8.ターニングポイント
大変お待たせしました!!
更新するのが遅くなり……というかほぼほったらかしにしていました。
すみません。夏休みに入ったのでちょこちょこ更新していきます!
「はじめまして~。俺は紫陽、SCAIRのセンターやってます。お姉さん大丈夫そ?顔、青白いけど」
本物が目の前にいるんだろうな。
私の心配をしてくれているのだろうか。
アイドルって、なんていうかもっと軽いイメージ持っていたけど、そうでもないのかもしれない。
声が心配の色を帯びているからって安直すぎるかな。
「とりあえず、握手しよっか?」
私の反応がないから、相手がこちらの顔色をうかかがって聞いてくれている気がする。
申し訳ないな。
「うわっ、手、冷た。本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫です。この手の冷たさはいつも通りなので」
なんとなく、だけど。優しい気がする。この人モテるんだろうなぁ。
って、アイドルだから当たり前か。
「君って名前なんていうの?」
ゆっくりと手の熱をうつしてくれながら彼は私の顔を覗き込む。
突然整った顔が近づいてきたことで、内心ドキドキしながら
「美曲です」
立ち消えそうな声で答える。
あぁ、この声、顔、気配りの三点セットがあるからこそこのグループは女性受けがいいんだろうな。
だってこの人だけじゃなくて、あと4人いるんでしょう?
「美曲さん、だっけ?来てくれてありがとう。今日は楽しんでいってね」
どこか含みのある笑いを頬に浮かべながら彼は言葉を続ける。
「……ね」
何かつぶやいていたようだけど、私の耳はその音を拾うことなく。
「あの、何か?」
恐るおそる聞いてみるけど、
「ねぇ、君ってファンなの?」
思っていたような答えは返ってこなくて。
少し砕けた口調ではぐらかされた気がする。
でも、質問には答えたほうがいいだろうし。
「いえ、友人に誘われたので」
正直にそういうと、
「へぇ、そっか」
うって変わって興味を失った声色がきこえたかと思うと、
「そろそろお時間です」
近くに控えていたスタッフの声がつづいてきこえた。
「あ……」
会話という会話もろくにせず、あっという間に握手会は終了を告げた。
「ん、じゃあね、美曲さん。また、後で」
「はい、ありがとうございました」
なんか最後に『また、後で』っていう不穏な言葉がきこえた気がするけど、きっと気のせいだろう。
だって、ごくごく普通の女子高生をアイドルである彼がもう一度会う、なんてことは物語でしかありえないのだから。
それよりも……。握手会終わっちゃった。
由紀とははぐれたままだし、このあとどうしようか。
連絡先、きいてないしなぁ。
紫陽くん、か。紫陽花っぽい名前。確か花言葉は、「移り気」に「浮気」。
ん~、なんというか、アイドルに合ってないというか。アイドルがやっちゃいけないナンバーワンだよね……。
ま、単なる花言葉だし、紫陽花がもとになってるって決まったわけじゃないし。
って、完全に現実逃避だよなぁ。
ん?なんかまわりが騒がしい気がする。ざわざわしてるっていうのかな。
あんまし見えないからみんながどこを見てるのかわからないの、いたいな。
「ねね、あのコめっちゃ可愛いんだけど!!」
「それな~」
「あのこ、誰か待ってるのかな?一人なら話しかけてみよーかな」
「ちょっと、だめだよ。こんな推しのいる世界でナンパなんてしていいわけないでしょ!?あんたの頭の中どうなってんのさ」
こんな会話が美曲から少し離れた場所でされていたとか、いないとか。
「み、わ……」
やることがなくてそのままその場所でぼーっとしていたら、息も絶え絶えにこちらに向かってくる由紀の姿が見えた。
「美曲、無事?」
ええと、文脈がわからない。
「無事、だけど、何か心配になることあったの?」
「……、美曲が鈍い子で良かった」
「ん?」
訳が分からないけど、いいのだろうか?
なんか彼女のなかでは納得しているようだし……。
鈍いって、ほめことばではなんだけど。
まあ、いいっか…?
「どうだった?握手会」
ふんすっていう鼻息の音がきこえそうなくらい興奮している彼女を前にすると、些細なことだったんだろうなって思っちゃうし。
今日は楽しむって決めたんだから、ね。
由紀に心配をかけないように。
「楽しかったよ!!前に並んでいた人と仲良くなったし、顔も見れたし……。誘ってくれてありがとう!!」
これは本音に近いウソ。だって誘われてなかったら絶対関わらなかった世界だから。
〝芸能界”なんて。
「どういたしまして!よ、よかったぁ。結局誰と握手したの?」
「紫陽くん」
一瞬、ほんの一瞬のことだった。
安心したような表情が一変した。
まるで彼女が目を大きく開いて、苦しそうな表情を浮かべたように見えた。
「そっか、紫陽くんね。そっか、そっかぁ」
「どうかした?」
彼女の様子が少し変になった気がした。
私の口から紫陽という言葉が出たことによって。
「ううん、なんでもない。ただ、陽華くんのところに一緒に並びたかったなぁってね。ちょっと、ほんのすこ~し思っちゃっただけだから」
恥ずかしいのか早口でバババっと話して、
「そういえばね!こっちはこっちで楽しかったんだよ!」
無理に話を変えた。
もうふれてほしくないんだろうな。これが正解。
彼女を傷つけないようにするのは、これが正しい。
「ん~?詳しく聞かせて~?」
「任せて!
んー。じゃあこれから帰るまでずっと推しの尊さについて語りつくしちゃおう!まずはね、陽華くんはあいかわらずのイケメンで、その顔面の威力っていうの?顔面…そう顔面偏差値が100くらいいってて、美の暴力を浴びてきた!
あとは、そうそう、握手の時間は短かったけどもう対応が神!仏!ぜったい私の先祖に陽華くんがいたんだよ!」
ふふふ。楽しそう。
心から好きって感情があふれでてて、隣にいる私までも気付いたら笑っている。
〝しあわせ”ってこういうことを言うのかもしれないな。
このとき私は紫陽くんの言ったことを深く考えずにいた。
たぶん、もう頭の片隅にでも追いやっていたのだろう。
ほんの数十分先で、この一言が重大な出来事、ううん出会いをもたらす――人生のターニングポイントになるなんて思ってもみなかったのだから。