9 コラボ with サキュバス検定協会
サキュバス検定問題集を放り捨てて、日本政府エージェント国山小夜に連絡を入れる。
事情を報告したところ、国山小夜の反応は激烈であった。
『女子生徒に性教育⁉ どうしてそんなことになってるんだ! ダメだダメだ、私という恋人がいるのに!』
ミズキはキレそうになった。こめかみに青筋を立てながら怒鳴り返す。
「俺は真面目な話をしているんだ! くだらん恋人ゴッコの話はよせ!」
『ぐぬぬぬぬ……!』
「それに性教育ではなくサキュバス検定試験だ。塾がそっちに動いているだけで保護者と生徒本人が受け入れるかはまだわからん」
『サキュバス検定についてはこちらでも調べてみる。内容次第ではこちらにも考えがある』
国山小夜は試験内容が気になるらしいが、ミズキの関心は他にあった。
「俺が訊きたいのはもし性犯罪で俺が捕まった場合、どういうサボートを受けられるのかだ」
『どんな犯罪であれ、隠蔽不可能な形で司直の手に落ちれば助ける術はない。その昔ケネディがCIA職員を集めてこう言ったことがある。『諸君の成功は秘密にされるが、失敗は非難される』』
「じゃあ俺が収監された後の調査はどうなるんだ?」
『君以外の人間が一からやり直すことになる。適任者を探すところからだから再構築には時間がかかるだろうな。とにかくサキュバス検定とやらの調査が先だ。定期連絡は絶対に欠かさないように』
そう言って国山小夜は電話を切った。予想していたことだが、やはりサポートは期待できないようだ。
13時。
昼休憩が終わったタイミングでシスタリヤ教室長が教室に入ってきた。
「おはようございます」
立ち上がり挨拶するミズキ。シスタリヤは挨拶もそこそこに嬉しそうに言った。
「神澤先生、良いニュースと凄く良いニュースがあるんですよ!」
イヤな予感しかしないミズキであった。
「……そうですか」
ミズキが引き気味なのを意に介さずシスタリヤは爛々(らんらん)と輝く瞳でミズキを見上げる。
「良いニュースと凄く良いニュース、どっちから聞きたいですか?」
どっちも結構です、と言いたいミズキだが口に出したのは正反対の言葉だった。
「では良いニュースから」
「なんと、サキュ検の実施主体である『日本サキュバス能力検定協会』さんと我が『なろう塾』がコラボをすることになったんですよ!」
我らが社長サマは欣快に堪えないご様子である。
……コラボ……だと?
唖然として言葉もでないミズキをほったらかしてシスタリヤは続けた。
「次に凄く良いニュースですが、このコラボの責任者に神澤先生、あなたを任命します。やりましたね、大役ですよ!」
開いた口が塞がらないミズキ。
「サキュ検問題集にはもう目を通しましたか?」
「はい」
「ならわかっているはずですが、サキュ検は受験者の知性を磨くことを目的にしています。そして私たちは個別指導を売りにしている学習塾です。これってシナジーを期待できると思いませんか?」
「はい、そうですね」
見え見えのお追従でもシスタリヤはご満悦である。
「実は素敵なゲストをお招きしてるんですよ」
……ゲスト? まだ関係者が増えるのか……?
警戒半分、諦め半分で次の言葉を待つ。
「紹介しましょう。検定協会理事をお務めのサキュ猫先生です!」
シスタリヤの言葉に合わせて、その後ろから黒猫が現われた。ツヤツヤの漆黒の毛並み、女妖魔を猫の形で体現したかのような抜群のスタイル、なぜか蠱惑的に見える眼差しは右がアイスブルー、左がエメラルドグリーンであった。
その上、ヒト語をしゃべるのである。
「日本サキュバス検定協会のサキュ猫です。よろしくね神澤センセイ」
この猫、ウィンクしよった。
「副教室長の神澤ミズキです。よろしくお願いします」
「サキュ猫先生は試験作成委員も兼ねていらっしゃいます。そのサキュ猫先生に指導者育成をお願いしたわけです。神澤先生、あなたのことですよ。まさに鬼に金棒ですね」
泣き面に蜂、弱り目に祟り目の間違いじゃないかと思うミズキである。
……あの愚劣な試験問題を作ったのはコイツなのか……
ミズキの内心など知る由もないサキュ猫先生は軽い動作で床を蹴り、ミズキの机の上に飛び乗った。
「エロナマイキなサキュっ子たちをビシバシわからせるオス先生を目指して頑張ろうね」
愛想よくウィンクする美猫を見つめながら、どんどん追い詰められている自分の状況に呆然としているのだった。
塾の一時間目まで三時間くらいある。
保護者面談の予定が入っていないこともあり、ミズキとサキュ猫はミーティングにたっぷり時間を使うことができた。
副教室長席に神澤ミズキ、その机の上にサキュ猫。シスタリヤは隣の教室長席にいるがニコニコしながら二人(?)を見つめるだけでやり取りの介入するつもりはないようだ。
「今回のコラボ、実は私がシスタリヤさんに売り込んだんだよ」
出会ったばかりというのにもうタメ口を使っていることにミズキは気づいていたが、あえて問題にしなかった。
「はっきり言って協会のサキュ検、閑古鳥が鳴いてるんだよね。試験問題見たならわかるでしょ? もっと今どきのサキュっ子たちに寄り添ったテストにしないと」
「そういうテストを作ったのはあなたなのでは?」
「私一人で作ってるわけじゃないけどね。試験作成委員がたくさん問題をつくって、その中からカオリさんが選ぶんだよ」
「専務理事の久御山カオリさんですか?」
サキュ猫は嬉しそうに目を細めた。
「協会のこと、調べてくれてるんだ? そうそう、そのカオリさん。話のわからない堅物で困ってるんだ」
経営者や上司にボヤきたい気持ちはミズキにもわかる。本当によくわかる。
「ミズキ先生には期待してるんだよ? あの鉄面皮のカタブツ女を邪淫の快楽境に引きずり込んで蕩かし尽くしてあげて欲しいんだ」
「お断りします」
ミズキは峻拒した。
断れても気にせずサキュ猫は続けた。
「それで話を元に戻すとね、サキュっ子たちを学習塾に集めて受験勉強してもらって受験してもらったら塾も儲かるし協会も繁盛するでしょう? ウィン・ウィンこそが勝利の方程式だと私は思うんだよね。ミズキ先生はどう思う?」
猫のオッドアイがキラーンと光った。ドヤ顔と表現すべきかもしれない。
なるほど、今回のコラボはこの猫の企画発案だったということがよくわかった(怒)。
シスタリヤに自ら売り込んだ、とこの猫は言っていた。シスタリヤを知っていたのか、コラボの申し込み先にたまたまシスタリヤがいたのか?
サキュ猫の質問には答えずミズキは疑問をぶつけた。
「なぜウチをコラボ相手に選んだのですか?」
「シスタリヤさんのトコロだからだよ」
答えは明快だった。
「コラボ企画に消極的だったカオリさんもシスタリヤさんの名前を出したらオーケー出したわ」
ここで隣のシスタリヤを見遣った。シスタリヤ、にっこり。
サキュバス界隈でもシスタリヤの名声は轟いているようだ。
「本当に『なろう』さんにお願いしてよかった。ミズキ先生とも出会うことができたし」
機嫌よく尻尾を左右に揺らしながらミズキに向き直り、悩まし気な視線(?)を送った。ミズキはもちろんその秋波を無視した。
「コラボ期間中、受験指導はサキュ猫先生がやってくれるという理解で合ってますか?」
「合ってません」
サキュ猫は即答。ミズキは内心舌打ちした。
「コラボ期間中、私は受験指導者をサポートします。ミズキ先生の女房役というわけです。昼は有能な事業パートナー、夜は淫乱な閨のパートナー、みたいな?」
キラーンと目が光った。ミズキ先生、苦い顔になる。
サキュ猫は背筋をピンと伸ばし、ややかしこまった表情(?)で続けた。
「ミズキ先生のサポートは協会にとっても重要です。ナマの受験指導に立ち会うことで今後の試験作成に活かすことができるからです」
丁寧語を使う黒猫はちょっとだけ理事っぽかった。
ビジネスの利害関係者の言葉なので割り引いて聞く必要があるが、協会の考えはわかった。相手の目的が分かっている方がミズキとしても付き合いやすい。
サキュ猫との共同戦線は社長命令なのでミズキに拒否権はない。受け入れなければならないなら、この状況をどうすれば有利に活用できるだろうか?
「ご説明ありがとうございます。協会さんの事情はわかりました。それでは当塾の状況を説明します」
サキュ猫が頷くのを見てミズキは続けた。
「入塾見込みの生徒についてですが、サキュバスの母親を持つ中学二年生の女子です」
サキュ猫は検定協会の人間(?)、すなわち外部者である。生徒の個人情報を外部に漏らすわけにはいかない。なるべくぼかしながら、それでいて正確さを損なわないよう注意しながら説明を続ける。
「『志操堅固な娘を立派なサキュバスにしてほしい』という保護者の要望を受け、当塾は特別教室を新設して対応することになりました。特別教室の責任者は……」
チラッとシスタリヤを見ると、社長サマはにっこり微笑んで頷いた。
ミズキは諦めた。
「責任者は私です」
「すばらしい人事だと思います」
人事の妙に感心すること頻りのサキュ猫にミズキは渋面を作った。
「神澤先生」
ここでシスタリヤが口を挟んだ。
「サキュ猫先生は協会から我が社への出向扱いとなります。『なろう塾』の従業員として業務を遂行してもらいますので生徒の個人情報を共有してください」
外部者ではなく内部者だったということを受け、ミズキの説明は具体的になった。
「生徒の名前は竜崎ミサキ、保護者は竜崎サエコ、父親はいないとのことです」
「ああ、サエコさんトコの娘さんか。なるほど。超かわいかったでしょ?」
その質問には答えず「ご存知だったのですね」とミズキ。
「女王級だからね。ちなみに私も女王級なんだよ?」
キラーンと目が光る。
「……それは頼もしいですね」
こう言うのがやっとだ。
「……なるほど、事情はわかったわ。まずは頑固なミサキちゃんを説得してサキュ検を受けさせるところからだね」
「おそらく母親も説得しなければなりません。母親はこの検定試験でいうところの『実技』を希望しているんです」
「サキュ検は筆記重視だもんね。実技はどっちかというと、筆記で落とした分を実技で補いなさいっていう下駄履かせの意味合いが大きいから」
「はい。生徒よりも母親の説得の方が大変かもしれません」
「うん、わかった。サエコさんの説得は私に任せて」
これは頼もしい。コラボとか言われた時はどうなるかと思ったが、案外うまくいくかもしれない。ついでに受験指導も全部やってくれたら最高だ。
「シスタリヤさん」
サキュ猫はミズキから隣に視線を移した。
「なんでしょう?」
とシスタリヤ。
「実技の指導員はこちらで用意できるんですが、どうしますか? もちろんミズキ先生一人で十分指導可能なのですが」
それは素晴らしい。ミズキは固唾を呑んで社長の返事を待つ。
「それはサキュバスですか?」
「サキュバスは私一人で十分です。スライム大先生とローパー大先生の二人です。今回コラボをお引き受けくださったお礼として無償で提供させていただきます」
……スライム、ローパー⁉……
「コラボ特典というわけですか」
「はい。念のため説明しますと、スライム大先生は粘性流体実技を、ローパー大先生は触手実技を専門にしています。二人とも性格に難がありますが仕事には真摯に取り組むのでご満足いただけるかと」
「サキュ猫先生が勧めてくださるくらいだから信用して良さそうですね。ただ、ウチの神澤を鍛える目的もありますから、補助教員として来てもらえれば」
「わかりました、早速手配しますね」
さっき『コラボ責任者に任命する』と言っておきながら、ミズキの頭越しに勝手に決めていきよる。
とにかく今は状況に流されるしかない。
ミズキは静観を余儀なくされた。