13 スライム大先生、ローパー大先生との出会い
寒川町某所某ビル2階にある『なろう塾特別教室』。
『学習室』と名付けられた狭いLDKに三人と猫一匹の姿があった。大きめの長テーブルを囲むように椅子6脚、本がほとんど入ってない書棚、冷蔵庫くらいが目立った調度品である。
ミズキはテーブルを挟んで二人の少年(?)少女(?)と向き合っていた。
「改めて紹介するわね。右のショートの子が粘性流体実技のスルラ先生、左のセミロングの子が触手実技のロルパ先生。二人とも、神澤センセにご挨拶」
テーブルの上のサキュ猫が二人を促した。
「神澤先生、ロルパです。よろしくお願いします」
セミロングのおっとりした感じのするロルパがニッコリ微笑んで挨拶した。
「……」
対照的にスルラと紹介された少年(?)少女(?)は両手を頭の後ろで組んでミズキにメンチ切っている。
「ほらスルラ、挨拶」
ロルパが同僚に促す。で、自己紹介代わりに出てきた言葉が、
「オッサン、童貞だろ」
いい歳した大人がクソガキの生意気ムーブにいちいち腹立てたりはしない(怒)
「スルラ!」
ロルパがたしなめるのを無視してスルラは続けた。
「サキュメトラ、なんでオレたちがこんなのの下につかなきゃなんねーんだよ。中二のガキを『覚醒』させるだけだろ? オレたちだけでやった方がうまくいくに決まってるだろ」
ミズキの助手的立場というのは余程気に入らないのだろう、吐き捨てるように言った。
「スルラ!」
ロルパの声に非難の色が濃くなる。咎められてもスルラはそっぽ向いた。
「活きがいいでしょ、スライム大先生は」
放言暴言を聞いてもサキュ猫は涼しい顔だ。そしてスルラをたしなめる。
「スルラ先生もロルパ先生も筆記は苦手でしょ? 漢字や小論文教えられるの?」
「……チッ」
痛いところを突かれたらしく、スルラ大先生は聞こえよがしに舌打ちした。そしても尚も食い下がる。
「筆記はコイツが教える。実技はオレたちがやる。それでいいじゃねーか」
「ダーメ。今回のコラボは検定指導者の育成も兼ねてるのよ。あなたたちも神澤センセから教わりなさい」
「はぁ? 何でこんなのから教わらないといけねーんだよ」
「スルラ!」
再三咎めるロルパ先生。
「人から教わるのがイヤなら自習してなさい。ホラ、問題集」
書棚にサキュ検問題集がガタガタ動き出したかと思うと二人に向かって飛んでいく。二人はキャッチして、興味津々で、あるいは不承不承読み始めた。
二人が黙読を始めるのを見届けるとサキュ猫はミズキを振り返った。
「神澤先生、ちょっとこっちへ」
ひょいと軽い足取りでテーブルから飛び降りドアの方へ歩いていく。そっちはベッドルームだ。
「どう思う。あの二人?」
サキュ猫はクイーンサイズのベッドに飛び乗って振り向いた。だが質問ではなかったらしい。ミズキの返事を待たず言葉を続けた。
「スルラ先生はクソ生意気カワイイし、ロルパ先生は素直従順カワイイでしょ? どっちもセンセのメス奴隷に調教しちゃっていいからね」
こんなことを言う奴がサキュバスの『大君主』級だと思うと頭が痛くなってくる。
「それはそれとして、」
ここからが本題のようだ。
「さっきセンセと話してた男は誰?」
サキュ猫に見られていた。隠す理由はなかろう。
「竜崎ミサキさんの父親だそうです」
「父親?」
怪訝そうに眉を顰める。猫の表情のことはミズキにはわからないが、とにかくミズキはそのように感じた。
逆にミズキから問うてみる。
「サキュバスにも父親がいるんですか? インキュバスということになるんでしょうか?」
「一概には言えないわね。あの男はインキュバスみたいだけど」
「そうですか……」
これは貴重な情報だ。……サキュ猫が嘘をついていないとしての話だが。
「本人が父親を名乗っているだけなので、本当かどうかわかりません。調べてみるべきだとシスタリヤ先生に進言するつもりです」
「それがいいわね」
そしてもう一つの調査チャンネル『国山小夜』にも調べさせる。竜崎ヨシヒロが日本企業に勤める日本人である限り、小夜の方に一日の長があるのではあるまいか。
「彼曰く、ミサキさんの生命が脅かされているらしいんです。こないだ母親が言ってましたよね? 何があっても娘を守ってくれと。あの言葉と関係あるんでしょうか?」
「それはわからないわね」
「あの時、お二人でその話をしたんじゃないんですか?」
それなら納得がいく。シスタリヤは超級ブリブドと呼ばれる魔物の中で冠絶した力を持つ存在。入塾させればシスタリヤの庇護を期待できるだろう。そのような論法を使ったのかと思ったのだ。
「いーえ、そういう話はしてないわ。第一、生命の危機なんて思いもよらなかったわ」
そうだとすると、じゃあ何と言ってあのオカンを説き伏せたのか? 謎が深まるだけだ……
「吊り橋効果ってのもあるし、センセがカッコ良く身を挺して守ってあげれば、あのお堅い子もカラダを開いてくれるわよ!」
キラーンとオッドアイが光った。
こりゃダメだ。ミズキは肩を落とした。
竜崎ミサキは命を狙われているという。デマかもしれぬが本当だった場合由々しき事態だ。
とりあえず日本政府エージェント国山小夜に報告することにした。竜崎家関係者と命を狙っている人物の調査を頼まなければならない。
「サキュ猫先生、昼飯買ってきます。良ければみんなの分も買ってきますよ」
「ちゅるちゅ~るのまぐろ味!」
猫用フードの名前に「えっ?」と驚いたが、猫なわけだからこれで正しいのか。
スルラは相変わらず無視、ロルパが苦笑いしながら答えた。
「ありがとうございます。僕はメロンパンとジャスミンティー、スルラはジャムパンとコーヒー牛乳をお願いします」
言ってお金を出そうとするので
「いいですよ、今日はおごらせてください」
「さすがセンセ。今後は『気配りの神澤』と呼ばせていただくわ!」
「お願いですから勘弁してください」
ミズキは懇願した。
『遅いぞ、ずっと待ってた!』
電話の向こう側で国山小夜の声は苛ついていた。
「竜崎ミサキの父親を名乗る人間が現われた」
『父親? 人間か?』
「サキュバス検定協会理事で問題作成委員のサキュメトラの言葉を信用するならインキュバスとのことだ。名刺の画像を送るからそちらで調べてくれ」
画像を送った。
『ディテクティヴ、公安委員会……探偵か』
数秒後、小夜が第一報を伝えた。
『実在の興信所、実在の探偵だ。君に名刺を渡した男が本人という保証はないが。もっと調べてみる』
「竜崎サエコ、ミサキ親子についても深く調べてくれ。母親は弁護士らしい」
『わかった。最深度調査を行う。サキュバス検定の内容を見たぞ。実技も教えるつもりなのか?』
「検定試験は筆記重視だ。実技については性犯罪の構成要件にならないものもある。シスタリヤが張り切っている以上、今の俺たちに他の選択肢はない」
『君には恋人がいることを忘れるな』
まだバカなことを言っている。ミズキは国山小夜に会ったこともない。文句を言ってやりたいが時間がない。
「……その父親が今朝接触してきて、『娘が命を狙われている。守ってくれ』と頼まれた」
『命を?』
「狙っているのはクロード・フランソワポンセという人物らしい」
『フランス人か?』
そのような響きの名前だが、名前だけでは国籍はわからぬ。
「わからん。魔物かもしれないしな。これも調べてくれ」
『名前だけでは特定に時間がかかるぞ。他に情報はないのか?』
「また合ったら聞いておく。とにかくわかる範囲で調べてくれ」
『わかった。私がこんなに従順なのは、私が君の恋人だからだ。浮気は厳禁。そのことを片時も忘れるなよ』
……くどいな……
この『設定』は、塾講師は恋人や妻がいた方が体裁が良いとの配慮から出てきたもののはず。あくまで『設定』なので、秘密通信でロールプレイする必要はない。
「……わかった、気をつけよう」
ミズキは短く答えた。




