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茶を一口飲んで、ドノムが話し始めた。
「クリブマンの戦士の役目は、武術会での勝利のみではござらぬ。いや、キャルバーンの戦士全てにとって、と言い換えても過言ではござらぬ。
その役目とは、古龍との不可侵の契りの維持。互いが互いの領域を侵してはおらぬか、監視に回ることが最大の勤めなのでござる」
「なるほど、いわば国境警備ということね。でも、貴方たちは龍を狩ることがあるのでしょう?」
「知性のない、出来損ないの『偽龍』はよく人里に降りてくるでござる。まず狩るべきは奴らに候。そして古龍の一族、『真龍』も稀に人の領域を侵そうとするでござる。その場合は、戦士団全員が死力を尽くした戦いに赴くことになるのでござる」
ジャニスがビーフンのような料理――ミミが双子に簡単に作り方を教えてもらったという「カブル」を口にしながら「なるほどねえ」と相づちを打つ。
「そして、貴方とダリルは警備の際に彼女に出会った、そういうこと?」
「結果から言えばそうでござる。当時は、先代の『モブリアナ』が亡くなり、龍界は混迷していたようでござる。そして、人界を侵そうとする真龍の一体と拙者たちは出会った」
「それが彼女?」
「いやいや、話は最後まで聞くものでござるよ。その真龍……名は『ヘイズ』と言ったでござるか。拙者たちは人界に向かおうとする彼奴と戦うことになったでござる。
ダリルは才能はあれ、まだ15の見習い戦士でござった。拙者もダリルも奮闘したが、相討ちが精々でござった。ダリルはほぼ息絶え、拙者も全く動けぬ絶望の淵に、もう1匹の金色の龍が現れたのでござる。それが『ミカエラ』……今のミカでござる」
「ん?人間と龍は敵対しているのよね。普通そこで殺さないわけ?」
フフフとミカが笑う。
「龍界にも色々派閥がありますの。ヘイズは私の義理の弟で、どうしようもない暴れ者だった。そして、母様の死後、人界を支配せんと動き始めた。
私はそんな彼を始末するために追っていたところだったのです。そこに、既に亡骸となっているヘイズと、死に瀕した2人に出会った」
「邪魔者を消してくれたお礼としてドノムとダリルを救った、そういうこと?」
「それは答えの3分の1ですわね。私は元々龍界に倦んでいた。100年も生きていると、龍であることに飽きてきてしまうのですよ。そして、人を知ることなく不可侵を維持し続けることにも飽いていた。
もちろん、このような考えは龍界では異端ですわ。なので、母様の後継になるつもりも元々なかったのです。そこに現れた2人は、ある意味渡りに船だった」
そう言うと、ミカが胸元を開けた。「キャッ」とミミが目を逸らす。そこにあったのは、深く真円状に抉れた傷跡だった。
「龍は胸に『龍玉』を持っておりますの。龍が龍たる所以であり、魔力の源でもある。そして、それを外した時――龍は膨大な魔力の行使と引き換えに、人間へと姿を変えるのです。永遠に」
「……つまり、貴女は龍でなくなるのと引き換えに、ドノム氏とダリル氏の傷を癒やした。そして同時に、龍の世界からの諍いからも離脱した。そういうことですな」
「さすが、『セルフォニアの神童』ハンス・ブッカー様ですわ。ああ、お二人のことは龍同士の交流で知っておりましたの。キャルバーン以外の龍と話すことはほぼないのですけど」
なるほど、道理で私たちのことを知っていたわけだ。ただ、レヴリアやセルフォニアにも龍がいるというのは初耳だ。このことは多分フリードも知らないはずだ。
「私のこともご存じとは恐悦至極ですな。それはともかく、龍の世界から離脱するというのは余程の覚悟がないとできぬはず。単なる人間への好奇心だけでそのような重大な決断はできぬでしょう」
「ええ。それが第3の理由ですわ。あの時、ドノム様も死に瀕されていた。にもかかわらず、ダリル様をまず救ってやってくれと私に伝えたのです。
『未来ある若者が逝くのは忍びない、拙者はいいから彼だけでも助けてやってくれ』と。その高貴さに心を打たれたのです。そして、人間を知りたいと強く思った。
ダリル様の傷は深く、ほぼ心の臓は止まっておりましたわ。私が人になるしか、彼を救う手立てはなかった。私に『龍玉』を取る迷いはありませんでしたわ」
「なるほど。貴女がダリル氏を救ったことは、当然知っているのですよね」
「いえ、彼には『龍が傷を癒やした』としか伝えていなかったはずですわ。ねえ、旦那様」
ドノムが頷く。
「ミカが『真龍ミカエラ』であることは、拙者と息子たちしか知らぬことでござる。拙者は人間になったミカを引き取り、やがて伴侶としたでござる。世間には、ミカのことは山で道に迷っていた旅人としか伝えておりませぬ」
「なるほど。ともあれ、ダリル氏は龍に恩義は感じている。それは間違いないですな」
「左様。今の『モブリアナ』はミカの妹殿に候。龍族の中では穏健派と聞いているでござる。以来、偽龍の襲来自体2、3回にとどまっていたでござる」
もぐもぐと口を動かしながら、ジャニスが首をひねった。
「変ね。今回の依頼対象であるダリルは、何匹も龍を殺しているのでしょう?それもわずか3週間の間で。それって、かなりまずいことなんじゃないかしら」
「……左様。龍が命を救った男が、不可侵の盟約を破り龍の地を荒らしている。恐らくはケルヴィン陛下の命によって。それがどのような意味を持つかは、想像に絶するものがあるでござる。
拙者はその方針には断固反対でござった。故に今は表向きは蟄居の身なのでござる。だが、もしこのまま状況を放置していたら……確実に、取り返しの付かぬことが起きてしまうでござる」
「……龍族の反転攻勢、そして戦争。恐らくはとても分の悪い戦争ということね」
ドノムが首を縦に振った。
「今回の依頼金3500万オードは、拙者の全財産でござる。その程度、クリブマンの安寧のためなら安いものでござる。これについては、ミカももちろん同意しているでござる」
「はい。私は旦那様を、そして息子たちを愛しています。そして、クリブマンの人々も、私が捨てた妹――かつては『クミン』と名乗っていたあの子も。どうか、お願いします」
深々と頭を下げる2人に、ジャニスは「分かったわ」と笑う。
「状況はよく分かったわ。改めて、喜んでこの依頼受けましょ……ハンス?」
……どうにも腑に落ちない。
ドノムとミカの言っていることに、恐らく一切の噓はないだろう。状況が極めて危機的なこと、ダリルを浄化しないといけない切迫性も理解した。
だが、彼らの話からすれば、偽龍はともかく真龍まで狩ることはかなりの禁忌のはずだ。それも、人里に降りて害をなしたような個体ではなく、何の罪も犯していない真龍まで殺してしまったことは、既にルビコン川を渡る行為であるように思える。
要は、既に龍族による反撃は起きていても全くおかしくない。あるいは、今晩にでもそれは発生して不思議ではないはずだ。
にもかかわらず、一見この街は平穏を保っている。ダリルも「龍の巣」であるコーバス山に向かっているという。妙に空気が弛緩している。
さらに龍族からすれば、ダリルは全力を挙げて殺さねばならない仇敵であるはずだ。既にそうなっていても全く不思議ではない。
にもかかわらず、ダリルは「翌日にはすぐに全快する程度の傷」しか負っていない。ダリルの恩寵がそれだけ強力・凶悪なものであるとしても、サイズが全く違う存在である龍相手に、その程度で済むだろうか?
私は、何か根本的な勘違いをしている。だが、それが何かはまだ分からない。
「ハンス?」
ジャニスの呼びかけに、私は我に戻った。
それと同時に、移動電信機が震えた。……ユウからだ。




