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メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第三章

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雷過導司ディス=ヴォルテクス②

 時間が止まったようだった。

 ギデオンさんが膝をつき、盾を取り落とした音が、坑道の中で重く響いた。

 その視線の先――紫電をまとった少女。白衣の裾を揺らすその姿に、ギデオンさんは言葉にならない声を絞り出した。


「…………………………………………しす、か?」


 その名を口にした瞬間、空気が張り詰める。

 僕もリアも、フレイアも、息を呑んだ。

 けれど、少女――ステラは、まるで機械のような瞳でギデオンさんを見返すだけだった。


「シスカ? 誰ですかそれは。私は雷過導司ディス=ヴォルテクスの助手、ステラですが?」

「ち、違う……っ!! お前はシスカだろう!? その声も、その顔も……オレが間違えるわけがない!! どうして、覚えていないんだ!! 兄ちゃんのことを!!」


 ギデオンさんは地に手をつき、爪が砕けるほど拳を握る。

 あの冷静で誠実な盾騎士が、こんな表情をするのを初めて見た。一人称がオレになり、自分のことを兄ちゃんと……本当に驚いた。

 リアが慌てて彼に駆け寄ろうとするが、僕が止めた。――いや、止めるしかなかった。今、誰が声をかけても届かない。

 すると、立ち去ろうとしていたディスが、興味深そうにギデオンさんを見て、そしてにっこり微笑んで手をポンと叩いた。


「ああ、なるほどなるほど。そういうことか」


 何かを知っている。僕は、冷静ではないギデオンさんの代わりに聞く。


「……どういうことか説明してくれるかな。その子、ステラ……ギデオンさんの妹、シスカとどういう関係がある?」

「簡単なこと。ステラちゃんは、我輩が死体から作り上げた、我輩の最高傑作。その死体が、そちらの『守護』の騎士くんの妹ちゃんだった、というわけだろうね」

「……な、に」


 ギデオンさんが、目を見開いてディスを見た。

 ディスは、ステラの肩に手を置き、そして愛おしそうに頭を、頬をなでる。


「んふふ。見たまえ!! この可憐な容姿……いやあ、死体を見つけた時には驚いた。死んで間もなかったおかげか蘇生は簡単にできたよ。でも、肉体の損壊が激しくてねぇ。だから、我輩が作り直したのだよ。再生能力の高い魔獣の細胞を移植、増殖させた。骨はオリハルコンよりも頑強。苦労したのは、それらの素材を使いつつも、見た目を完全な『人』として見えるよう、何度も何度も手術を繰り返した!! そして、我輩の力を注ぎ込み続けた結果、ステラちゃんは共鳴者として覚醒、『知恵』の道を歩む、我輩の助手としてここにいるのだよ!! ふふふ、ずっと我輩の力を浴び続けたせいか、並みの共鳴者では相手にならないほど強く、可憐で、美しい、最高の存在となったがね!!」


 あまりにも、醜悪で怖気がした。

 ギデオンさんの妹、シスカの亡骸を弄んだ生物、ステラ。

 フレイアは心底気持ち悪そうに言う。


「最ッ低のゲス野郎ね……!! あんた、本当に最悪!!」

「同感です。本当に、許せない……!!」


 フレイア、リアは精霊導器をディスに向ける。怒りが恐怖に勝っていた。

 僕も、丸盾を構えディスに向き直る。

 ディスは首をかしげていた。


「ふぅむ? なぜ理解されないのか。まあいい。じゃあステラちゃん、あとはよろしく」

「はぁい。先生、仕事前にちゃんと糖分を取ってくださいね。おやつ、用意してあるので」

「おほっ、それは朗報!!」


 ディスは奥へと消えていった。

 震えていたギデオンさんは、拳で地面を殴りつけ立ち上がる。


「シスカ、覚えていないのか? オレのことを、兄ちゃんのことを。このマフラー……お前が寒くないように、って……お前が編んでくれたマフラーなんだ」


 ギデオンさんは、いつも巻いているマフラーを見せる。

 だが、シスカ……いや、ステラは言う。


「何のことでしょうか? あなた、気持ち悪いです」


 ステラの声は、氷のように冷たかった。

 その瞬間、ギデオンさんの呼吸が乱れ、肩が震える。

 彼の信念は「守ること」――その根源が、いま音を立てて崩れていく。


「いやぁ、見事な反応だねぇ。いやはや、実にかわいそうだね。もぐもぐ」


 乾いた拍手が響いた。

 振り返ると、ディス=ヴォルテクスが白衣の裾を翻しながら、まるで演劇を楽しむ観客のように立っていた。手にはクッキーを乗せた皿があり、もぐもぐ食べながら戻ってきた。


「先生、お行儀が悪いです」

「おっと、これは観察だよステラちゃん。感情の崩壊、それこそが魂の構造を理解する最初の一歩だ。彼、なかなか興味深いよ? 片付けも大事だけど、こっちも同じくらい大事だ。ステラちゃん、彼は君の兄であることに違いはない。まあ、ルーツという意味ではだけどね」

「興味ありませんね。まったくもう、いい迷惑です」


 僕は我慢できず、一歩前に出た。


「……蘇生させた、と言っていたが……記憶を消す理由なんてあったのか?」

「そうだね。古い記憶は今のステラちゃんにとって邪魔でしかない。だが、誤解しないでほしい。私は慈悲深い男だ。死んで間もない彼女を拾い、より高次の存在へと『進化』させた。それは素晴らしいことだろう?」


 ギデオンさんが立ち上がる。

 その顔には怒りよりも――哀しみが浮かんでいた。

 声は震えていたが、確かな殺意を帯びている。


「……貴様だけは、貴様だけは……絶対に、許すことはできない」

「おお、いいね。実にいい目をしている。そうだ!! もっともっといい目になるよう、とっておきの情報をあげよう」


 ディスは微笑んだ。

 白衣の内ポケットから何かを取り出しながら、ゆっくりと語り出す。


「数年前のあのスタンピード――あれは偶然じゃない。我輩が起こしたんだ」


 坑道の空気が凍る。

 ギデオンさんの目が見開かれ、フレイアが歯を食いしばる。

 リアは唇を押さえ、信じられないというように震えていた。

 僕は、なんとか声を出した。


「な、なぜ、そんなことを……!?」

「魂の構造を解析するためさ。群体の支配術式――簡単に言えば、『混沌』と『支配』の力を融合させ、魔獣たちを暴走させた。結果として、街一つが消えた。いやぁ、壮観だったよ。生と死の境界が、あれほど鮮明に観測できたのは初めてだった」

「この、ゲス野郎……っ!!」


 フレイアが斧槌を構える。しかし、ディスはまったく動じない。

 むしろ、楽しげに語り続けた。


「実験は失敗だったが、いい拾い物ができた。ステラちゃんという、可憐で素敵な我輩の助手がね」

「はい、先生。わたし、先生に出会えてうれしいです!!」


 ギデオンさんの瞳が、絶望に染まった。

 震える声が漏れる。


「……シスカ、お前はもう……オレの、妹じゃ」

「兄さん、という単語はデータベースに存在しません。ごめんなさいね」


 その一言で、ギデオンさんの世界が崩れた。

 リアが小さく息を詰め、僕の腕を握る。

 フレイアは怒鳴りたいのをこらえ、歯ぎしりする音を立てていた。


「シスカ……そうか、もう、お前は……いないのか」


 ギデオンさんの嘆きが坑道に響く。

 その声には怒りよりも、祈りに近い響きがあった。

 ギデオンさんは拳を握りしめるが、足が動かない。

 その代わりに――ステラが一歩、前に出た。


「先生。話は本当に終わりです。ここはわたしが対処します。あなたは『協調』の研究所へ」

「うむ、そうしよう。資料は燃やしたくないからね。甘いものも食べたし、仕事に取り掛かるとするか」


 ディスは本当に奥の部屋に消えた。

 そして、ステラは紫色の歪な弓を構える。


「さて、始めましょうか。『漂魂者(メイリオン)』ユウト・カミシロ。あなたの現在の力、見せてもらいましょうか」


 もう、ステラはギデオンさんを見ていない。

 リアが泣きそうな声で名前を呼ぼうとしたが、言葉にならない。

 フレイアは唇を噛み、目を伏せる。

 僕はそっとギデオンさんの肩に手を置いた。

 けれど、その手は軽く払われた。


「……自分が、終わらせる」

「ギデオンさん……」

「これ以上、シスカを……あの子を、この世に縛らせはしない」


 僕は拳を握る。

 ――ディス。あの狂った研究者は許すことはできない。

 そして、ステラ……シスカを止める。それが、僕らの次の戦いになる。

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