4-3
「ハンス殿?」
リーベルト大統領が怪訝そうに私を見た。私は、「いえ、何でも」とその場をやり過ごす。
病床の博士が小さく息を付いた。
「ま、君の動揺は、分からんでも、ないっちゃ。マナキャンセラーは、対セルフォニアの、核やからね。
ただ……あの男が着けとったんは、多分、俺のよりは、効力が弱い、はずっちゃ。俺が、試作品を『横展開』――一種の防護壁として『解放』したんを見て、かなり驚いとったからな」
「その『横展開』とか『解放』とは」
「魔石の中にある魔力を、引き出すこと……それが、『解放』っちゃ。稼働時間を短くする代わりに……『場』を自分の周囲ではなく、壁状に展開することも、可能、たい……」
博士は息切れして、いかにも辛そうだ。「ここからは私が」と、ラスカが説明を受け継いだ。
「博士はそうやって……私たちをザッシュたちから逃がしたんです……。ザッシュとマイクという男は、『時間切れだ』と言って博士にはとどめを刺さなかったそうですが……」
「『時間切れ』?」
「ええ……何が時間切れだったのか……」
「ラスカ」とリーベルト大統領が呼びかけた。
「お父様」
「ここは危険だ。魔石、ひいては『大穴』の研究をしたいというお前の気持ちは分かるが……ここからは退かないか」
「そこは譲れません。博士が、そしてウェスの意思を継げるのは……私だけなんです」
ラスカがキッとリーベルト大統領を見上げる。私は少々驚いた。
「親子だったのですか」
「ああ。エネフの大穴、そしてそこから来る瘴気はカルディアにとって建国以来の宿痾であり続けてきた。それを何とかしたいと、この子は子供の頃からずっと言ってきた。
亡くなった妻同様頑固でね……姓も妻のものだよ。魔法の才に恵まれてしまったのは、いいことだったのか悪いことだったのか」
「ククッ」と博士が笑った。
「まあ、あんたが……『聖都ミアン』の魔法学院に、この子を通わせていたのは……僥倖やった。おかげで、俺は、最後の弟子を……手に入れられたんよ」
「……博士」
「……話を元に戻すと、な。多分、向こうの稼働時間は、俺のより、短い。もう片方の男も、防護服を、着込んでいた、たい。『場』の力も、それほど、強くは……ないっちゃ」
博士は苦しそうに喋っている。呼吸をするだけでも辛いだろうに、凄い執念だ。
「……ありがとうございます。さっき言ってた『展開』とやらは、ジャニスならできますか」
「あの子なら、余裕っちゃ」
「了解です。その後の2人の動向は」
「……分からん。ただ、こっちに、近づいてきている、気がするっちゃ」
やはりか。ただ、そうなると幾つかの疑問が生じてくる。
まず、なぜ「ジェノサイバー」――もとい、ザッシュは今更居住可能区域を越えて侵入してきたのか。それができるなら、数カ月前に既に行っていたはずだ。今動いたのには、恐らくそれなりの理由がある。
そして、そこにマイク・プルードンがどう関わっているのか。マイクが来なければ、ザッシュは動かなかったはずだ。
そもそも、なぜマイクはレイモンドを訪れたのか。ザッシュの一件を知っていたからなのか。だとすれば、ただの冒険者であるマイクが、なぜそれを知り得たのか。
……まさか。
「……博士、一つ、訊いていいですか」
「……うむ」
「シャキリ・オルドリッジと会ったのはいつですか。そして、会ったのはレイモンドで間違いありませんか」
「……1カ月ほど、前っちゃ。会ったのはレイモンド、たい」
……やはりか。嫌な予感は的中するものだ。
シャキリは、恐らく……セルフォニアの諜報員だ。表向きは流れの医者として動きつつ、その実は各地の情報を本国に流している。
そしてその過程で、ジェノサイバー、及びザッシュ・ラブの情報がマイクに流れた。そう考えると辻褄が合う。
とすれば、マイクはクリブマンにいたあのダミアン・リカードのように、破壊工作員的な立ち位置で動いているということか。
理性をなくしているはずのザッシュを連れ歩いていたことからして、転生者である疑惑はかなり強まった。マリー・ジャーミル同様の精神操作系か、あるいは肉体操作系の能力者か。
「時間切れ」というのも恐らくはそれに関連したものだろう。相手の手の内が少しだが見えてきた。
この推測をレナード博士に告げるべきか、私は迷った。
私はシャキリ・オルドリッジとは会ったことがない。「死者すら治してしまう世界最高の医者」程度の認識だ。むしろ敵である可能性が極めて高い。
私が「切り札」を使い粉微塵にしたはずのグラン・ジョルダンが、なぜ今も健在なのか。それは当時セルフォニアにいたシャキリが、彼を「蘇生させた」からだと推測している。少なくともジャニスはそう決めつけている。
だが、博士にとってシャキリは長年の友人だ。「医者としても人間としてもこの上なく信用できる人物たい」と、常々聞かされていた。
シャキリがセルフォニア側の人間である疑いは、何度となく博士に告げてきた。それでも、「奴があんな連中に味方するわけがなか」と聞き入れるそぶりすら見せなかった。
今更、それを告げて信用してくれるだろうか。そもそも、今際の際にある博士に、この推測を伝える意味がどれほどあるのだろう。
ふっと、博士が笑った。
「……まあ、お前の考えていることは、何となく、分かるっちゃ。シャキリを、疑っとるんやろ」
「……ええ」
「……俺には、あいつが、セルフォニアと繫がっているとは、どうしても、思えんと。何か、理由が、あるたい。それに、今大事なのは、レイモンドの、奪還っちゃ」
「……そうですね。それは確かです」
私はラスカの方を向いた。そう、今考えるべきはどうザッシュとマイクを倒すかだ。
「ザッシュについて知っていることを教えてください。分かっているなら、彼の恩寵含めて」




