4-2
「お待ちしておりました」
ジェットコースターで錐揉み回転をさせられたような感覚を味わった後、私たちは気が付くとひんやりとした薄暗い部屋の中にいた。ヴァンダヴィルの「転移装置」同様、祭壇のような所にいるらしい。
その下には、恭しく跪く60過ぎぐらいの頭がやや禿げかかった男と、白髪の50歳ほどの男がいる。後者には見覚えがあった。
「……ジェフリー・モラント会長、ですか」
「ご無沙汰をしております、ハンス・ブッカー様。こちらがカルディア大統領、スティーブ・リーベルト閣下です」
禿げかけの男が小さく頷いた。
「私がリーベルトだ。ハンス殿、ジャニス殿、遠路はるばるご苦労であった。貴国、そしてフリード皇太子陛下の協力には、いつも助けられているよ」
「こちらこそ『転移装置』の解放、ご協力感謝いたします」
「何分こちらも国家存亡の危機になりかねんのでな。この程度の出費は全く問題はない。外に車を待たせてある、急ぎ向かおう」
転移装置は国会の地下深くにあったようだ。ヴァンダヴィルのものも王宮地下にあったが、古代魔法文明は今の文明より相当に進んでいたようだ。
少なくとも、私がかつて生活していた元の世界よりは上だろう。転移装置なぞ、数百年経過しても完成できていた気がしない。
国会の正門には、1960年代ぐらいにありそうな古い型のセダンに近い車が2台停まっていた。20世紀初頭程度の文明レベルであるこの世界においては、かなり進んだ車なのは明白だ。
「……これは」
「30数年前にある転生者が作ったものに、レナード博士が手を加えたものだ。普通の車よりは、大分速い。この2台しかこの型はないがね」
前の車の運転席はモラント会長がハンドルを握った。助手席にリーベルト大統領、私たちは後部座席だ。流石に乗り心地は硬いが、これでもこの世界の車にしては頑張っている。後ろの車にはモラント会長の部下らしい中年男性、そしてユウとミミが乗った。
「行きますよ」
モラント会長が言うと、一気に車は加速した。エンジン車ではあり得ないほどの加速度に、私は内心驚く。
「……凄いですね。レナード博士はこんなこともやっていたとは」
「20年ほど前にこっちに最初に来た時から、定期的にこいつには手を入れていたんですよ。純度の高い魔石さえあれば、かなり長く、かつ速く走れます。
私もこいつに乗って、よく視察に向かってますよ。燃費はかかりますがね」
「貴方の私物だったのですか。随分と高価だったんじゃないですか」
「博士からの御礼の品ですよ。レイモンドは私の父が開拓した街でしてね。魔石採掘では父とレナード博士は協力関係にあったのです。
志半ばで父が倒れてからは、私が跡を継ぎました。魔石採掘は危険があまりに大きいので、今は人材派遣と冒険者斡旋が事業の軸ですけどね」
「博士が危篤という話は」
モラント会長が沈痛な面持ちになった。
「……聞いています。彼は私の親友でもある。……そこまで病状が悪いとは」
「私が会った時はそうでもなかったですが、それでも喀血はしていた。病が全身に回っているのは、確かなのでしょう」
「……そうですか。せめてレナードが、そして父が愛したレイモンドだけは取り戻さねば……」
車はかなりの速度で街道を走っていく。時速は60km/h以上は出ているだろうか。もちろんオフロードだから振動はかなりのものだ。車酔いに耐えているうち、3時間ほどして目的地である避難地「カーの村」へと辿り着いた。
「……かなり酷いな」
リーベルト大統領が、車を降りるなり呟いた。グリーブから派遣されたと思われる救護隊の馬車と、慌ただしく走り回る医者とイーリス教会員ばかりが見える。
「うええ……酷く酔った。何でゲロは出ないのに吐き気だけするんだよ……」
後ろの車からはよろよろになったユウが降りてきた。ミミは意外と平気なようで、「大丈夫?」と彼を支えている。
「大統領!!」
テントから中年の女性が飛び出してきた。イーリス教会の人間のようだ。
「レイ大司教か。視察が遅れ申し訳なかった。ここの状況については聞いていたが、思いのほか酷いな」
「避難に成功したのは全人口の8割程度、2298人です。カーの村では収容しきれない分は、周辺の別の村に回してます。ここにいるのは重症者ばかりで200人ほどです……既に、50人超は亡くなったかと」
「……そうか」
確かに薬品の臭いに混じって屍臭がかなりしている。そこかしこにある土饅頭は、土葬の跡だろう。
状況の酷さを察したのか、ジャニスが前に出てきた。
「私に手伝えることはあって?」
「貴女は……」
「ジャニス・ワイズマン。イーリス教会員なら、名前くらい聞いたことはあるはずよ。治癒魔法は専門外だけれど、それでも中等魔法程度なら使える。少し、手伝わせて頂戴。
ハンス、レイモンド奪還についての話し合いは貴方に任せるわ。ミミとユウは、とりあえず私の補助を」
レイに案内されて3人がテントへと消えていく。たまにふらりとテントから出てくる冒険者は、歪な角が生えていたり顔の半分が真っ黒になっていたりと酷い有様だ。あれでも恐らくはまともな方なのだろう。
「瘴気の治療に、治癒魔法は効くのですか」
「私は専門外なのでよく分からない。変異は不可逆的なものだとは聞いている。治癒魔法は変異を食い止めるぐらいの効果しかないらしいが、それでもないよりはマシだ。
レナード博士のいるテントはこっちらしい。まだ存命だといいが」
村の奥の方にそのテントはあった。入ると、簡易ベッドに寝かされたレナード博士と、その看病をしているラスカが見えた。
「博士」
「……よう、来たたい。ジェフリーも、一緒か」
起き上がろうとする彼を、ラスカが「無理しないでください」と留めた。ラスカは見たところほぼ無事だ。
博士はというと……肌が全て気持ちの悪い紫色の鱗状のもので覆われていた。顔の作りはかつての博士だが、尋常でない状態なのはもはや疑いがなかった。
「ザッシュ・ラブの討伐の件で伺いました。……お身体は」
「……見ての、通りっちゃ。ま、もうそろそろ、喋れんように、なるたい……げふっ」
そう言うと博士は激しく吐血した。ラスカが慌ててそれを拭き、「お願いですから、無理はしないでください……」と涙目で告げた。
「……いや、話さなあかんことが、あると……。マナキャンセラー、あいつも、持っとったわ」
……そんな、馬鹿なっ!??
「あいつ……まさか、マイク・プルードンが!!?」
「そんな、名前なんか。俺のものとは、違うものみたいやけどな……少なくとも、瘴気は無効化、しとった」
どういうことだ。セルフォニアにそんなものを開発するだけの技術力があったのか。
……いや、可能性はある。レナード博士は4年間軟禁されていた。その間、彼は魔石を中心とした研究に強制的に従事されていた。その時の成果を誰かが受け継いでいれば……似たようなモノが作られていても不思議ではない。
「誰が作ったか、心当たりは」
博士は目を瞑り、ごく小さく首を横に振った。
「魔力遮断の原理を、実用に落とし込むのは、難しいっちゃ。できるのは1人おっとったけど、もう死んどる」
「……『彼女』ですね」
「……ああ。だが、向こうには……転生者が、何十人も、おる。その中に、どうにかできるのがいても……不思議じゃない、っちゃ」
確かにその通りだ。転生者の恩寵の中に、解析能力に優れたものがあっても驚きはしない。
だが、私の直感は別の可能性を告げていた。それは、「より悪い」可能性だ。
博士が転生者に強い憎しみを持ち、亡命を決意したのには強い理由がある。
セルフォニアには、博士が公私両面の伴侶と定めた才女がいた。名は、ポーラ・ジョルディア。ストーニア大学で史上最年少の教授職に就き、私やジャニスの恩師でもあった女性だ。
そして6年前。グランは、叛意を理由に――彼女を処刑した。そう聞いている。
そう。レナード教授に匹敵する頭脳である彼女ならばマナキャンセラーは作れる可能性がある。
そして、私が想像したのは……酷く悍ましい可能性だ。
一度死んだ肉体を蘇生できる転生者は、存在する。これは、確度の高い推測だ。
そして、生き返らせた肉体を意のままに操れる人物がいたとしたら?あるいは、別人の魂を受肉させ、その知識だけを自在に使えたとしたら?
その可能性は、ゼロではない。
シャキリ・オルドリッジ。世界最高の医者であり、恐らくは転生者。
私は、彼の影を強く感じていた。




