3-8
噓のように長いテーブルには、山のように盛られた肉料理が並んでいた。香辛料が利いているらしく、複雑な香りが強く漂っている。
ケルヴィンはその端に座り、俺たちを座るように促す。さっきまでいた妃らしい女性は同席しないようで、ここにいるのは野郎ばかりだ。
「さあ、英雄の帰還を祝おうじゃねえか。この前の龍の肉を使った料理だ、これを食って精を付けようぜ」
満足げなケルヴィンとは対照的に、ダリルの表情は暗い。それに気付いたのか、「どうしたんだよ」と訝しげにケルヴィンが訊いた。
「……いえ。特には」
「牢にいる『龍の巫女』のことを考えてるのか?んなの気にしても仕方ねえだろ」
「……そういうわけではないです。あまりお気になさらず」
ダリルという男はどこか陰気な感じだ。ドノムからは、元から物静かな人物だったと聞いている。憑依した転生者も、似たような性格なのだろうか。
「ならいいじゃねえか。おっと、ユウは酒飲めたか?」
「嫌いじゃないです」
「そうかそうか、そりゃあ結構だ」
侍女が俺のグラスに白い酒を注いだ。何かのハーブのような匂いがする。アルコール度は高そうだ。……この状況、正直酔えるようなものじゃないのだが。
俺の向かいにはダミアンが座っている。相変わらずニヤニヤと笑っているが、俺を常に警戒しているのは明らかだ。俺にはこいつがどれだけ強いかはさっぱり分からないが、少なくとも簡単に何とかできる相手では全くなさそうだ。
「じゃあ、クリブマン、そしてカルヴァーンの未来と栄光に、乾杯!」
ケルヴィンは酒を一気に喉へと流し込む。俺も仕方なくそれにならってグラスを飲み干した。相当強烈なアルコールに、思わずむせる。というか、ハーブの癖が強すぎて味自体もかなり微妙だ。
「ハハハ!レヴリアにはそこまで強い酒はねえからな。まあ、『アリュマ』は精が付く酒だ。明日に備えてくれねえとな」
「……というと?」
「決まってるだろうが、お前ともう一人の異種族をまぐわらせるんだよ。番なんだろ?」
カカカとケルヴィンが高笑いする。つまり、俺にミミを犯せと?
しかし、この身体には性器はない。というか、排泄するための器官自体がない。物理的にそれは不可能だ。
「え……いや、その……そもそも何のために」
「あ?ただの余興だ。そして、俺もご相伴にあずからせてもらう。異種族のは人間とは違った『食べ心地』があるからなあ」
ペロリとケルヴィンが舌なめずりする。側にいた大臣らしき人物が溜め息をついた。
「そうやってはいつも『壊す』ではありませんか」
「あ?いいんだよそれで。龍に対抗できねえなら捨てるまでだ」
「しかし、彼らはレヴリアの使者。くれぐれも扱いは丁重に……」
「わーってるよ。俺の蒐集には別の個体を加える、それでいいだろ」
ぞくりと背筋に冷たいモノが走った。
こいつ……間違いなく変態だ。いわゆる「ケモナー」なのだろうが、相手のことを一切考えないタイプだ。
異種族に強い興味を持つ理由も何となく分かった。異常性欲を満たすのと、人間の優位性を確認するためなのだろう。龍に対抗するとかというのは、多分建前だ。
とすると……ミミは多分、こいつを殺しかねない。俺もミミもセックスができる身体じゃないとはいえ、襲われたらミミは彼女の「恩寵」を発動するだろう。そうなったら、洒落にならないことになる。
ふと見ると、ダミアンは笑いをこらえられない様子だ。それにケルヴィンも気付いた。
「どうした、ダミアン殿」
「いや、実におかしくてですねえ……彼らに生殖機能は備わっていないのです」
「は?というよりお前、この種族のことを知っていたのか」
「まあ、一応。いやあ、何でフリード陛下が彼らをここに送り込んだのかは分かりませんけど。単純な経済支援のための使者としてユウ君が来たとは、僕には思えませんねえ」
「何が言いたい」
ケルヴィンの鋭い視線が俺に向けられる。……まずいっ。
その時、コンコンとノックの音がした。
「……どうした」
「正門に客人です。ユウ様の連れ、であると」
「ほう、連れ?どういう奴だ」
「兎のような獣人です。ユウ様より少しだけ背丈の低い」
ミミだ。ハンスが援軍にとよこしたのか、それとも俺をここから連れ出すために来させたのか。どちらにしても、この状況で来てくれたのはかなり助かる。
ダミアンは額に皺を作っている。それをよそに、ケルヴィンは怪訝そうに「ここに来させろ」と命じた。
「……お前の番か。明日来るんじゃなかったのか」
「いえ……ただ、彼女なりに考えがあってのことかと。あるいは、本国に異変があったのかもしれません」
「……お前、一体何者だ」
完全にケルヴィンに疑われている。猜疑心の強い男と聞いていたが、これでは彼に取り入るのは不可能だ。
ただ、誰が転生者かは把握できた。俺がなすべき役割は一通り済んだと言える。それに、黙っていてもダミアンが俺が転生者であることを話すだろう。
……覚悟を決めろ。下手に誤魔化すより、こっちの方が時間稼ぎになる。
俺は顔を上げて、ケルヴィンを見据えた。
「俺は……転生者『高松裕二』だ。この器は仮のものでね。俺も詳しくは知らないが、ほとんど世間に出回っていないらしい。
一応はっきり言っておくが、俺とフリード皇太子と繫がりがあるのは事実だ。あの親書も、そっちが然るべき条件を呑むなら間違いは書いてない。あんたをどうこうしようとするつもりは、俺にはねえよ。
それより、ダミアンだったな。何故俺が転生者だと把握してる」
話を振られたダミアンがニイと笑う。
「商人として知っているだけだよ、不足?」
「いや、普通の商人は転生者についての細かい話なんて知らないはずだ。少なくとも、『義体』についてはほとんど知られてないと俺は聞いてる。
それに……あんたも転生者だろ。そして、そこにいるダリル。あんたもだ」
ダミアンの表情が抜け落ちる。ケルヴィンが「馬鹿なっ!!」と叫んだ。
「何を口から出任せをっ!!証拠はあるのかっ!!?」
「証拠はないさ。だが、俺には分かる。あんたも疑問に思ったことはないか?こいつが急に龍討伐に乗り気になるとか、趣旨替えしたとか」
「ちっ」と舌打ちし、ダミアンが俺の方に手をかざした。ミミはまだかっ!?
その時、それまでずっと沈黙を貫いてきたダリルが、「やめましょう」とダミアンを制した。
「……ダリル君」
「俺たちがやるべきなのは、このテディベアを殺すことじゃない。もう少しで、『彼ら』が来る。全てはそれからでしょう。
クリブマン、そしてキャルバーン……ひいてはこのエビア大陸全てを作り替えるために。そのきっかけが、この一件なのではないですか」
「確かにそうだ。彼の存在など些末なことだったか」
「何を言っている」とケルヴィンが呟いた。俺も同感だ。「彼ら」とは誰だ?
「ユウ君っ!!」
その時、入り口からミミの声が聞こえた。やっと来たかっ。
「ミミッ、こっちには来るなっ!!」
「えっ」
「迂闊に動くと危ないっ!こいつら危険だっ!!」
一応、数の上では2対2。ただ、俺たちの恩寵はかなり弱められている。ここでやり合うには、なお不利だ。
ダミアンがミミをちらっと見やった。しばらく考えた後、ダリルに「撃ち方やめだね」と告げる。
「あのウサギ娘も転生者だ。君はまだ転生者になって日が浅いから分からないだろうが、互いの『恩寵』を知らないで手を出すのは危険極まりない。今は君の言う通り『待ち』が正しいね」
ミミが小走りで俺の元にやってきて、泣きながらぎゅっと抱きしめた。
「よかったあ、無事で……」
「俺こそ助かった。正直、ギリギリだった」
本気で安堵した。その場で座り込みたくなる衝動を、俺は何とかこらえた。滅茶苦茶危ない橋を渡ったが、何とかすれすれで渡りきったみたいだ。ただ、まだ助かったわけじゃ全然なさそうだが。
ケルヴィンを見ると、「一体何だって言うんだよ」と呆然と立ち尽くしている。
「だからダリル、何を言っている。『彼ら』とは誰なんだ。『待ち』とは」
「陛下。もう少々お待ちを。全てがそのうち分かります」
ダリルが、初めて笑った。そして、廊下から兵士の断末魔と、誰かが争う声が聞こえてきた。
「何だ!!?何があった!!?」
ケルヴィンが叫ぶと同時に、部屋の入り口から金髪の少女が現れた。純白のドレスは紅に染まり、右手からは血がしたたり落ちている。
……「龍の巫女」?
一体どういうことなんだ。頭が混乱する。
そして、彼女を見たダリルが満足そうに頷いた。
「準備ができたみたいだね、『久美』」
「うん。すぐに来ると思うわ。開幕はいよいよ」
ダリルが長剣を鞘から抜いた。笑みが再び彼から消え落ちる。
「じゃ、そろそろ死んでもらうか。龍に徒なす愚王、ケルヴィン」




