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サキュバトクラシー  作者: 竹取翁
15/16

15 ミサキの命を狙う者 その1

 生徒が命を狙われているとの未確認情報がミズキを悩ませている。あくまで真偽不明で、情報が正しいとしても切迫しているのかどうかもわからない。放っておいてもいい戯言たわごとに思えるが、本当だった場合の結果が重大すぎる。

 フランソワポンセなる人物がまことに実在して、まことに生徒の命を狙っているというのであれば、こちらから先手を打って殺した方がいいかもしれない……




 営業終了後のなろう塾寒川教室、特別じゃない方の校舎。

 ミズキ以外誰もいない室内に男が入ってきた。竜崎ヨシヒロだ。

 シスタリヤとサキュ猫、スルラ、ロルパは既に帰った。彼女たちがいない方がスムーズに事が運ぶのではないかと思われたからだ。


「おかけください」

 ミズキに勧められ、生徒用の椅子に腰かける。その姿を見届けて自分も椅子を引いて腰かけた。

「早速ですけども、お子様の命が狙われていることについてお聞かせください」

「朝言った通り、狙っているのはクロード・フランソワポンセ42歳、フランス国籍。アメリカ企業に勤務しています。魔導化学のマギ・ペトラをご存知ですか?」

 日本では素材や医療の分野で有名だが、防衛分野でも事業展開している。子会社に民間軍事会社(PMC)を抱えており、このマギ・ペトラ・アームズ社とミズキは戦ったことがある。

「名前くらいは」

「日本では医療機器で有名なメーカーですが正体は軍需企業です。国防次官補マーティン・ライの前職はマギ・ペトラのCEOでした。フランソワポンセはマギ・ペトラの極東支配人です。12か国語を操り、各国に広い人脈を持っています」

 言ってタブレットを差し出した。画面には長身痩躯の中年白人男性と中肉中背の同じく中年日本人が握手してこちらを向いている画像が映っていた。白人はフランソワポンセだろう。日本人は……


……防衛副大臣八坂尚樹……

 ミズキの潜入作戦の依頼主は日本政府である。面倒なことにならなければいいが……。


「左の白人がフランソワポンセです。右、誰かわかりますか?」

「……いえ、誰ですか?」

「衆議院議員の八坂尚樹です。防衛副大臣の要職にあります。他にもありますよ。どんどんめくっていって下さい」

 スワイプするとフランソワポンセが国内外の『紳士淑女、善男善女』と握手したり歓談したりしている姿が映し出されている。ネットから拝借したものが大多数であろう。

 これらの画像を見て思うのは……

「社会的地位の高い人物のようですね。本当にこの男がお嬢様の命を狙っているのですか?」

 今の地位をなげうってでも愛する女と添い遂げたい……そういうのなら理解できる。が、愛する女の子供を殺したいという心情には共感できかねる。

「ご覧ください。……失礼」

 断りを入れてからシャツのボタンを上から二つ外してはだけて見せた。

 左鎖骨のあたりが大きくえぐれ、痛々しい。そして魔導士たるミズキの目には細かいモザイクがかかったようにぼやけて見えた。この『ぼやけ』は……


……レーヴェンタール放射……

 魔導が発現するときに幻想分子が相転移を起こす。相転移というのは水でたとえると、氷が水になったり水が水蒸気になったりする相変化を指す。氷と水と水蒸気は誰の目にも違う姿だが、水分子H2Oであることに変わりはない。


レーヴェンタール放射は幻想分子が魔導によって変化した時に発生する自然現象だ。要するに竜崎パパは大ケガを負って魔導で治療中というわけである。


とっさにミズキは演技に入った。

「その傷、だ、大丈夫なんですか……?」

 びっくりしてドン引きして見せる。ミズキの芝居を見抜いたかどうか、竜崎パパは態度には表さず質問に答えた。

「魔導で何とか。ですが大立ち回りは無理です」

「まさかそのフランソワポンセにやられたんですか?」

 むごたらしい傷痕に震え上がるミズキ。

「荒っぽいことは苦手なんですが、まだ妻、……元妻を愛してますし、娘の命には代えられません」

そのように語る竜崎パパは本当に良い夫、良い父親に見える。一方、演技続行中のミズキはやや慌てた口調で問いを重ねた。

「警察、警察には相談しましたか? 傷害、犯罪じゃないですか」

「私は警察に頼れない事情があるんです。娘の身にはまだ何も起きていないので警察は動いてくれません」

 ここから重要な質問をする。

「このこと、お母様やお嬢様、他のご家族はご存知なんですか?」

「サエコは気づいていると思います。ミサキはわかりません。サエコが話したかどうかによるでしょう」

「そんな大ケガを負わせるような男に狙われているんです。お嬢様に知らせておくべきでは? お母様が話さないならあなたが事情を説明して警戒を促すべきです」

 正論を吐くミズキ。真の目的はこの男と娘を会わせることである。百聞は一見に如かず、実際顔合わせすれば、この男が本物の父親かはっきりするはずだ。


 ミズキの目論見は一瞬で崩壊する。

「私は死んだことになってるんですよ」

 これは本当にびっくりした。本当だろうか?

「インキュバスとサキュバスはそういうものなんです。基本、子供をつくったら別れて、子供はサキュバスが育てます」

 本当だろうか? 裏付け調査が必要だが、『国山小夜』の手には余るだろう。サキュ猫とゼックハウザー教務部長の顔が脳裏に浮かんだ。


 正直言って、一から百までこの男の話は不審だが、生徒の実父を名乗る人物である。疑問を呈したり頭ごなしに否定したりできる相手ではない。こうなっては離婚の事情も根掘り葉掘り聞き出したいのだが、もちろんプライバシーには立ち入れない。

「そうですか……。私からお嬢様に話してもいいですか? 無警戒で生活するのは危険だと思うのですが」

「ぜひお願いします。ただ、起こってもいないことで注意を促しても不審を買うだけと思います」

 まさにミズキが竜崎パパに抱いている感情だ。

「教室長とお母様とも相談の上、より良い方法を考えます」

「娘のこと、どうかよろしくお願いします」

 竜崎パパは深々と頭を下げたのだった。




「インキュバスとサキュバスに子供ができた場合? 確かに夫婦生活を終わらせるのが普通ね」

 サキュ猫先生が答えた。

 翌朝、なろう塾教室。神澤副教室長、サキュ猫先生、スルラ先生、ロルパ先生の五人でミーティング中である。シスタリヤ教室長は不在である。

「子供ができたら離婚するって表現がおかしくて、娘ができたら母親が一人で育てるもんなのよ、サキュバスは」

 どんなふうに表現してもおかしいやんけと千回くらいツッコミ入れたいミズキ先生である。

協会ウチの久御山専務理事もシンママよ。いずれ母娘ともども連れてくるから神澤ハーレムに加えてあげてよ」

 言ってウィンク。最高にキュートなのだが腹が立ってしょうがないミズキ先生である。


「フランソワポンセって人、実際どれくらい脅威なんですか?」

 ロルパ先生が聞いた。教室運営に積極的な態度には好感を抱ける。セミロングのあどけない感じの美少女(?)だが正体は触手怪物らしい。

「竜崎ヨシヒロさんは大ケガを負わされていたが、そもそも彼がどれくらい強いのかわからない」

 ミズキが答えるとスルラ先生が「フン」と吐き捨てた。

「毎日クソしょうもない会議やってないで、こっちから出向いてぶっ殺せばいいじゃねーか」

 ショートの負けん気強そうな美少年(?)だが正体はスライムらしい。

 実はミズキもスルラと同じ考えなのだが、相手の社会的地位が高すぎる。殺害に成功しても失敗しても、自分は逮捕されてしまうかもしれない。そうなればシスタリヤの潜入調査という一番重要な任務を遂行できなくなってしまう。

「シスタリヤさんに頼んだらどうなんだ? アリを潰すようにプチッと殺れるだろ?」

 それもミズキが思っていることだ。

「シスタリヤ様がその気ならとっくにそうしてるでしょ? そうしないってことはする気がないってことじゃないかな」

 ロルパ先生からは否定的な意見。


……サキュメトラとスルラは『シスタリヤさん』、ロルパは『シスタリヤ様』か……


 などと考えていたら、教室の玄関ドアが開けられた。続けて男の声がする。

「宅急便でーす」

 張りのある声で配達員が来意を告げる。ロルパが立ち上がろうとするのをミズキが制して、受け取りに行く。どうせ実技教材だろう(怒


「ご苦労様です」

 ダンボールを受け取って受領サインをする。送り状を見ると『教材』と書かれていた。

 ダンボールを開けると巻子本かんすぼんが5軸入っていた。要するに巻物スクロール5巻。洋書らしく、日本語や漢字は書かれていない。


 巻物スクロールのタイトルは『FUCK OR DIE』。

……『セックスしろ。でないなら死ね』……

ミズキの表情が曇る。


 サブタイトルがついていて、難しげな単語の羅列。

……CARDINALカーディナル SINシンLUXURIAラグジュリア……

 七つの大罪、淫欲か。そういう方面のことが延々と書かれているカスみたいな書物なのだろうと容易に想像がつく。


「あっ、来たのね。……ルクスーリア、間違いないわね」

 ラテン語読みに怪訝そうな顔をしたミズキを見てサキュ猫先生は説明してくれた。

「キリスト教の枢要すうよう罪悪、七つの大罪のことね。ルクスーリアは七つの罪の第二、『淫欲』のことなのよ」

「はぁ」

 生返事するしかない。

「青春っていえば特訓、特訓といえば特訓部屋よね。受験生にとって最高の環境は自習室で缶詰め、作家や漫画家にとって最高の環境はホテルで缶詰めっていうでしょ? 処女にとって最高の環境はこの『FUCK OR DIE』で缶詰め、ってことなのよ」

 キラーン! サキュ猫先生の目が光った。

「はぁ」

 二発目の生返事。


「神澤センセがご存知かわからないけど、『セックスしないと出られない部屋』って素敵な概念が日本文化にはあるのよ。『FUCK OR DIE』は異空間を造成し、セックスしない限り脱出できないっていう超級魔導具なの。作ったのはアメリカの魔導士なんだけど、日本文化への畏敬の念で溢れてるとものすごく評価が高いのよ」


 セックスしないと出られない部屋? 論外である。

「筆記教材と思いましたが実技の補助教材なわけですね。わかりました、覚えておきます」

 言って巻物スクロールをガラ空きの書棚にそっと安置した。もちろん使う気はない。


 使う気がない者がいる一方で、使う気満々の者がいた。書棚の巻物をスルラが横目で捉えていた。


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