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「……やっと一段落、ね」
ジャニスが深い、深い溜め息をついた。俺とミミも疲労困憊だ。
重症者を中心に、ジャニスは治癒魔法をかけて続けていった。俺とミミはその補助だ。
正直、グロく爛れた皮膚や、腐り落ちそうな手足を触り、支えるのにはかなりの抵抗があったが四の五の言ってはいられない。指示された箇所を持ち上げたり、下ろしたり、包帯を巻いたり……そんなことを繰り返していた。
これは肉体的というより遥かに、精神的に恐ろしく疲れた。助かる見込みがない犠牲者を、ジャニスが片っ端から見捨てていったのも大きい。
かすれた声で救いを求める冒険者に、ジャニスはレイ大司教に「楽にしてあげて」と安楽死を要請していった。勿論大司教は戸惑っていたが、「苦からの解放がイーリス神の教えではなくて?」とのジャニスの言葉に反論できなかった。
結局、治療できたのは瀕死だった20人余りのうち半分程度だった。その半分も、どこまで生きられるかは分からない。
こんな地獄絵図は、テレビの向こうでしか見ることがないと思っていた。しかし、これは……紛れもない現実だ。
「……どうして、ジャニス様は……命を見捨てられたんでしょう」
ミミが涙目で言う。やはり、ジャニスの行動に納得していなかったのだ。
「『トリアージ』だよ。聞いたことは?」
フルフルとミミが首を振る。
「生死に優先順位を付けて、助かる可能性がある人から順番に治療していくって奴だ。例の大震災の時によくこの言葉を聞いたよ。無駄な労力を割かず、最大の人命を救うには合理的な判断さ」
「ユウ君、色々なことを知ってるんですね。年上、だからかな」
「……大したことじゃねえよ」
そう。大したことじゃない。俺は前の世界では、ただの半端モノにすぎなかった。自分の意思を持たず、ただ流されるだけ。その結果が、あの無様な死に様だった。
ただ、もっと本は読みたかった。勉強自体は、きっと嫌いじゃなかったんだろう。金がねえという理由で、塾も通信教育も一切やらせてもらえなかっただけで。
だからだろうか、妙に記憶力だけはいいのだ。もし、学ぶ機会があったら……俺は全然違う人生を歩んでいたのかもしれない。全ては後の祭りだが。
それにしても、トリアージみたいな判断をジャニスがしたのはかなり驚いた。どこで学んだのだろう。あるいは、自発的にそういう判断をしたのか。
「貴方たち、休んでいる暇はないわよ」
後ろからジャニスの声が聞こえた。俺たち以上に疲れているはずなのに、相当にタフだな。くぐってきた修羅場が違う、ということなのだろうか。
「向こうの家で作戦会議をやるわ。ミミ、貴女の新しい義体についても話すから、そのつもりで」
*
「まず、前提として彼らの行動を把握しておく必要があります」
ハンスはそう言うと、ノートに鉛筆で地図のようなモノを書き始めた。
「博士の証言によると、街に下りていったザッシュとマイクは居住可能区域外へと退いていったそうです。ここにおける瘴気の濃さが頻繁に上下し、かつ徐々に上昇していることからして、彼らが徐々に東に向かおうとしているのはうかがえます」
「一直線にこちらに来ない理由は、何かあるのか」
リーベルト大統領が不思議そうに言う。確かにその通りだ。
「そもそも、『ジェノサイバー』がなぜ人里に下りてこなかった、です。そもそも『ジェノサイバー』とは何なのか。20年前含め、過去の事例から判断するに……瘴気による一種の変異であると考えられます。これは博士の仮説ですが。
そして、変異により魔獣へと変化した肉体は、一定の濃度の瘴気がないと生きられなくなる。これが、これまで決して居住区域に彼らが入ってこなかった理由と推測されます」
「それがどうして、今回入ってきたのだ」
「マイク・プルードンの存在ですよ。彼は何らかの方法でザッシュを操り、あるいは理性を取り戻させ……彼をレイモンドへ連れてきた。
そして、瘴気を補充できる何かを彼は持っている。それを補充しながら、彼らは徐々にこちらに向かってきている」
「瘴気を補充できる何か、だと?」
「ええ。瘴気とは、魔力の塊である魔石が揮発したもの。ないしは気体化したものと博士から聞いています。つまり、魔石を豊富に持っている状況ならば、『ジェノサイバー』ことザッシュ・ラブは移動できるのですよ」
「そういうことか」とモラント会長が慄然として呟いた。
「さっきの話からして、マイク・プルードンは居住区域外でも活動できる。瘴気を無効化できる、マナキャンセラーのようなものを持っているから……そして、それを使って、高純度の魔石鉱脈に接触した……!!」
「恐らくは。通常、魔石鉱脈での採掘作業は困難を極めると聞いています。変異、ひいては死の危険性を覚悟での長時間作業となりますからな。
だが、マナキャンセラーさえあれば、その危険性は大幅に軽減できる。博士がマナキャンセラーの開発をレイモンドで行っていたのも、それが目的の一つだった」
「とすると……今後はどうなる。そもそも、奴らの狙いは何だ?無制限に東へと侵攻できるわけでもないだろう」
「ここからは私の推察になりますが……セルフォニアの意を汲んだマイク・プルードンにとっては、レイモンドの支配権を確立することが目的なのですよ。
ザッシュを使ってレイモンドの住民たちを追い払い、ここにいる残党を駆逐できれば、当面レイモンドには誰も立ち入れない。
そして、豊富な魔石を彼が採掘し、何らかの手段でセルフォニアに流す……要は、稀少資源の独占が狙いかと」
「えげつないわね」とジャニスが嫌悪感を隠そうともせず言った。
「そのためには人の命なんてどうだっていいってこと?まあ、あのグランならやりそうなことだわ」
「彼は徹底した合理主義者です。人間性を欠いた判断を、平気でできる男です。それは、お嬢様も重々承知のはず」
「ええ。ただ、彼らの目的はまだ完遂されてない。そうよね?」
「然り。彼らは必ず、ここにやってくる。その出端を挫く」
ハンスが地図に何かを書き込んだ。車の絵だ。
「瘴気濃度が再び大きく高まった時、私とお嬢様が車で向こうに向かいます。無論、マナキャンセラーの試作品を持ってです。
お嬢様には、後であれの応用的な用途をお伝えしますが……お嬢様が魔力限定の防護壁を張った上で、私が2人を『処理』いたします。後はお嬢様が吸魂魔法で魂を吸い上げればよろしい。これが第1の計画です」
「第1の計画?どういうことだ」
大統領にハンスが頷く。
「正直、これだけで上手く行くとは思っていません。ザッシュの恩寵は『液体化』。触れた物や人を液体にするのみならず、自分自身も液体になれるというものです。
魔獣と化した今でも使えるのかは不明ですが、もしそうだとしたら相当に厄介です。私とお嬢様だけでは対応できない可能性がなくはない。
そこで、補佐ができる人間を何人か用意しておく必要があります。まずはランカ嬢。魔力攻撃に対する対応、及び治癒魔法による補助を担って頂きます」
そして、ハンスが俺の方を見た。
「……俺か?」
「ええ。貴方の恩寵は、ザッシュと相性がいいはずです。液体となった彼を、固形にすることができるからです」
「だけど、俺の恩寵はこの身体で制限されてるんだぞ?」
「その制限を、一時的に解除します。その方法は、ラスカ嬢が知っていますのでご安心を。それで、かなり動けるようになるでしょう。
最後に、ミミです。彼女の恩寵は、発動さえすれば確実に相手を『食らい得る』。マイクはできれば生け捕りにしたいですが、悠長なことも言ってられない」
ミミは困惑したように「私……ですか」と呟いた。
「そうです。貴女には新しい義体が用意されています。レナード博士、そしてラスカ嬢が命懸けでここまで運んだものです。これに入ることで、貴女の身体的・そして魔力的制限はほぼ解除されるはずです。
義体は隣の部屋に用意してあります。こちらへ」
隣の部屋には、棺のようなものが置かれていた。これを持ってレイモンドからここまで来るのは、かなり大変だったはずだ。
ハンスが棺の蓋を開ける。……そこにあったのは。
「噓……」
ミミがなぜか絶句している。俺にその理由は分からないが、その義体の外見には正直戸惑った。
棺に寝ているのは、驚くほどの美少女だった。
ただ、その顔立ちはこの世界の人間とは少し違っていた。……そう、あたかも日本人のように。
「おい、これはどういう……」
その次の瞬間、ミミが漏らした言葉に俺たち全員が耳を疑った。
「……これ、私です。私が生きて、成長してたら……こんな感じでした」




