分けが付かなかったに違いない。
「まあ、事故が起こっても不思議じゃないよね」
「あの一家、みんな何か隠してますよね。ほっといていいんですか?」
「誰にだって隠し事はあるさ。私だって、隠したいことの一つや二つや三つや四つや五つや……」
「多過ぎですよ!」
「いずれにせよ、帝国の知ったことじゃないよ。後は家族で解決すればいいさ」
ウィンはつぶやくと、客室で拾った小刀と留め具を川に投げ込んだ。
「あ、証拠が!」
「この世にはね、要らない物もあるのさ」
「普通は『要らない物なんてない』って言いませんか?」
「え? あるだろう。人参とか椎の木に生えるキノコとか」
「ただの好き嫌いじゃないですか!」
予定よりも長くなってしまいましたが、これにて完結です。
以前に書いたスピンオフ『居眠り卿とファッテンの海賊』が徹底して「馬鹿馬鹿しいドタバタ劇」を目指したので、今回は家族愛をテーマにしました。
実験的に、ミステリの構造をガワを被せてみたのですが、いかがでしょうか。
前回の『騎士の娘は公爵の「お手付き」を目指します』では、語り手不明(ラストで判明)の一人称スタイルにするなど、スピンオフでは本編とは手法やトンマナを変えて遊んでいます。
次のスピンオフ(タイトル未定)は、エッセイ的な話を本編キャラを動かして語る、というものを考えています。




