日常2-4
皇帝、グラン・ジョルダン……名前だけは聞いたことがある。どこで聞いたんだ?
「……あ」
思い出した。確か、あの図書室にあった、なろう系小説の作者だ。皇帝なのに、小説も書いていたのか。
「何か?」
「い、いや。何も」
俺はとっさに誤魔化した。ハンスは怪訝そうに俺を見ると、話を続ける。
「お嬢様は宰相の一族ワイズマン家の長女、私はその世話役の下級貴族ブッカー家の嫡男でした。私が17、お嬢様が15の時までは、何一つ不自由なく暮らしていました。
それが暗転したのが10年前……『勇者グラン』の登場です」
「勇者?」
「ええ。セルフォニア北方、ワシュワ辺境国はオーガやオークなど異種族の精力が強い蛮国です。北方からの侵略とそれに伴う治安悪化は、セルフォニアにとって長年の宿痾でもありました。
それをたちどころに解決し、ワシュワを服従させたのがあの男――ワイズマン家と並ぶ名門ジョルダン家の4男、グランです。その後から、ティタニア皇帝陛下はあの男を寵愛するようになりました」
「その時にはもう転生者に乗っ取られていたわけだ」
「恐らく。いえ、今にして思えばワシュワ討伐のずっと前から、あの男は『グラン・ジョルダン』ではなかった。年単位で、あの男は簒奪に向けた計画を動かしていた。
セルフォニアは転生者の取り締まりが緩かったのも災いしました。あの国はイーリス神ではなく、アザト神の信仰が強い地域でしたから」
「アザト神」……確か、この前図書室で読んだ本にあったやつだ。慈悲と混沌、生と死を司る神でありイーリス神の夫とも妻とも言われているらしい。転生者はアザト神の導きとする学説と、そうではないという学説が鋭く対立しているという。
宗教戦争のようなものはこれまでに起きていないらしいが、アザト神の信仰が強いセルフォニアやパルフォールは「生も死も神の思し召し」と転生者を受け入れる文化が強いという。それでも、転生者をそのままにしておく条件は厳しいともあったが。
「浄化や討伐というわけにはいかなかったのか」
ハンスが目を閉じた。
「……問題を表向き起こしていなければ、セルフォニアでは転生者はそのままという規則になっていました。その対象になる転生者は少なかったですが、グランはその1人だった。そもそも転生者であるとほぼ誰からも悟られていなかった。
あれは誰の目から見ても、善良で大人しく、将来有望な若者『グラン・ジョルダン』でした。友人である私やジャニス……お嬢様でも、少し機転が利くようになった程度にしか思わなかった。ジャニスが戯れに『魂見』を使わなければ、彼が転生者であることは露見しなかったかもしれない」
「お友達、だったんですか」
ミミの問いに、小さくハンスが頷く。その表情には、いつもの余裕ぶった笑みはない。代わりにどこか悲痛な微笑があった。
「……ええ。お嬢様が14の時には、彼女との縁談も持ち上がっていました。だが、彼はそれを断った。あの時のお嬢様は随分と嘆かれていましたが……今にして思えば、あの時に既に彼は動いていたのでしょうね」
「動いていたって、何をしていたんですか」
「ジョルダン家の一員という肩書を生かし、浄化や討伐の対象になりそうな転生者に水面下で声を掛けていたようです。
そして結成された、複数の転生者からなる特務部隊が『白光』」
「びゃっこう?初めて聞きました」
「ええ。そして彼らを率い、あの男は瞬く間にワシュワを平定したのです。そして国の中枢に食い込んでからの動きは早かった。急進的な政策をティタニア陛下を通して実現しようし、反対する勢力を『白光』を使ってことごとく黙らせていったのです」
「ちょっといいか」と俺は話に割り込んだ。
「2つ質問がある。グランってのはどうやって転生者を手懐けたんだ?俺もそうだったから分かるけど、転生者は力を持ったらまずそれを使って無双したがるものだろ」
「いい質問です。元々持っていたカリスマ性もあるでしょうが、グランの持っている恩寵の力も大きいと思います。……あの男の持つ能力、それは『巻き戻し』」
「巻き戻し……まさか、時間を遡れるのか?」
「ええ。細かい条件までは分かりませぬ。どのぐらいまで戻せるのかも、私は知らない。ただ、お嬢様といた時に『何故戻らない』と言っていましたから、恐らくそのような恩寵を持っているとは思います。
あの男は、何回も危地に立っては『巻き戻してきた』はずです。そして、そこから最善解だけを選び取り、自分に都合のいい結果だけを選んでここまで来た。転生者を服従させ、心酔させることなどわけもない」
俺は唾を飲み込んだ。自分でタイミングを操作できるタイムリープ、だと?昔読んだ漫画のラスボスがそれに近い能力を使っていたが、それはほぼ無敵かつ不死の能力だった。そんなのがこいつらの相手なのか。
「……やばいな。そこでもう一つ訊きたい。グランは、何故クーデターを起こしたんだ。皇帝に取り入ったんだろ?」
「グランは、あまりに性急に国を変えようとしすぎた。彼のやろうとしたこと全てが間違いとは申しませぬ。ただ、何事にも順番はあるのです。
特に全ての転生者に自由を与え、祓い手制度を撤廃するのには強い反発がありました。特に強く反発していたのが祓い手も兼ねていたワイズマン家でした。そして……あの男は『白光』と共に凶行に及んだのです」
ハンスの表情に僅かに怒気が滲んだ。
「さっき言ってた話だな。あんたとジャニスお嬢様の家族を皆殺しにしたという」
「……厳密には少し違いますが、実質的にはそう理解してよいかと。ティタニア陛下も亡き者にされたと、後日聞きました。そしてグランは……皇位を簒奪し、セルフォニア皇帝となった」
ハンスが拳を握りしめている。思い出すだけでも怒りがこみ上げているのがすぐに分かった。
「そこで、あんたとお嬢様は逃げだしたわけか。しかし……よくそんなのから逃げ出せたもんだな」
「お嬢様の周囲には、恩寵の効果が届きませぬ故。それを利し、私たちは『時魔法』で逃亡したのです。……簡単では決してありませんでしたが」
「それで、復讐の機会を待っているってことか。あんたらが祓い手やってるのも、俺たち転生者を憎んでいるのも、理由は分かったよ。
んで、この話を隠しておきたいのも何となく分かった。あんたらがセルフォニアの元貴族であること、そしてあのフリードって奴と組んでいることがばれると色々厄介なんだろ」
「存外聡いのですな。ただの愚かな転生者かと思っていましたが」
「存外は余計だ。てか、俺にタメ口を許したのは何でだよ」
フフフ、とハンスがいつもの調子に戻った。
「貴方が祓い手となるなら、貴方は下僕ではなく協力者となりますからな。上下関係を押し付けるのは、いささか不自然です。
ただ、貴方に課した規則はそのままですがね。私たちに歯向かうようなら、遠慮なく浄化させていただきます」
「結局はそういうことかよ。んで、俺にあんたらの復讐の片棒を担げってか」
「別に無理強いはしませぬ。ただ、カル様の言うとおり『熊の手も借りたい』のは事実です。それに、自由になりたいならこれが最短の近道ではあります。レヴリアもイーリス教会も貴方を全面的に支援しますから、自由になった後の生活も保障されるでしょう」
俺は腕を組んだ。転生者を狩るとなれば、多分罪悪感はあるだろう。俺自身、相当な絶望の中でジャニスに浄化されている。同じような感情を相手に与えることに躊躇がないかと言われたら、それはノーだ。
そもそも、俺は本当に「吸魂魔法」なんて使えるものなんだろうか。才能があるというだけでこの話に乗るのはマズい気もする。見返りはあるが命の危険も大きい。
これだけでは、ハンスのオファーに乗るには足りない。もう一つ、何かないと……
俺はちらりと隣のミミを見た。そういや、こいつは3年も待っているんだよな。その間ずっとこの屋敷にいるというのは、ちとかわいそうだ。
「……なあ、一ついいか。ミミも一緒に行動できないか」
「えっ!!?」
ミミが椅子を倒して立ち上がる。そこまで驚かなくてもいいだろうに。
「な、何でですかっ??」
「いや、俺が祓い手になるなら、またあんたこの家に一人きりだろ。それはちょっと酷じゃないか」
ハンスに視線を向けると、目を閉じて考えているようだ。
そして数秒後、口を開く。
「……ダメです」
「何でだよ。俺は外出OKで、ミミはダメなのか」
「ええ。……あまりに、ミミの恩寵は強すぎる」
「え?」
ミミはというと、俯いて落ち込んでいるようだ。そりゃがっかりもするよな。
「どうしてだよ!?そんなにヤバい力だってのか」
「その通りです。義体に封じられてなお、です。下手に発動したら、多くの人の命が失われかねない。それほどの力です」
ミミが顔を上げた。
「あの力なら、絶対に使いません。約束します」
「貴女が噓を言うような子ではないと知ってます。それにもう大人です。今なら恩寵を制御できていても不思議ではない。
それでもなお、あれは危険すぎる。実際、ユウにも僅かに影響が出ている。それを鑑みると、迂闊に外に出せないのです」
……俺に影響が出ている??どういうことだ??
俺の困惑をよそに、ミミは話を続けている。
「だけど……ルカちゃんに会いに行くこともできないんですよ?もう随分待ちました、せめてこのぐらいはいいんじゃないですか?
……ハンスさんもジャニスさんも、私には本当に良くしてくれています。本当に感謝してもしきれません。私がこうしなければいけない理由も分かってます。……でも……」
「3年前の事件、忘れたわけではありますまい。貴女に関わり、12人が死んだ。全員咎人であったとはいえ、重大な事態を引き起こした。もし一歩間違えていたら、死者はその10倍、いや100倍に達していたかもしれない。
そのことを鑑みると、レナード博士の研究が終わるまでは貴女を外には出せないのです。その点、ご理解を……」
その時、リビングの扉が開いた。ジャニスだ。
「そういうことなら、私も責任を取るわ」
「お嬢様!?いつから……」
「話は途中から聞こえてたわ。ユウがミミも外に出せないかと言った辺りからね。私もミミをどうしようか、ずっと考えてた。丁度いい機会よ、乗りましょう」
「しかし……」
「ミミの『ハムラビの定め』が恐ろしく危険なのはよく分かってる。それでも、そろそろ頃合いだと思うの。もし彼女が暴走したら、ユウだけじゃなく私も責任を取って死ぬ。それでどう?」
ハンスとジャニスが黙って視線を交わす。10秒ほどの沈黙の後、根負けしたようにハンスが苦笑した。
「それは私にも死ねと言っているようなものではないですか。……まあ、仕方ありませんね」
「ありがと。じゃあ、次から2人も連れて行くのね」
「最初はお試し、ですな。あまり厳しい依頼が来なければいいのですが」
「やったあ!!」とミミが俺に抱きつく。生身の肉体なら役得だったんだろうなと思いつつ、俺も照れながら「まあ、な」と返した。
それにしても、どうしても知っておかなきゃいけないことがある。
「なあ。ミミの恩寵……その、ハムラビのなんとかってのは、そこまで危険なのか」
小さくハンスが首を縦に振った。
「ええ。……平たく言えば、彼女に向けられた感情の『反射』です」
「は?」
「要は、悪意を持って彼女に接した人間は、その悪意に応じた――いや、その悪意の数倍の苦痛を味わう、ということです。
ここから先は、ミミに説明してもらいましょうか?」
ふるふる、とミミが俺に抱きつきながら首を振る。
「嫌です。もうこの力は、私も使いたくないんです。……あの時のことは、話したくもないです」
「……そうですか。まあ、私たちも貴女の恩寵が発動することなど望んではいませんが」
悪意の反射、か。となると、俺がここに来た時にミミに悪態をつき続けていたら……そう思うとぞっとした。
同時に、フィラデリアから戻ってきたジャニスが「まだ消えてなかったの」と言った理由も察した。俺は相当に危険な状態の下で生活していたらしい。
……というか、何で俺はミミにこんなに優しくしているのだろう。惚れたとかそういうのはあり得ない。俺にケモナーの趣味はないからだ。
じゃあ単にこいつがいい奴だからか?それはあるかもしれない。だからこうして、彼女を助けようとしているんだろう。俺はそう自分を納得させることにした。
にしても、この2人が恐れるほどの恩寵というのは、どういうことなのだろう。1000人以上が死んでいたかもしれないというのは、さすがにただ事じゃない。
ただ、もう決まったことだ。俺ももうやるしかない。「前世」の時のように、逃げてばかりじゃ何も始まらないのだ。
*
そして2週間後。俺は自分の見通しが甘かったことを思い知ることになる。




