第十二話 記憶の中の少女①
二つのケースを抱えながら楠川駅の改札を出たノボルは、いつものように隣接するコンビニで湿布を買うと、すぐに店を出た。
店内だけではなく、外も明らかに混雑していた。
しかも、駅前には赤と緑の豆電球に縁どられたハート型のオブジェが設置されており、何組ものカップルが長い列を作って記念写真を撮っていた。
ノボルは人混みを避けるようにしながら、少し早足で通りの脇を進んだ。
毎年、この時期に必ず流れる曲が、あちらこちらから聞こえてくる。
そして陽の暮れかけた駅周辺の商業施設がきらびやかにライトアップされ始めると、恋人同士の距離もより縮まる。
睦まじそうに手をつないでいたり、相手からもらったプレゼントを大事そうに抱えていたり、見つめ合いながらおそろいのドリンクを飲んでいたり。
そんな中、ノボルはリュックから取り出したエコバックに湿布を入れると、さらに足早に歩き続けた。
まだ腕や太腿に張った感じが残っている。
それは、肉体を酷使する重労働に耐えた証拠だった。
今日も一日、がんばったね………。
自分をそっと労うノボル。
誰も優しく声をかけてなどくれないばかりか、そんなことを言われるあてもなかったからだ。
でも、過酷な日々は、この先も続く。
明日も、明後日も。
と、ノボルが拭いようのない憂鬱さを背中にジトっと感じていると、通りの真ん中でしきりに動き回っている若い女性がいるのを見つけた。
年齢的には二十代半ばほど。
鶯色の髪に瞳。
まるでお堅い仕事を思わせる薄紫色のユニフォーム。
襟には釣鐘のデザインのバッジ。
そして、脇目もふらずに配っているチラシらしきもの。
まるで、コスプレ系ガールズバンドのメンバーがライブの案内告知をしているようでもあった。
ウグイスバンドガールっていう感じかな………?
ノボルはニックネームをつけながらその女性の近くを横切ろうとした。
その時、妙なことを言っているのが聞こえた。
「嘘じゃないの! このままでは、これが最後になってしまうのよ! 信じられないかも知れないけど、本当のラストクリスマスよ!」
ウグイスバンドガールは小脇にチラシの束を抱えながら真剣かつ必死に訴えているようだったが、道行く人たちは明らかにそれを避けながら歩いていた。
そのためか、次第に、なかば強引に手渡し始めた。
怪しい人かも知れない………。
不審さを覚えたノボルは、目を見ないように顔をそむけてやり過ごそうとした。
「だから、情報がほしいの! これを持っている人の手がかりが! どんなことでもいいから! あるいは、もし心当たりがある人は、このチラシを渡してほしいの! 地球と人類のために!」
ところが、ウグイスバンドガールはそう言うや、ノボルの手にも無理矢理チラシを押し込んできた。
間違いなく変な人だ………!?
ノボルはそう思うやチラシをエコバックにねじ込むと、逃げるように小走りで立ち去ろうとした。
すると、急に声が聞こえなくなる。
ひょっとして、追いかけてきているのでは………!?
そんな予感がして咄嗟に振り返ってみたところ、ウグイスバンドガールはチラシを配るのをやめて左の手首のあたりを見ているようだった。
が、背中を向けていたので、何をしているのかはっきりとは分からない。
今のうちに………!
ノボルは勘づかれないように注意しつつ、足音を立てずに駆け出した。
そして、数メートルほど先にあった角を曲がる際、再度ウグイスバンドガールをチラッと見た。
あれ………?
いない。
通りの奥にも、車道の向こう側にも姿が見えない。
………。
ノボルは不可思議な思いを抱きながらも、とにかくその場を去った。
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