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懊悩の淵  作者: 粘土
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命の果てには桜の花びらを

書いてある事の凡てが真実です。

 近頃、命が悲鳴を上げる。生きようとする心とは裏腹に、己の身の終わりを告げている。うしてだろうとは思えない人生を送って来た僕の思い違いである。真面目だった時、遊び呆けた時、更に、“実家の内臓”を喰い荒らした時、全体、こまで堕落すれば気が済むのか。そんな事を思う間も無く、大切に想う人達の命が枯れて行く。もっと早くにとは思いつつ、こんな自分が何をしてあげられるのだろうと云う強迫観念に酷く襲われ、何も無い処、人との繋がりの無い処へ逃避しようと思う毎日だ。其処で逃げ込んだのが飲酒である。アルコールに頼って現実から目を逸らし、働いてはいたものの、ホームレスとほぼ変わらない世界に浸り、此処まで何とか生きて来た。其の証拠に命の叫びが僕の脳を支配し、其の為に心も精神も病んでしまった。もう、終わりにしよう。何もかも手遅れなのだから。悲観的な訳でも無く、現実逃避の結果でもない。詰まり、僕は馬鹿なのである。一瞬間の間しか無くとも、時は時。時計の針は回り続けている。同じくして、人の命も先に進まなければならない。そして、針の回り続ける限り命は少しずつ削られて行く。永遠とか久遠くおんとか、そんなものは命の概念からは外れている。森羅万象。其れが凡てだ。其処に於いて楽をしたい、贅沢をしたいと人は思うのだろう。けれども、そんな事等人の見る夢、妄想なのである。理想や、幻想は人に必ず付き纏う。然し、其れは間違いなのである。何故なら、人には人の、一人一人の運命と云うものが有るからだ。例えるなら、流産。其の子が全体何をした? 死ぬ理由など無いのだ。其の一方で、何時までも生き続ける悪党も居る。自然の摂理を鑑みれば、其れは悪い事ではないのかも知れない。但し、人という生き物は学問を創り、其処に道徳と倫理と云うものを加えた。なれば、正しさとは何かと云う疑問にも到り得るのである。即ち、其の結果が今の僕の命だ。産まれ出でた其の時から、決まっていた真実なのだ。之から先何時まで生きられるか解らないが、自身の中で答えが出たのであれば、其れに準ずるのが此の世界のルールだ。其れを僕は否定しない。死ねば終わりと云うのなら、終わりの来るまで頑張ろうう。そんな事を思いながら、原付バイクで走っていると、風に乗って散った桜の花びらが僕を包んで呉れた。命は短く、僕を包んだ桜の花びらの様に、世界の真理、自然の営みに因って僕は生涯を終えるのだろう。其れもまた真実なのだ。せめて、此の世界を憎まず、他人を妬まずに最期を迎えたい。

桜の花びらの舞い踊る様は人を優しくします。

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