3-7
「もしもし」
ハンスの低い声に少しだけ気分が落ち着いた。口から出る言葉は丁寧だがむかつくものばかりだが、頼りになるのも間違いない。
「今、ケルヴィンから解放された。相談に乗ってもらいたいんだが」
「転生者が見つかりましたか」
「いや、それはまだだ。あいつ、龍ってのを滅ぼそうとしてるぞ。何より目がマトモじゃない」
「その話はドノムからも聞きましたが……マトモじゃない、とは」
「直感だ。俺が前世で会ってきた奴らはろくなのがいなかったが、大体目が『逝ってる』。マトモな思考回路をしてない感じがする。
ミミをここに呼べといったが、何をしでかすか分かったもんじゃない。一応、まだ疑われてはいないみたいだが……」
ハンスがしばらく黙った。
「……これはどうも、引き揚げた方が良さそうですな」
「同感だよ。居心地が悪くて仕方ない。転生者を見つけられなかったのは仕方ないけどな」
「いや、そういう意味ではなく。そこにこれ以上いるのは危険だ、という意味です」
「は?」
その時、誰かが部屋に来る気配がした。「切るぞ」とハンスに告げ、俺は移動電信機をポケットにしまう。
「誰だ」
「ケルヴィン陛下の侍女にござります。ユウ様に是非とも会わせたい者がいると」
「……分かった」
部屋を出ると王宮がざわついている。メイドたちだけでなく、王宮を護る騎士たちもホールに集まっているようだった。
「皆の衆、集まってくれたようだな」
赤の鎧に深紅のマントをたなびかせ、大階段からケルヴィンが降りてきた。その後ろには王妃と思われる少しキツそうな印象の女と、糸目の男がいる。
「かのダリル・ハーランドが『龍の巣』コーバス山より帰還したそうだ。まずは英雄を出迎えてやろうではないか!」
「うおおおおっっっ!!」という歓声が騎士たちから上がる。メイドたちはうっとりとした表情で「素晴らしいですわ!!」とか「まさに戦士の鏡!!」とか叫んでいる。
やがて、ギイィと王宮の扉が開いた。そこに現れたのは、青い金属鎧を着た大男だ。この男がダリルか。
身長は多分190cmぐらいはある。肌は白く、見るからにイケメンという顔立ちだ。視線は鋭く、修羅場をくぐってきた人間なのはすぐに分かった。頰や腕にそれなりの傷が見えたが、そこまで深いようには思えない。
そして、長い金髪の美女が彼に寄り添うようにして歩いてきた。こっちはかなり小柄で、一見幼い少女のようだ。ただ、気品というか威圧感というか、どことなくそんなものを感じさせる。
彼女を見た騎士やメイドが一斉にざわついた。ケルヴィンもやや怪訝そうな顔になる。多分、彼女は初めてここに来たのだろう。
「……よくぞ戻った、ダリルよ。で、今回の戦果は」
「『偽龍』を2匹ほど。コーバス山の麓に亡骸が転がっております。処分はそちらでお願いできればと。
それとこちら……コーバス山に住む『龍の巫女』にございます。捕虜として連れ帰って参りました」
ざわつきがさらに強くなる。ケルヴィンがその表情を歪めて笑った。
「ほう?まさか古のお伽噺に聞く『龍の巫女』が実在したとはな……捕虜というのは誠か」
「間違いございませぬ。陛下、ならびにキャルバーンへの帰順の意も示しております。コーバス山を勢力下に置くのも、時間の問題かと」
「ククク……!!素晴らしい、素晴らしいぞダリル・ハーランドォ!!龍を攻めることを頑なに拒んだ、あの老いぼれとは違うっ!!それでこそクリブマンの誉れだ!!」
「ありがたき幸せ」
さっとダリルが跪く。龍の巫女と呼ばれた女も、同じように無言で跪いた。
「完璧だ、実に完璧だ。なあ、ダミアン殿」
「そうですね。我が『リカード商会』の武具の提供、そしてレヴリアのフリード皇太子の支援。龍を制する時は、間近に迫っておりまする」
ケルヴィンの後ろにいた糸目の男が静かに笑う。ケルヴィンが俺に手招きした。
「皆の者!!!積年の宿願はまさに成らんとしているっ!!!今、クリブマンが龍を克服した最初の選王国となり、キャルバーンを統べる刻が来たっ!!!」
ホールを大歓声が包む。俺はそれに戸惑いながら、「魂見」を使った。
ダリルの魂の色は、当然のように「赤」だ。これは言われている通りでやはり間違いない。
問題は、ここに紛れている転生者がいるかどうか……
……!!!?
「噓、だろ」
俺は思わず呟いた。まさか。こんなはずが。
今、この場所には……俺以外に転生者が「3人」いる。ダリルと……後ろのダミアンという男。そして、ダリルが連れてきた「龍の巫女」、だ。
後ろをもう一度振り返る。ダミアンは細い目を開き、ニタアと薄く笑っている。「全て分かっているよ」とでも言いたげなその表情に、俺は強烈な恐怖を感じた。
逃げるか?いや、ここで逃げれば恐らく全てが水の泡だ。何より、身体能力も恩寵の力も人間の時より大きく落ちた俺じゃ、多分逃げ切れない。
何より、こいつらがどんな恩寵を持っているのかすら分からない。それを見極めず、恐怖に駆られたまま闇雲に逃げるのは、間違いなく悪手だ。
……こんな時に、前世でパシリやらされていた時に身につけた危機察知能力が役立つとはな。皮肉も皮肉だ。
とにかく、一度落ち着いて考えろ。多分、気付いているのはこのダミアンという男だけだ。そして、衆人環視の中で俺を殺すことは、多分ない。
ケルヴィンは俺の異変に気付いた様子はなく、ダリルに「早速勝利の宴と行こうか」とか言っている。大丈夫、まだ幾ばくかの猶予はある。
俺は、ポケットの中の移動電信機を意識した。直接ハンスと話すだけの時間があるかは怪しい。だが、ワンギリさえできれば……あいつなら、俺の異変に気付くはずだ。
ダミアンがケルヴィンに何やら話しかけた。隙ができたその一瞬で俺はポケットをまさぐり、ボタンを押す。それまでの数秒間が、酷く長く感じた。
ケルヴィンが顔を上げ、上機嫌そうに俺の方を向いた。
「じゃあ、宴と行くか。ダミアン殿、そしてユウ。ついてきな」
ダミアンは俺を見ると、「へえ」と一言だけ呟いた。逃げなかったことに驚いているのか、感心しているのか。
そして、俺を転生者とすぐに見破った辺りで、こいつの正体もうっすらと知れた。義体の存在を知っている数少ない立場にあるか、あるいは俺と同じく「魂吸魔法」の使い手か……
決定的なのは、魂の色だ。奴の色は赤でも青でもなく「紫」。つまり、いわゆる「完全憑依」済みであり、なおかつ浄化されることなく、かつ殺されることなく活動している転生者だということだ。
そこから導き出される答えに気付いた時、俺の毛は恐怖で逆立った。
恐らく、このダミアンという男は……セルフォニアの人間だ。
ハンスやジャニスにこの推測を伝えたかった。しかし、そんな余裕なんてありそうにない。
仮にこいつがセルフォニアの人間なら、俺たちの正体に気付いていても不思議じゃない。そして、時機を見て俺を消そうとするだろう。
ハンスは、この可能性に気付いているのだろうか。さっきあいつが「危険だ」と言ったのは、まさかそういうことだったのか。
俺にできるのは、助けが来るのを祈り、そしてそれまで耐えることだけだ。




