第二十二話 改心の兆候
「ケロピン! ケケポン!」
またカエルのような鳴き声を上げ、中腰のまま何度かポンポン跳ねる男を視界に捉えると、三玲は麻酔銃を撃った。
その直後、ユラユラと倒れ、すぐにタツオが駆け寄って取り押さえた。
『最後の発症者を確保しました!』
「了解よ」
三玲はタツオにそう答えながらも、すばやく周囲を見渡した。
「ヒナコのほうは?」
『異常ありません!』
ヒナコの声が返ってくる間にもさらに注意深く目を凝らすが、妙な動きをする人は見当たらない。
どうやら、次の発症者は現れていないようだった。
今日も柔らかい陽光が降り注いでいる。
街路樹のけやきの葉が風にそよぐ。
通りを行き交う人たちは、突然発生したカエル化現象に驚いていたものの、徐々にいつもの日常の中へ戻りつつあった。
その人波の向こうから、タツオが眠りに落ちた男を抱えてやってきた。
少し遅れてヒナコも帰ってくる。
三玲が自分の車の隣にとめられているバンの後部シート側のドアを開けると、車中にはすでに四人。
これで五人目。
明らかに頻度も件数も増加傾向にあった。
と、タツオが男をバンの中に押し入れたところで、どこからか子供の泣き声が聞こえてきた。
通りの少し先のほうを見てみると、母親と女の子がいた。
女の子は手にしていた紐つきの風船を放してしまったらしく、街路樹の上の方にひっかかっていた。
母親が困った顔をしていたので、ヒナコとタツオが様子を見に行こうとした。
ところが、その前に三人の通行人が母娘の元に駆けつけていた。
それから、土台役となった二人の体に乗り上がるようにして一人が木によじ登ると、枝に絡まっていた紐をほどいた。
そして、女の子は風船が戻ってくると泣き止んで笑顔になり、母親は三人にお礼を述べていた。
ヒナコとタツオは、通りすがりの人たちによって為されたささやかな出来事を感心するように眺めていた。
他者に手を差し伸べる行為など、ほとんど見られなくなっていたのが今の現状だからだった。
“改心”が始まっているようね………。
三玲はそう感じつつ一部始終を見届けると、ヒナコとタツオに指示を出した。
「あなたたちは、このまま巡回を続けて。でも、ヒナコは頃合を見て長官の会見のサポートをしてあげて。私は、ちょっと調べたいことがあるので行くわ。何かあったらまたすぐに連絡して」
「了解しました!」
二人がシャキっと答えたのを聞いた三玲は、自分の車でその場を去った。
「で、カツヤは?」
「さあ? どうせまた、ナンパでもしているのかも知れま………」
と、ヒナコが通りを見渡してみると、その一角にカツヤの姿があった。
デレデレした様子で話しかけているようだったので、遠目からでもまさに軟派なことをしているのが分かった。
「まったく、どうしようもない人ね!」
ヒナコは思わず声を上げると、カツヤの元へと駆けていって腕を掴み、強引に連れて戻ってきた。
「おいおい、もうちょっとで連絡先をゲットできるところだったんだぜ? 余計なことをするなよな」
「何が余計なことなのよ! 仕事もしていないくせに! どうせなら、ここに置いていきたいくらいだわ!」
「そうしてくれよ。今なら、まださっきの子をつかまえられるからな」
「バカなことばっかり言っていないで、さっさと車に乗りなさいよ! 巡回を続けるんだから!」
ヒナコはそう言うと、カツヤをバンの後部シートの中に押し込もうとした。
「ちょっと待った! 何をするつもりだ? 俺は発症者じゃないんだぜ?」
「前には二人しか乗れないんだから、仕方ないでしょ! 我慢しなさい!」
「だったら、お前が後ろに乗るべきだろ? この中で一番チビなんだからな」
ヒナコがふてぶてしく拒むカツヤに苦戦していると、タツオが手を貸した。
「ヒナコと俺は前、お前は後ろだ! そっちのほうがお似合いなんだよ! カエルじゃないが、ナマケモノ現象の発症者なんだからな!」
やがて、二人が何とかカツヤを五人の男たちの端に押しやると、ドアを閉めた。
カツヤは窮屈そうに体を屈めながらも不満顔を見せていた。
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