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310 縫界巡礼編 第十四話「門の向こうの神官 ― 闇の賢者、深層祭壇に待つ」part1


落下は、門の手前で唐突に終わった。


正確には、終わったというより“受け止められた”のだろう。紫銀の位相錨が最後の瞬間に強く脈打ち、アリスたちの身体を取り巻く空間が一枚だけ柔らかく沈んだ。足裏に伝わった衝撃は確かにあったが、それは高所から叩きつけられた硬い痛みではなく、どこか“異なる階層へ着地した”時の、嫌に曖昧な違和感だった。


黒灰色の石床。


乾いた空気。


鼻の奥にわずかに残る、古い血と香の混じったような匂い。


目の前には、先ほど上空から見えていた巨大な門が、今や圧迫感をもってそびえ立っていた。


その門は、ただ大きいのではない。


**“意味を持って大きい”**門だった。


人を通すための寸法ではない。何かもっと巨大で、もっと形の定まらないものを迎え入れるために設計されたような異様さがある。門柱には幾重にも刻印が走り、その一つ一つが観測、拘束、供犠、再生、召喚、接続といった術理の断片を担っていた。まるで、世界の禁忌を少しずつ削り取って、一つの建造物へ貼り合わせたような代物だった。


「……気持ち悪い」


ディネが率直に言った。


「うん、まあ、わかるわ」


アリスもそれには同意した。


サラは門の表面を見つめたまま、静かに唇を引き結んでいる。


「これ、ただの封印門じゃありません……」


「じゃろうな」


ノームが低く唸る。


「封じるためだけなら、こんなにも“通しやすく”は作らぬ」


その言葉に、白いアリスが小さく頷いた。


「ええ。これは“閉じた門”じゃない。むしろ逆。開くことを前提にした門よ」


アリスは門の中央へ視線を向ける。


そこには一本、縦に走る深い裂線があった。傷のようにも見えるし、縫い跡のようにも見える。だが近づいてみると、それは単なる意匠ではなかった。


**実際に“世界が一度裂けて、無理やり閉じられた痕”**だった。


門の中央に縫い込まれているのは、石でも金属でもない。もっと別のものだ。空間そのものの断面が、ここへ固定されている。


「……縫い目の根」


白いアリスが静かに呟く。


その声には、記録殿で見せていたような分析の冷静さだけでなく、少しだけ緊張が混じっていた。


「ええ」


アリスは短く返す。


「たぶん、ここが“最初の傷”よ」


勇者召喚式が無理やり開いた裂け目。


蒐集神が干渉できた接合面。


セントマッカーサ島の古代迷宮と共鳴した深層導線。


それらすべての“元栓”のような場所が、今、目の前にある。


そして、その門の向こうに――


誰かがいる。


姿はまだ見えない。けれど気配だけは隠しきれていなかった。静かで、澱んでいて、妙に人間的な執着を持った気配。狂気だけでできた怪物のものではない。理屈と信仰と歪んだ確信で、自分の行為を正当化し続けてきた者の気配だった。


「来ておるな」


ノームが低く言う。


「しかも一人や二人ではない」


ディネが肩を回しながら前へ出る。


「いいよ、まとめて片付けよう。どうせここまで来たら、挨拶なしで帰る気ないし」


「待って」


サラがすぐに制した。


「正面突破は危険です。この門、たぶん向こう側からこちらの魔力反応をずっと観測してます。下手に強く動くと、門自体が起動するかもしれません」


「えー、じゃあ静かにノックする?」


「そのノックで門ごと消し飛ばす気でしょ」


「失礼な。半分くらいよ」


「十分アウトよ」


いつものやり取りが交わされる一方で、アリスは門から少し距離を取り、床の紋様を見下ろしていた。


足元には、黒灰色の石に沿って赤黒い細線が張り巡らされている。それは門へ向かう供給路であり、同時にこの地下祭壇全体の循環系でもあるようだった。


彼女はしゃがみ込み、指先を軽く触れる。


途端に、ぴり、と嫌な反発が返ってきた。


「……なるほど」


「何かわかりましたか?」


サラが問いかける。


アリスは指先を離し、立ち上がった。


「この門、ただ閉じてるんじゃない。向こう側の儀式進行に応じて、少しずつ“開く段階”を進めてる」


「つまり?」


ディネが眉をひそめる。


「今ここで私たちが門を壊しても、向こうで本体儀式が進んでたら意味が薄いってこと」


「最悪だね!」


「ええ、かなり」


アリスは頷く。


「しかもこの供給路、記録殿から流れてきた“選ばれなかった未来の残響”を媒介にしてる。つまり向こうは、世界各地で集めた歪みをここで一括して儀式燃料に変えてるのよ」


ノームが苦々しく顔をしかめた。


「やはり、各地のほころびは副産物ではなかったか。すべてここへ流すための“採掘”だったのじゃな」


「たぶんね」


白いアリスが門の裂線を見つめたまま言う。


「観測の薄い土地、精霊流の乱れた場所、異常事件の残痕……それぞれが“削りやすい層”として使われていた。つまり彼らは世界の脆い部分を意図的に撫で回して、剥がれた可能性だけを集めていたのよ」


「うわあ、最低」


ディネが心底嫌そうな声を出す。


「それを言葉にすると、改めて本当に最低だね」


「最低じゃが、筋は通っておる」


ノームが重く言った。


「だからこそ厄介なのじゃ。無茶苦茶に見えて、その実、きちんと積み上げておる」


その通りだった。


闇の賢者という組織がただの狂信者の集まりなら、ここまで世界規模の縫い目へ手をかけることはできない。彼らは愚かである前に、執拗に頭がいい。間違った理屈を、恐ろしく丁寧に組み上げてくる類の敵だ。


そしてそういう相手ほど、壊す時は芯から折らなければならない。


アリスが口を開こうとした、その時だった。


門の中央の裂線が、かすかに赤く光った。


次いで、重い石同士が擦れ合うような低い音が、空間全体に響く。


門が――


自分から開き始めた。


「っ!」


全員が一斉に身構える。


裂線は中央から左右へ広がり、わずかに、しかし確実に隙間を作った。そこから吹き出してきた空気は冷たく、湿っていて、どこか地下水脈のような匂いを含んでいる。だがその奥に混じるものがある。


古い祭儀の香。


焼けた血。


そして、祈りにも似た、ひどく歪んだ熱。


やがて、門の向こうに広がる空間がゆっくりと見え始めた。


そこは巨大な地下祭壇だった。


円形。


いや、正確には多重円環構造の祭場。


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