雷過導司ディス=ヴォルテクス①
ギデオンさんに案内されたのは、かなり大きそうな坑道の入り口だった。
「はるか昔、使われていた坑道だ。中は迷宮のようになっているが詳細な地図は残っている。最深部に精霊力の吹き溜まりが発生し、ダンジョン化した。記録によると、三百年以上ダンジョンとして残っている。自分たちは、ここを調査して……」
ギデオンさんは拳を強く握る。
「何者か……人か、魔獣なのかわからないが、襲撃を受けた」
「……『混沌』という可能性もありますね」
リアが言うと、ギデオンさんは頷く。
「『混沌』……そして『支配』の可能性もある。くそ……こんな『魂の道』が存在するから」
ギデオンさんはハッとして首を振った。
悪の道に染まりやすい魂の道であろうと、人の進む指針となる『魂の道』を否定することは、絶対にあってはならない……僕もリアから教わった。
フレイアは、斧槌を手にくるくる回しながら肩に担ぐ。
「で、調査はどうすんの? 最深部?」
「自分たちの場合は四階層まで、と決まっているが……こういう迷宮型ダンジョンの場合は、ある程度の調査をして切り上げるパターンが多い。そのダンジョンを調査する部隊の隊長に一任される。自分たちは、坑道の中盤あたりで切り上げる予定だったが……」
どうやらそこで襲撃され、戻ってきたのはギデオンさんだけだったようだ。
フレイアは言う。
「じゃあ、最深部まで行くしかないっしょ」
「僕も同意見だ。このダンジョンに歴史があるのは理解してるけど……ここはつぶしたほうがいい。リア、ギデオンさんの意見は?」
「私も同じ意見です」
「……自分もだ。せめて、部下の亡骸を回収できれば……」
僕らはダンジョンの入り口を見る。
まるで、大きな魔獣が大口を開け、出迎えているように見えた。
僕は全員に言う。
「よし、行こう……十分に警戒をして、常に精霊力でアンテナを張ろう」
「「「……?」」」
「な、なに? みんな首をかしげて」
「あの、ユウト……アンテナって何ですか?」
ああそうか、この世界に『アンテナ』ってないんだった……なんだかここが異世界だって、久しぶりに実感する僕だった。
◇◇◇◇◇◇
湿った空気が、僕たちの呼吸に絡みつく。
坑道の壁は苔と湿気で光っており、足元は滑りやすい。朽ちた騎士鎧が無造作に転がり、人骨が点々と散らばっていた。
「……なんだろう、魔獣の気配がない」
僕がつぶやくと、ギデオンさんが静かに盾を握りしめた。
「おかしいな……ここに魔獣がいないのは、何か意図があるかもしれん」
その声に、リアもフレイアも身を固くする。
僕たちは、ここが単なる廃坑ではないことを直感していた。
坑道を進むたびに、朽ちた鎧や骨が増えていく。足音だけが響き、冷気が肌を刺す。僕は右手にハルバードを握りしめる。
「こんなに人骨が……一体、何があったんでしょうか」
リアの声が震える。
僕も言葉を探すが、感情よりも直感が先に警告を発していた。
「警戒しつつ、奥に進もう」
奥へ進むと、坑道は突然広がり、異様な空間が現れた。
そこには巨大な祭壇があり、周囲に大量の人骨と魔獣の骨が散乱している。しかも、骨の中には、形状が崩れ、異形の姿に変貌した騎士たちの亡骸も混ざっていた。
「……な、なんだこれ……」
僕は息をのむ。目の前の光景は、想像を超えていた。
朽ちた鎧の間から、微かに動くものがあった。骨と皮が異形に変形し、呻き声を上げる騎士たちの亡骸――いや、これはもう生きている。
魔獣でも人間でもない、異形の生物だ。
「くっ……全員、警戒を!! 彼らは全員、自分の部下だった者たちに違いない……もう、倒すしかない」
ギデオンさんが叫ぶ。盾を構え、僕たちを守る位置に立った。
僕らにはわからないが、同じ時を過ごしたギデオンさんにはわかるのだろう。彼らが異形と化しても、その顔立ちなど完璧に失われてはいない。
異形の騎士たちはうめき声を上げ、祭壇を中心にこちらへ迫ってくる。
「僕らも戦うしかない……!!」
「ギデオン、やっちゃうからね!!」
「……ああ!! 彼らはもう……」
ギデオンさんが歯噛みした。
僕はハルバードを消し、地の精霊導器である右手のガントレットを構える。
「地属性。これなら……こうして!!」
地面に触れて地の精霊力を流しイメージ……すると床が振動し、岩が突き出して異形の騎士を足止めする。リアも風の刃を展開し、フレイアは俊敏に背後から斧槌で騎士を両断する。
ギデオンさんは盾を前に、異形たちの猛攻を受け止める。
「数は多いけど、大したことないわね!!」
フレイアが斧槌を振るい、騎士を両断、叩き潰す。
ギデオンさんは、精霊導器の大盾で騎士たち五名を同時に受け止めつつ言う。
「本能のまま襲い掛かるだけ……鍛えた剣技も、技も、すべて失われている……こんなことが、ダンジョンで起きるなんて……くそっ!!」
異形たちは普通の騎士よりも力が強く、動きも不規則だ。しかし、僕らは一歩ずつ押し返していった。
僕は地属性を利用して大地の『槍』を作って突き刺し、リアは精霊術式で罠を設置し、襲い掛かる騎士を風の刃で切裂き、フレイアは接近して斧槌での直接攻撃。ギデオンさんは守ることがメイン……さすがに、腰のメイスで騎士を叩き潰すことができないのか、ギデオンさんを襲う騎士は僕とフレイアで倒した。
それから数十分後。
「はぁ、はぁ……終わり、かな」
「……そのようだ」
長い戦闘の末、僕たちは全ての異形を倒した。
僕の息が荒く、手足の震えが止まらない。周囲の空気は静まり返り、祭壇の異様な空気だけが残っている。
騎士の成れの果ては、ダンジョンの魔獣と認識されたのか……死体はすべて消え、騎士の鎧、そして身分証でもあるドッグタグが残された。
この世界でもドッグタグなのかと、僕は思うだけで言葉にはしない。
ギデオンさんが悲しそうにドッグタグを回収するのを三人で手伝い、全ての回収し終えた。
「……みんな」
「ギデオンさん……」
「……すまない。今は感傷に浸る場合ではないな。すべての身分証明を確認した……生き残りは、誰もいなかった」
ギデオンさんは、拳を強く握って言う……『生き残りはいない』と口に出したことを後悔しているような、そんな風に見えた。
そんなときだった。
「いやはや、強いねぇ……」
その瞬間、背後から冷たい風が吹き、床の石が微かに震えた。
背筋が凍り付くとはこのことだった。
僕、リア、フレイア、ギデオンさんは同時に振り替える。
「やあやあ、やぁやぁやぁ、初めまして初めまして。くはははは、いやぁ、興奮が止まらない。こんなに心臓が脈打つのは何百年ぶりだろうか!! ねえ、わが助手ステラちゃん!!」
「ちゃん付け、キモイからやめてくださいって言いましたよね?」
「む、ダメなのか? かわいいのになあ」
低く、静かな声が響く。振り返ると、暗闇の中からひとりの男と少女が現れた。
白衣の影。金色に光る瞳。雷のように鋭く、しかし冷静な笑みを浮かべている。
僕らは声を出せない。その男の存在感に圧迫されていた。
男はニンマリと微笑み、丁寧に一礼。
「名乗らせていただこう。我輩は『虚環教団』に属する八導司が一人、『知恵』を司る雷過導司、ディス=ヴォルテクス。お見知りおきを、『漂魂者』ユウト・カミシロくん」
「さ、『虚環教団』……ミシェルナと同じ」
「ああ、あの媚売り婆とはすでに挨拶をしているんだったね。我らが盟主も、キミに興味津々だよ。当然、我輩もね」
絶望的な状況に近い。
『虚環教団』……全員が霊触者の中でも選ばれし存在である『導越者』という反則級の存在だ。
ミシェルナ。彼女は、テスラという依り代を経由しての会話だったが、それでもその『圧』が桁違いだった。今、目の前にいるこのディス=ヴォルテクスは、僕に興味深々なようだ。
「……あんたが、騎士を?」
フレイアの声が普段よりもずっと低く、硬直していた。
彼女の体が一瞬止まり、肩がわずかに震える。
「ああ、質のいい実験体が必要でね。騎士は身体も心も強い。全員が『守護の道』を歩んでいるという共通点はあったが、失敗続きさ。うーむ、『魂の道』のせいでもあるのか、次は『協調』あたりで試してみようと思ってる」
「……実験体? あなたは、どんな研究を?」
「知りたいかね!!」
いきなり大声を出し、両手を広げた。
「数百年前、我輩はとある論文の一節を読み……心が痺れた!! 『魂とは、理の欠片である。ならば、人が理を再現できぬ道理はない』……つまり人の魂を精霊と同等の演算単位として扱い、自然の理を再現できるのではないか? ということだ」
フレイアが「はあ?」と首を傾げ、リアは「……」と黙り、ギデオンさんは何も言わない。
僕は言う。
「つまり、精霊が定めた理を人間が人工的に再構築できるかどうか、ってこと? もしそれが可能なら……」
「そう!! 精霊は不要になる!! いやあ、キミは頭の回転が速い。『知恵』向きだね」
「……それで、この騎士たちはどういう?」
「簡単さ。我輩は、この世で最も偉大な理……『命』を作ることを考えた。もし、人が出産以外で、無から『命』を生み出すことができれば? 今あるすべての命は不完全だ。だからこそ我輩は作りたいのだよ、寿命も、老いもない完璧な命を作ることができれば? つかめる気がするのだ……精霊が定めた以上の理を、この手につかむことが」
意味が分からない。不完全な命? この人は、何を言っているのか。
ディスが僕に言う。
「ユウト。きみは間違いなく、この世界で最高の『素材』だ。異世界より流れつきし『漂魂者』……ある意味で、キミは最も理から外れた存在。キミを調べれば、いや……キミに協力してもらえば、我輩の研究はさらに上を進む」
「断る」
僕は即答した。ディスは首をかしげる。
「罪のない命を奪い、自分の欲におぼれたあんたに協力なんてしない」
「まあそういうだろうね。でも、忘れていないかい? 我輩、研究者だが……戦闘にも自信はあるのだよ」
バチン!! と、紫電が爆ぜた。
雷属性。そして『知恵』を歩む導越者……格上との戦いになる。
すると、白衣の女の子がディスの頭をいきなり叩いた。
「こら先生!! ここには大事な研究資料があるんですよ。先生が暴れたら、資料が灰になっちゃいますー!!」
「え、そ、それはまずい!! どど、どうすれば」
「この人たちの相手はわたしがしますから、先生は『協調』の研究所に書類を運んでください!! どーせ、今はこの人たちのこと捕まえるなんてしないでしょ?」
「おやばれた。まあ、ユウトもまだまだ不完全のようだしね。発酵もしていない、焼いてもいないパン生地をかじるなんて愚かな真似はしないさ」
「はいはい。じゃあ、そういうことで」
そして、少女が構えをとると、紫電が爆ぜた。
「そこの四人。わたしが相手してあげます。かかってらっしゃいな」
この少女……ディスはステラって呼んでいたっけ。
構えを見ただけで、かなり強いのがわかる。
そして、手に紫色の弓を持ち、紫電の矢を番えた。
フレイアが斧槌を構えて言う。
「バケモノには勝てる気しなかったけど……こいつなら協力していけそうね」
リアは弓を手にし、頷く。
「そうですね。ユウト、フレイアさん、ギデオンさん、彼女を無力化しましょう!!」
僕は丸盾付きガントレットを装備し前に出る。
「ギデオンさん、防御はお任せします」
そして、ギデオンさんは。
「……ちょっと、ギデオン?」
「ギデオンさん?」
「……ギデオンさん、どうしたんです? ギデオンさん?」
ギデオンさんは、ピクリとも動かなかった。
ステラを見て目を見開き、口を開け、パクパクと動かす。
そして、吐息のような小声が聞こえた。
「…………………………………………しす、か?」
シスカ。
その名前は、ギデオンさんが守れなかった家族……妹の名前だった。




