第四話 せかいがにくい③
武器を手にした男達が私達を囲う。
「店長! この人達、盗賊団です! この紙を見てください!」
私はラザロさんから渡された紙を店長に渡した。
「髪の毛を切ったり顔に傷を増やしたりしているけど、そこに描かれている絵はこの人達の特徴を捉えています!」
「おやおや、これはこれは。自らの身分を偽り、私達を騙そうとしていたのですねえ」
「なんだい嬢ちゃん。最初からわかってたんだな。だったら何故わざわざ俺を試すようなマネしたんだ? 殺される前に教えてくれよ」
ゴロノフは短剣の先を舌で舐め回した。
「半信半疑でしたよ。まさか盗賊団がうちの店にいるなんて思わないでしょ。だからこそ、あなたに問診をして、諦めてもらう必要があった。それだけの話」
「そうかい。でも残念だったな。知っての通り、俺らは諦めが悪くてね。ガルージャの隠した腕輪を見つけるためならなんだってするのさ」
「私達を殺したって、何の解決にもなりませんよ!」
「安心しな。殺すのは嬢ちゃんだけだ。そこのツインテールは魔法を使わせるために拷問して生かさず殺さずしてやるよ」
「にゃはははは!」と店長が大声で笑う。
「いやはや。舐められたもんですなあ。私が拷問如きに屈するとでも?」
「屈しなかったら、殺すまでよ」
「物騒ですなあ。じゃあ冥土の土産に教えてくださいな。あんたら随分強そうに見えますが、何故盗賊なんかしているのですかな?」
ゴロノフが短剣を振り回しながら言った。
「俺らはな、元々戦士だったのよ。だが勇者レオンが魔王を討伐してから魔物が減って仕事がなくなっちまってよお。頭も悪けりゃ技術もない。まともな仕事に就けねえんだったら、人から奪うしかねえだろ? 単純な話だよ」
さっきのガルージャの話は、自分達のことだったんだ。
「さあ、今のが冥土の土産だ。まずは嬢ちゃん。お前からだあああ!」
ゴロノフが短剣を振り被った瞬間、突風が吹いた。
「魂の交信」
「ぐあっ!」
男達が吹っ飛び倒れる。店長は私の腕を抑えながら、魔力を解放し続けている。
「アガタ氏!」
「はっ! はいっ!」
「心の中で、ガルージャと叫びなさい」
「えっ、は、はい!」
よくわからないけど、やるしかない!
ガルージャ!
その時、周囲から音が消えた。音だけじゃない。さっきまで吹き荒れていた風も、ゴロノフ達も、店も何もかも消えて、私と店長だけが真っ白な空間に居た。
「ここは……」
「アガタ氏。ここは彼岸の手前。あれが扉です」
店長の指差す先に、大きな扉があった。
「あれが、彼岸の扉」
〈君達かい。僕の名前を呼んだのは〉
「え? 誰?」
〈僕はガルージャ。エミへの盗賊だ〉
ガルージャの声がする。でも姿は見えない。
「アガタ氏。ガルージャは扉の向こうにいます。開門すれば、魂を呼び戻せる。ですが今回はその必要はありませんね」
そうだ。魂を呼び戻す必要はない。呼び戻さないために、私は抵抗したんだ。
〈少し前に眠りから覚めて、君達のやり取りを眺めていた。アガタと言ったね。ありがとう。僕を守ってくれて〉
「いえ……私はただ、あなたを無闇に起こしたくなかっただけです」
〈知っての通り、僕は盗賊。悪人だ。彼らと一緒に王宮に忍び込み、衛兵を殺して海神の腕輪を盗んだ〉
「そうだ。あなたは何故、腕輪を隠したんですか? まさか、売ったお金を独り占めしたかったから?」
〈違う。こんなことを言っても信じてくれないと思うけど、いや、信じてもらう必要なんてないな。僕はね。元々コロシアムの戦士だったんだ〉
エミヘのコロシアム。さっき店長が言ってた。
〈僕の国では昔から、最強の戦士を決めるため戦場があった。それがコロシアム。大勢の観客の前で命を奪い合い、国のトップを目指す。ゴロノフ達のような魔物と戦う戦士とは役割が異なる〉
「にゃはは。私も見たことがありますよお。それはそれは激しいぶつかり合いでしたなあ」
〈海神の腕輪は、最強の戦士にのみ与えられる。いわば最強の称号であり、戦士として最大の名誉だった。残念ながら僕は、戦いの中で負傷し、貰えなかったけどね。その負傷がきっかけでコロシアムから追い出され、職を失い、絶望した僕を盗賊に勧誘したのがゴロノフだった〉
胸の中に痛みと悔しさが走る。これは、私の感情じゃない。ガルージャの感情が伝わってきているんだ。
〈僕は盗賊団に入り、盗みを働いた。その中で人も殺した。弁解はしないさ。でもね。海神の腕輪を盗む計画が立った時、全力で反対した。元コロシアムの戦士として、あれだけは盗んではならない。そう思った。でも結局、彼らを止めることはできず、盗みに入った〉
「それで、売り飛ばされるくらいなら、隠してしまおう……そう思ったんですね?」
〈うん。僕は腕輪を、僕が最も信頼している人間に渡した。そのことは拷問されても言わなかった。結局殺されてしまったけどね〉
胸が苦しい。体が重い。彼は悪人だ。人殺しだ。それでも、人間だった。
〈二人にお願いがある。ゴロノフ達を止めてくれ。彼らは捕まらない限り、意地でも腕輪を探すだろう。これ以上、腕輪の名誉を汚すわけにはいかない〉
私は胸を押さえながら言った。
「あなたは悪人です。どんな理由があれ、人殺しに変わりはない」
一歩扉に近づく。
「私には、人を殺す人間の気持ちなんかわからない。同情もしません」
一歩、また一歩と近づいていく。
「それでも、あなたの眠りを妨げようとする奴らを、野放しにすることはできない」
扉に触れる。
「あなたの願い、しかと承りました」
〈ありがとう。アガタ〉
光が広がり、私達を包み込む。
目を開くと、私達の体は店に戻っていた。
「てめえ……! よくもやりやがったなあ!」
「にゃはははは! こんな風ごときで吹き飛ぶような貧弱な戦士さん、見たことありませんよお」
こいつら四人、全員捕まえる……?! でも一体、どうやって?!
「こうなったらやけだ。ノクターン。てめえもろともガルージャの元へ送ってやるよ!」
「死者の魂は、あんたらの道具じゃないんだよ。失せな」
店長が手を振りかざす。
「魔岸の扉、開門」
魔岸の扉?!! 彼岸じゃない?!
天井に黒い渦が広がり、部屋中に冷気が広がった。
「なんだあ?! こりゃあ?!」と男達が戦慄く。
「キャプテン・クック。霊獣ドロヘドロ」
渦の中から二匹の魔物が飛び出す。一匹は海賊の姿をしており、長い剣を手にしている。もう一匹は獣の姿でありながら、皮膚に毒々しい液体を纏っていた。
「ぐ、ぐわあああああ!」
彼らは四人に襲い掛かり、ものの数秒で蹴散らしてしまった。
意識を失った彼らを縄で縛り上げたその時、勢いよくドアが開いた。
「盗賊達を捕えろ!」
「ラザロさん!」
部屋に入ってきたのはラザロさんと自警団のメンバーだった。
「アガタ君。怪我はないか?」
「は、はい。店長がやっつけてくれました。でも、どうしてここに?」
「少し前に匿名で通報が入った。屈強な男四人組がこの店に入って行ったと。私の魔法で倒そうとしていたが」
「にゃはははは! 一足遅かったですなあラザロ氏」
店長がラザロさんの顎を突く。
「ノクターン……まさか通報したのは君か?」
「うーん? 何のことですかな?」
「ふん。食えない奴め。お前ら! 盗賊達を牢獄へ運ぶぞ!」
店長が、通報した? まさか、最初から全部わかってたってこと?!
自警団のメンバーが盗賊達を運ぶ中、ゴロノフが目を覚ました。
「うう……ちくしょう。こんなことなら、魔王の奴がいた方がありがたかったぜ。魔物がバンバン現れて、夜も眠れねえ頃の世界の方がよっぽど……」
「貴様は元戦士のようだな」とラザロさんが言う。
「魔物が減り、戦士としての職を失業した者たちは数多くいる。戦士だけではない。勇者も、魔法使いも、鍛冶屋も、今ではそのほとんどが仕事を失った。それでも彼らは、別の生き方を模索し、魔王がいなくなった世界に適応しようともがいている。勘違いするな。貴様は魔物が減ったから盗賊になったのではない。貴様の心が弱かったから盗賊になったのだ」
「……」
「ゴロノフ。覚えておけ。生きている限り、やり直しは効く。生きてさえいればな」
ラザロさんの横顔は、どこか寂しげに見えた。
「何にせよ、一件落着ですね! 店長!」
「……」
「店長?」
「うーん。いやいや、久方ぶりに魔岸の扉を開門したものですから……疲れ……果て……うーん」
バタッ
「店長!」
店長は床に倒れ、意識を失ってしまった。
*
次の日。高熱にうなされたまま、店長は眠り続けていた。
私は看病をしながら店の掃除をしていた。
「今日はついに、この本棚だな……今まで手をつけてなかったけど、店長が眠っている間に掃除しちゃおう」
私は脚立に登り、本棚の埃を落とし始めた。
「ん? これって」
本と本の間に、明らかに売り物ではない手帳が挟まっていた。
「これ……日記だ。なんて書いてあるんだろう。えーっと、『733ねん6がつ6にち、きょうもいしをなげられた』。『733ねん6がつ7にち、きょうはみずをかけられた』。酷い。いじめられてたのかな? それにしても、誰の日記?」
次のページを捲る。
「えーっと、『こじいんにいるやつら、きらい』」
孤児院。まさか。
「これってもしかして……店長の日記……?」
『せかいがにくい』
私は脚立に腰を下ろし、恐る恐るページを捲った。




