14 第一回授業
夜。
竜崎ミサキとの初めての授業だ。
ミサキは授業開始10分前に教室に入ってきて着席、問題集を眺めている。
スルラとロルパは神澤講師の助手と紹介された。スルラはムカッとしたようだが、授業の厳粛な雰囲気(?)を壊すような真似はしなかった。
二人の助手の存在はミサキにとって安心材料になったようだ。同世代の少年少女(?)が同席しているだけで、大人の男性講師への牽制になるであろう。全部間違っているのだが、助手の正体と役割を知らないので致し方ない。
「試験は1000点満点。筆記300、実技300、クイーン300、面接100。500取れば合格だ。このうちクイーンは得点困難なのでゼロ点と思ってほしい。だから実質は700点満点中500点、7割程度取る資格試験というわけだ」
ミズキの概要説明を受けて、ミサキが聞いた。
「クイーンって具体的に何をするんですか?」
これにはサキュ猫が答えた。
「サキュバトクラシーを使うことね」
「サキュバトクラシー?」
聞きなれぬ言葉に思わずオウム返し。
「民主政治をデモクラシー、貴族政治をアリストクラシー、官僚政治をビューロクラシー、金持ち政治をプルトクラシー、実力主義による統治をメリトクラシーとか言ったりするでしょ? サキュバトクラシーはサキュバスによる統治、支配って意味ね」
その説明では余計わからなくなる。
「要するに淫魔の力で洗脳するって意味ですか?」
「悪い言葉を選べばね。サキュバスによる支配は相手を幸せにすることも不幸にすることもできるわけよ。お医者様になりたいんでしょ? それならぜひともサキュバトクラシーを習得してほしいものだわ」
横で聞いているミズキもチンプンカンプンだ。この検定試験は所詮点取りゲームだ。点取りに徹するのであれば、サキュバスの本質に関わる『クイーン』はどうでもいいだろう。今まで二人しか得点できなかったのだ。切り捨ててよい。
サキュ猫の話を引き取って、ミズキは説明を進めた。
「受験勉強の方針だが、筆記満点、面接満点、実技で100点取れば合格だ」
「実技は筆記の不足分をカバーするためにあるの。サキュッ娘ならカンタンなものばかりだから安心して!」
ゲタ履かせだと言い切るサキュ猫先生は検定試験の問題作成者である。
「……どうだ? できそうか?」
筆記問題集をパラパラとめくりながらミサキは頷いた。
「筆記は論述以外は暗記するだけみたいなので大丈夫そうです」
おおっ、それは頼もしい。それでも満点は無理だろうけども。
「論述も……要は設問について自分の言葉で自分の意見を書けってことですよね?」
「うん、その通り!」
嬉しそうにサキュ猫先生。
「ヴァージニティの問題とダブルミーニングの問題が必ず出るから対策しておいて」
「ヴァージニティ? ダブルミーニング?」
「ヴァージニティは処女性のことね。『あなたにとって処女はどういうものか答えよ』って問題があるんだけど、たとえば「捧げるものだ」とか「あげるものだ」とか「さっさと捨てるものだ」とか、自分の意見を自分の言葉で論理的に記述してほしいのよ」
何が悲しゅうて論理的にそんなことを書かねばならんのか千回くらい問い詰めたい。
「私が書いた答えを、男性である神澤先生が採点するんですか?」
生徒さんが睨みつけてくる。むべなるかな。
「男に採点されることに価値があるのよ」
「男に処女観や童貞観を書かせて、その文章を受験生が評論するって問題の方が価値あると思いますが」
14歳の少女の精一杯の嫌味だったが、サキュ猫先生には通用せずむしろ喜ばせた。
「ミサキちゃん、ナイスアイデアじゃない! 試験作成者として一本取られちゃったわ。試験問題に取り入れるようカオリさんに進言しとくわね」
「……」
ミサキは絶句している。ミズキ先生はドン引き。スルラ大先生は仏頂面、ロルパ大先生はニコニコ微笑んでいる。何となくだが、処女観とか童貞観の小論文を自分が書かされそうな気がして背筋に悪寒が走った。
「ダブルミーニングはどういう意味ですか?」
これにはミズキが答えた。問題集に書いてある通りの説明をする。
「問題集を見てくれ。ブライダル・チェックって知ってるか?」
「? ……初耳ですけど、何となくわかります。結婚する前に相手のことを調べること……ですか?」
「子供をつくるための能力があるかとか、何か病気を患ってないかとか、そういう話だ」
ミズキの説明内容は意外だったらしく、ミサキは少し驚いたようだ。
「そうなんですか? 相手の収入とか借金とか前科とか、家族のことをチェックすることと思ってました」
これが今どきの女子中学生の結婚観と思うと嘆かわしい。
「そんなふうに婚前調査という言葉には少なくとも二つの意味があるわけだ」
「ミーニングは『意味する』のmeanなんですね」
得心がいったように頷くミサキ。サキュ猫先生も頷いた。
「ダブルミーニングは協会の偉い人が大好きな問題だから毎回必ず出題されるの。裏を返せば対策が可能ってこと。『ブライダル・チェック』『近親相姦タブー』『死を見つめよ(メメント・モリ)』のどれかが必ず出るから模範解答を作っておいて」
「そのアドバイスはズルじゃないんですか?」
「ううん」
サキュ猫は首を横に振った。
「ズルじゃないわ。何が出るか事前に教える代わりに、自分の言葉で自分の意見を書いてほしい」
「……わかりました」
「面接試験は即興で受け答えする能力が問われるけど、これも自分の意見を自分の言葉で答えたらいいからね」
「はい」
ミサキは理解したようだ。納得したかまではわからない。
ほぼ全部サキュメトラが話してくれている。思っていたより楽な展開だ。助手の大先生たちに目を遣るとスルラは退屈そうに生あくび、ロルパはニコニコ顔で聞き入っている。
……実技には性犯罪的なものだけでなく『恋の橋渡し』など穏当なテストもある。この二人が役に立つような状況は回避できそうだな……
ミズキは内心独りごちた。が、その見通しが甘かったことをすぐに知ることになる。




