56 イングラシル共和国 part02(改訂)
イングラシル共和国 首都 ボロン
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アリスたちは、イングラシル共和国の首都ボロンに到着した。
ひとまず宿を見つけて宿泊の手続きを済ませる。宿の主人には「世界中を旅している冒険者で、各国の首都を見物して回っている」と説明した。嘘ではない、あくまで事実の一部だ。
夜を待つ間、昼間は観光を装って工場らしき場所を回った。その中で唯一、丘の上に立つ「中央図書館」だけが異様に厳重な警備を敷いているのを確認し、アリスたちはそこを標的に定めた。
そして、夜。
アリス:「そろそろ出かけましょうか」
ミクリ:「ああ、準備はいいか?」
フノン:「大丈夫です。行きましょう!」
メリッサは「アリバイ作り」のために宿に残り、他の三人はワープを開始した。
目標は、昼間に目星をつけておいた丘の上の人気のない場所。どうやら工場の本体は、中央図書館の地下に隠されているらしい。夜になると、昼間以上の警備兵が周囲を固めていた。
四人はショートワープで図書館内部へ侵入し、地下室を目指した。あらかじめ見つけておいた巨大な配管を伝って地下へ進むと、そこからは工場の各エリアが一望できた。
フノン:「アリス、見てください! すごいですよ。……あれは力を五倍に引き上げる『パワーリング』! こっちは機動力を三倍にする『フットリング』です!」
フノン:「さらに、魔法効果を三倍にする髪飾りに、魔法ダメージを九割カットするペンダントまで……。どれも信じられない性能です!」
ミクリ:「あっちを見て。原料になりそうな魔石が山積みだ。この国は魔石が豊富に採れるんだろうね」
アリス:「なるほどね。だいたい事情はわかったよ」
フノン:「サンプルが喉から手が出るほど欲しいですが……」
アリス:「いや、今回は情報収集だけで十分。余計な火種は避けよう。サンプルは諦めるよ」
ミクリ:「賢明だね。では、戻ろうか」
一行が配管を登って脱出を図っていた、その時。上から何者かが降りてくる気配がした。
ミクリ:「……何者だ!」
不審者とミクリの間で、瞬時に剣火が散った。狭い配管の中では一人ずつしか戦えない。密閉空間ゆえに派手な魔法も禁物だ。
ミクリ:「強い……! 結構やるじゃないか」
不審者:「貴様……どこの国のスパイだ?」
ミクリ:「スパイじゃないって!」
(やっていることは、どう見ても産業スパイですが)とアリスは心の中でツッコんだ。
縦の配管内という不自由な環境。ミクリは大剣を振るえず、小剣を巧みに操る相手に苦戦を強いられていた。
アリス:「これ以上長引くと、工場の護衛に気づかれるわね」
フノン:「国家機密に関わる場所ですから、捕まればただ事では済みません。一旦引きましょう。下に移動します!」
アリス:「ミクリ! 下に降りるわよ、すぐに続いて!」
ミクリ:「了解!」
アリスたちは下の少し広い空間まで飛び降り、合流したミクリと共に図書館の外へとワープした。
直後、背後の図書館からけたたましい警報が鳴り響き、兵たちが集まってくるのが見えた。
アリスたちは図書館から少し離れた広場に陣取っていた。
確信があった。案の定、図書館の方から全速力でこちらへ向かってくる影がある。
フノン:「やはり、ここを通りましたね」
アリス:「大正解!」
不審者:「貴様ら、何者だ! なぜ先回りしている!」
アリス:「ただの興味本位な冒険者ですよ。それより、あなたこそ何者なんです?」
不審者:「黙れ!」
不審者が放った電撃がアリスを襲うが、直前でオートキャンセルが発動し、霧散した。
不審者:「何を使った!? マジックジャミングか? ……ええい、ならば剣で勝負だ!」
不審者の鋭い刺突が繰り出される。
アリス:「速い……! でも、アシンと同じくらいかな」
アリスは間一髪で攻撃をかわし、カウンターを狙う。しかし不審者の動きは変幻自在で、一箇所に留まらない。
ミクリが加勢しようと閃光攻撃を構えるが、相手はアリスを巧みに盾にして射線を遮るため、下手に手が出せない。
アリス:「シルフ! 久しぶりの出番よ!」
シルフ:「オッケーい!」
シルフの風魔法を纏ったアリスの速度が跳ね上がる。
不審者を追い詰め、とどめを刺そうとしたその瞬間――四方から無数の剣と矢がアリスをめがけて飛来した。アリスがそれを回避するために飛び退くと、その隙に不審者たちは散り散りになって夜闇へ消えていった。
アリス:「しまった! 仲間がいたのね!」
フノン:「アリス、警備兵がこっちに向かっています!」
アリス:「みんな集まって! 宿までワープよ!」
一行が姿を消した直後、現場に警備兵がなだれ込んだが、そこには風の跡以外、誰も残っていなかった。
宿に戻ったアリスたちは、気配を殺して息を潜めた。
街の中では一晩中、兵たちの巡回する靴音が響いている。
ミクリ:「あいつら、一体何者だったんだろう。あの剣技、ただ者じゃなかった」
フノン:「おそらく他国のスパイでしょうね」
メリッサ:「魔道具の機密を狙うとなると、ラインリッヒ共和国の可能性が高いわね」
アリス:「ラインリッヒか……。戦争の準備をしているっていう噂は本当みたいだね」
ミクリ:「ラインリッヒは魔法強化に心血を注いでいる国だ。あの魔道具が敵に渡れば、相当な脅威になるだろうな」
アリス:「いずれラインリッヒとは一線を交えることになるかもしれない。心しておこう。……それにしても、敵の情報は多いに越したことはないよね」
その時、トントンとドアが叩かれ、宿の主人が兵隊を引き連れて入ってきた。
兵隊:「貴様ら、旅の者だな!」
アリス:「はい、そうですけど……何か?」
兵隊:「今夜、どこで何をしていた?」
アリス:「この部屋でずっと、お酒を飲んだり食事をしたりしながら話していましたよ」
兵隊:「一歩も外に出ていないのだな!」
アリス:「ええ、出ていませんよ。ねえ、ご主人?」
宿の主人:「はい。私はずっと一階の受付におりましたが、皆様が外出されるところは見ておりません。上からは賑やかな話し声も聞こえておりましたから、ずっとご在宅でしたよ」
兵隊:「……本当だろうな?」
アリス:「本当ですよ」
兵隊:「……。わかった、邪魔したな」
兵隊たちが去り、宿の主人が扉を閉めるのを見送ると、アリスたちは深く息を吐いた。
アリス:「ふぅー! 助かった! メリッサ、ありがとう!」
メリッサ:「どういたしまして。皆さんの分まで、一人四役で騒いでおきましたから!」
ミクリ:「さすがメリッサさん、完璧なアリバイ工作だ!」
フノン:「警戒しておいて正解でしたね」
アリス:「うん。国境でナディアさんに会った時から、妙な違和感があったんだよね。あのタイミングで現れるなんて、最初から見張られていた気がする」
ミクリ:「入国してからの居心地の悪さは、監視の目があったからか。納得だよ」
フノン:「他国からの旅行者には常に監視がつくお国柄のようですし、深追いは禁物ですね」
アリス:「歓迎されていないみたいだし、知りたいことも分かったから、さっさと次の国へ行きましょう」
アリス:「ここから北に行くと、どこだっけ?」
ディネ:「バカじゃないの! 北の魔王領(あんたの家)でしょ!」
サラ:「バカ! バカ!」
アリス:「バカって言うな! ……じゃあ、東は?」
ミクリ:「シグナス王国辺りかな」
アリス:「南は?」
フノン:「西南はさっきのルクレール王国ですね」
アリス:「じゃあ……西、というか北西は?」
ノーム:「ルティア共和国ですね」
アリス:「よし、北西に決まり!」
フノン:「ルティア共和国へ行きましょう」
アリスたちは静かに村を出発し、北西へと進路を取った。
西方国境警備隊 ナディア
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ルティア王国周辺地域
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道中、国境付近を通りかかると、またしてもナディアの姿があった。アリスは借りていた鈴を彼女に返却した。ナディアはやはり、こちらの行動をすべて把握しているようだった。
峠を超えると、そこからは新たな国――ルティア共和国の領土が広がっていた。




