第三十話 一目惚れ②
ケンゴが振り向くと、署長の広野達彦が一人の女性と一緒に入ってきた。
三玲だった。
「何も分かっていないわね。お遊びでもジャレているわけでもないわ。実際は大変なことが起きているのよ。あなたたちには分からないかも知れないけど」
「何だ、お前は?」
古川がくわえタバコのまま三玲を睨みながらそう言うと、広野が渋い顔をする。
すると、何かを察したのか、古川は広野に対して聞き直した。
「どなたですか?」
「こちらの方は三玲主任だ。砂子坂観測所から来られた………」
それを聞いた古川は、広野の表情の理由が分かった。
どうやら本京都がらみのようだった。
三玲の上着の肩の部分のロゴをチラッとだけ見た古川は、タバコを灰皿でもみ消し、また広野に聞いた。
「どのようなご用件で来られたのでしょうか?」
「バタフライ現象の件で来られた………」
「アチラの方で、そんなくだらないことに興味を持たれる方がいらっしゃるとは………」
古川の言葉は丁寧だったものの、明らかに嫌味を込めた投げやりな口調だった。
「で、何をお望みなんですか?」
古川は、またしても広野に言った。
最初に突っかかったあとは、三玲に話しかけることはおろか、視線も合わせようとはしなかった。
一方の三玲も古川になど目もくれず、おもむろに上着の内側から麻酔銃を取り出すや、椅子に拘束されている男を撃った。
「………!?」
あまりにも唐突な展開に、さすがの古川も驚いて三玲を一瞥した。
が、首をうなだれた男の体から流血がないことを見て取るや、撃ち込まれたのが麻酔弾だと察した。
「例え麻酔銃だったとしても、署内で銃を使うことは厳禁のはずです………」
古川は、あくまでも広野に向かって、かつ、あからさまに不快感をあらわにして言った。
「それはそれ、これはこれだ………」
それに対して、広野は歯切れ悪くも、古川をたしなめるように答えた。
広野としては、古川の気持ちは分かるものの、波風をたてるわけにはいかなかった。
本京都の人間が絡んだ案件には“治外法権”があるため、ヘタをすれば自分の首が飛ぶ。
広野は保身に走らざるを得ないのだった。
古川にもそのことが分かっていたので、それ以上は何も言わなかった。
「その男はこちらで引き取るわ、車まで運んで」
三玲が麻酔銃をしまいながら広野に言った。
「土屋、外まで運んでやれ」
「………」
ところが、広野にそう命じられたにもかかわらず、ケンゴは何の返答もしなかった。
半ば心ここにあらずといった様子で、今の指示も耳に入っていないような表情をしていた。
というのも、ケンゴはずっと眩しいものでも眺めるように三玲に見とれていたからだった。
「おい、土屋、聞いているのか?」
部下に無視をされた広野は、やや語気を荒くした。
「あっ、はい………!?」
ケンゴはようやくその言葉に反応して慌てて返事をするや、男の拘束を解いて椅子から抱え上げた。
「被害者にも会わせてもらうわ」
「どうぞ、隣りの部屋にいますので」
これで厄介な来訪者にお引き取り願えると思った広野は、清々とした様子で答えた。
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