12 竜崎パパ(?)の懇願
4月某日、朝、晴れ。
教室のトイレ掃除をしていたら教務部長ゼックハウザーから電話があった。
『サキュバスのガキ、入塾が決まったそうだな。実技教材を送れと指示が来たぞ』
「実技教材ですか? どんなものですか?」
不吉な響きに不安になる。
『お前も男だろ? 全部言わせるな』
愉快そうな笑声が聞こえて、こりゃダメだと思った。
『そんなことよりも検定協会からの出向者、サキュメトラじゃねぇか。超大物が出てきたな』
「ご存知なんですか? 本人は女王級と言ってましたが」
『大君主クラスだな。間違いなくこの世界におけるサキュバス魔属の君臨者だ』
……『この世界』……
ミズキにとって「この世界」は唯一無二のものだが、なろう塾幹部にとってはそうではないらしい。幻想分子魔導論でも複数世界説がある。この問題には深入りせず、ミズキはサキュバスについて問いを続けた。
「検定協会専務理事の久御山カオリさんより格上なんですか?」
『段違いだな。専務理事はせいぜいローカル・チャンピオンだろう』
サキュ猫の方が格上。この力関係は想定していなかった。
「なんでそんな実力者が風下に甘んじてるんでしょうか?」
『知るか。お前が征服して吐かせろ。ウチにコラボを持ちかけた理由もな』
征服云々は無視して答えた。
「機会があれば聞いてみます」
トイレ掃除が終わると外回りの掃除だ。教室付近の道路のゴミを拾って街の美化に貢献する。
シスタリヤ教室長はいない。夕方には来るはずだ。
今晩6時から竜崎ミサキの第一回授業が予定されている。実技教材は間に合わない見通しだが、そんなもん使う気はないのでどうでもよい。
……母親のあの豹変ぶり、サキュメトラは何を言ったんだ……?
掃き掃除をしながら心の中で呟く。
娘を通塾させることに終始ネガティブだった竜崎ママはサキュ猫と別室で談判後、態度を一変させた。サキュ猫は何と言って説得したんだろう? あの後サキュ猫に直接聞いてみたが答えてくれなかった。
……答えなくない理由があるということか……? ならその理由は何だ……?
わからんことだらけだ。
歩道に捨てられたペットボトルをちり取りに掃き込んでいると背後から声をかけられた。男の声だ。
「あの、すみません」
遠慮がちな小さな声。
振り返るとスーツ姿の男が立っていた。
「はい、何でしょうか?」
ミズキは要するに接客業である。柔和で親しみやすい笑顔を振りまいた。
三十代半ばくらいか。線が細く、くたびれた感じのする男だ。
「この塾の先生ですか?」
頼りなげな笑みを浮かべて男は聞いてきた。
「はい、副教室長の神澤と申します」
「私、竜崎ミサキの父です」
名刺を差し出してくる。
何? 内心驚いたが表には出さない。
「そうですか」
名刺に視線を落とすと『ディープ・ディテクティヴ株式会社 代表 竜崎ヨシヒロ』の字が目に飛び込んできた。住所、電話番号、FAX、メルアドと続き最後に『東京都公安委員会登録番号 第〇△666△×〇号』とある。探偵業届出番号であると察せられた。この名刺が本物だとするとこの男は、
……興信所の人間か……
今のミズキにとって最大級の警戒を要する職種だ。だが興味ないフリをして、事務的にミズキからも名刺を渡す。受け取った竜崎パパ(?)は気さくな態度で謝意を示した。
「どうも。少しお時間いいですか?」
「どういった御用でしょうか?」
相手が竜崎ミサキの父親を名乗る以上、無下にはできぬ。と同時に興信所の人間でもある。質問の受け答えは慎重を要する。
「娘……ミサキのことなんですが……」
塾のお客さんとしての竜崎家は母子家庭だ。この男が本物の父親だとしても『お客様』ではない。生徒のことや指導内容を話すわけにはいかない。
「サキュバスになるための指導をするんですよね?」
これは答えてはダメな質問だ。
「申し訳ありません。生徒の指導内容についてのご相談は教室でお受けしておりまして、事前予約が必要となっています」
「ああ、いいんですよ。質問したいわけじゃないんです」
ミズキの警戒心を感じ取ったのだろう、男は苦笑いを浮かべて頭を振った。
「お願いがあってきたんです。先生、あの子を守ってやってください。あの子は多分命を狙われています」
……!?……
これは穏やかではない。そういえば竜崎ママも『どんなことがあっても守ってやってくれ』と懇請してきた。
「命、ですか? 詳しくお聞かせ願えますか?」
さっきとは態度が一転、教室を指し示し「とにかく教室へ」と促す。
だが男は再び頭を振った。
「サエコを、ミサキの母親を狙ってるヤツがいるんです。そいつの思考パターンからいって、娘が邪魔だと考えるはず。あの子が危険なんです。すみません、もう去らねばなりません」
何かに感づいたのか、この場を離れたがっているように見える。不審である。
「ヤツの活動時間は夜です。気を付けてください。シスタリヤさんに最大限の注意を払うようお伝えください」
足早に去ろうとする。
ミズキにはこの男が全く理解できなかったが、問わねばならぬことはわかっていた。
「そいつは何者なんですか?」
「クロード・フランソワポンセ」
竜崎パパ(?)は短く答えると、何かに追われるように去っていった。
娘の命が危ないといっておきながらちゃんと話そうとしない。ふざけた父親だと内心憤ったミズキである。
……あいつが本物の父親だとすればの話だが……
「神澤センセ」
またも背後から声がかかった。この声はサキュ猫ことサキュメトラだ。
振り返ると二人の少年(?)少女(?)。そのうち一人に抱きかかえられたサキュ猫の姿があった。
……サキュメトラから逃げたのか……?
それなら納得がいく……ような気がする。
「どうしたのセンセ?」
「いえ、そちらは?」
少年にも少女にも見える二人のユニセクシャルに視線を送った。
「この子たちはセンセの助手に連れてきたスルラ先生とロルパ先生よ!」
サキュ猫のオッドアイがキラーン!と光った。




