祭壇がある場所で
湿った空気が、地下の石壁にまとわりついていた。
そこは、かつて「ドゥーン火山道」へと続く古代の坑道。
今はその一角が、ひとりの研究者によって雷の祭壇と化していた。
――バチィッ!
紫電が走り、鉄格子の中で悲鳴が上がる。
光の閃きとともに、床に置かれた魔導陣が青白く輝いた。
「うむ、やはり魂の共鳴値が高い……実に興味深い。『理』とは、美しいな……生体と魔力が、かくも緻密に結びついている……」
白衣をまとった男が、目を細めて呟いた。
顔の半分は影に隠れ、もう半分には、淡い金色の瞳が妖しく光っている。
手には細長い導雷杖。先端の水晶が、彼の呟きに呼応するように微細な雷を放った。
「いい、実にいいね。やはり『命』というのは面白い!! 短い稼働時間で、こうも眩く輝く、そのきらめき、実に興味深い!!」
この国の上層部でさえ、その存在を完全には掴みきれていない。
彼の研究は『魂と精霊力の同調理論』……その実態は――禁忌の人体共鳴実験だった。
実験台の男は、岩都の騎士の一人。
拘束具に繋がれ、全身に奇妙な札を貼られている。
意識はもう曖昧で、呼吸も途切れ途切れだった。
「いいぞ、そのまま力を抜け……君の『魂波』が乱れると、測定に誤差が出る。我輩の研究は『理の再現
』だ。痛みは、一時的なものだとも。……うん、たぶん」
そう言って、男は軽く笑う。
その声は温厚で、どこか優しげにさえ聞こえる――が、その眼は異様に静かだった。
バチバチッ……と、再び雷が奔る。
魔力測定装置が震え、壁面に埋め込まれた水晶が淡く光る。
記録陣に走る文字列が、一定の周期で跳ね上がった。
騎士の男が絶叫するが、男は絶叫の意味ではなく、その声色に蕩けるような笑みを浮かべていた。
「……ふふ、やはり『魂の響き』は、精霊を通じて伝播する。生きた媒介を経ることで、雷の理は完全な形を取るのだ……!! う、美しい……!!」
ディスは陶酔したように両手を広げ、天を仰いだ。
その表情は恍惚に染まり、まるで宗教的な啓示を受けたかのようだった。
だがその時、部屋に誰かが入ってきた。
「先生~? また、やりすぎてませんか?」
明るい声が地下の奥から響いた。
足音が近づき、小柄な少女がランプを掲げて現れた。
白衣を着た、金色のロングヘアをした少女は、どこか「またか」と言わんばかりにため息をつく。
「ほらっ!! また実験体が意識飛ばしてるじゃないですか!! 『徐電処理』しないとデータ取れないって、昨日も言いましたよね!?」
「ぬ……? おやステラちゃん。そうだったか? 理の輝きに見惚れてしまって、つい……」
「『つい』で人体実験すんなーーっ!! まったく、実験体がまたいなくなりますよ? 騎士団も警戒してダンジョン調査打ち切るって話もあるのにぃ。あとちゃん付けキモイからやめてください」
少女――助手のステラは、男の袖を引っ張った。
「先生、またご飯も食べてないし……!! ちゃんと休憩してくださいよ!! わたし、助手ですけど保護者でもあるんですからね!!」
「……うむ、うむ。理の探究には空腹など不要だが……君が言うなら、少しは……」
「『少しは』じゃなくて、『ちゃんと』!!」
男は小さく肩をすくめ、苦笑した。
その姿は、数分前に人を雷で貫いた人物とは思えないほど、どこか憎めなかった。
ステラは鉄格子の中の騎士を見て、眉をひそめる。
まだ息はあるが、かなり危うい。
「……あーあ。また壊れちゃいましたよ、もうストックが少ないのに」
「むぅ……理はまだ不完全だ。精霊の力を、人間の魂に恒常的に接続する術……あと一歩なのだよ」
「その『一歩』で、何人死んでると思ってるんですか? やっぱり難しいですよ、先生の実験……」
「……それを『代償』と呼ぶのか、『供物』と呼ぶのか。解釈は自由だろう?」
「もうっ!! そういうところが嫌われるんですよ、先生!!」
「ぬぅ……また叱られた……ていうか我輩は嫌われてないし!!」
男はしょんぼりと肩を落とし、机に置いた食器を見つめる。
そこには、ステラが持ってきた食事があった。
「ほら、ちゃんと食べてください。冷めたらまずいですから」
「うむ……いただこう。感謝する、ステラちゃん」
スプーンを手に取りながらも、男の瞳にはまだ雷光が宿っていた。
その光は、何かを諦められぬ者のものだ。
◇◇◇◇◇◇
数時間後。
ステラが眠りについたあと、男は再び祭壇に立っていた。
封印された扉の奥――その先に、巨大な魔導炉がある。
雷鳴がうなり、床下から無数の魔力管が伸びている。
炉の中心に据えられたのは、ひとつの結晶。
それは、淡く紫色に脈打ち、心臓の鼓動のように明滅していた。
「『魂の理』を完全に再現するには、やはり質のいい素体が必要だ。漂魂者――彼が持つ『特異な魂構造……もし手に入れば、理は完成するのだがなぁ」
淡く笑いながら、ディスは雷杖を握りしめた。
空気がビリビリと震え、髪が逆立つ。
「ああああ、ほしい、欲しいぃぃぃぃぃぃぃぃ!! メイリオン、メイリオンが欲しい!! くそ、あの連中に先を越されたくない、越されたくないぃぃぃぃぃぃぃぃ!! アアアアアアアアアアアアア!!」
バチィイイインッ!! と雷光が爆ぜ、壁面の紋章が一斉に点灯する。
紫電の閃光の中、ディスの影が岩壁に長く伸びた。
その影は――まるで、背に羽根を持つように歪んで見えた。
やがて、男は静かに笑みを浮かべた。
その顔は穏やかで、どこか慈悲深くさえある。
「焦るな……もうすぐだ。雷鳴が天を裂くその時、すべての魂は理に帰る。そして、世界は再び――正しく動き始めるのだから。ふふふ、我輩の『知恵』が世界を救う……」
誰にともなく呟くその声は、やがて小さく溶けた。
ただ、残ったのは、雷の音と……壁に刻まれた、ひとつの肖像画だけだった。
男の自画像。杖を手にした二十代後半ほどで、紫色の髪が顔を隠し、どこか猫背で陰気な雰囲気。助手の少女ステラに生活管理されなければろくに生活できない、どこかだらしない男。
男こそ、騎士をさらい、非道な人体実験を繰り返し、意味も理解できない『理』を追い求め、『知恵』を探求する研究者。
「む? ほほう……また誰かが踏み込んできたようだ」
男の名は、ディス=ヴォルテクス。
またの名を……虚環教団・八導司の一人にして『知恵』を司る雷過導司、ディス=ヴォルテクス。




