9くち 3
「それでさ、最近ちゃんと生活しているの?」
「申し分ないくらい人間らしい生活をしている」
即答が訴えていた。
"その質問は聞き飽きた"と。
「睡眠薬とか胃薬とか人口芝生が主食だって聞いたんだけど」
舌打ちが聞こえた気がした。
スピーカーの音質が良くないから、もしかしたら別の音だったかもしれないけれど。
「食べて生きてりゃ人間だよ」
「それは生き物皆がしていることだよ。人間らしいってことじゃない」
「ダメだよマシュー。型破りな人間でいなくちゃ」
「良い方向に破天荒なのは結構なことだけど、斜め上を目指したと思ったら斜め下に向かっている悪い勘違いは誰も求めていないことだからね!予想は裏切っても良いけど期待は進んで裏切るもんじゃないぞ!」
他とは違うことをしようとして周りが見えなくなっているようでは、与太郎、馬太郎が良いところだ。
与太郎とは、役立たずの愚か者。でたらめばかりを言うとんちきのこと。馬太郎もほぼ同じ。
「ダン兄、僕みたいな半端もんが言えた義理じゃないのは分かっているよ。ダン兄はつらい想いをしてきたわけだし、これ以上、あれしてこれしてって求めるのは我侭かもしれないけれど、店で冷凍食品を買うでも良いし、デリバリーでも良いし、自分で作るのでも、とにかくまともなものを食べてよ」
針を刺し、引き、抜く、を繰り返すダンケの手首は骨ばかりでギスギス痩せ細っており、指なんて遠目から見た鶴の足みたいに、少し力を加えれば呆気なく折れてしまいそうなほどだ。
血色は悪く、目の下には隈が染みついている。唇は乾燥して、噛み癖でもあるのか歯形に切れて血が滲んでいる。
時々、天啓を得たように一人ふらりと海外へ旅に出るダンケだけれど、一年のほとんどを家内で過ごして陽に当たる時間が極端に少ないものだから、生白い肌をしているし、外見も十八歳の青年とはとても思えない。
十四歳の頃のマシューと並べてもまだ幼く見えるかも。
彼を形容する言葉をマシューは知っている。
干からびたミミズ。轢かれたカエル。打ち上げられた魚。羽を毟り取られた鶏。濡れそぼった長毛種。干物。もやし。枯れ木。
見ていて痛々しいほど、痩せ衰え、萎びた姿をしているのが、マシューのもう一人の兄・ダンケだった。