日常2-3
「「……はあああっっ!!?」」
その突拍子もない提案に、俺は思わず叫んだ。いや、向かいに座っているジャニスもか。
「ちょ、ちょっと正気ですかカル様っ??」
「ボクは至って正気だよ。君も分かっているだろう?祓い手は常時人手不足だ。それこそ猫の手、いや小熊の手を借りたいほどにね」
「だからといって転生者に祓い手をやらせるのは信じられません!!それにご存じでしょう、私たちが彼らにどれほど強い憎しみを持っているか!!」
「百も承知だ。だから、ボクはしばらくこのことは黙っておこうと思っていた。ただ、状況はそうも言っていられなくなっている」
ハンスが鋭い目でカルを見る。
「フリード陛下からお聞きになりましたね」
「ああ。メジア大陸での転生者大量発生。そしてその少なからぬ部分が、セルフォニアに流入している。今後攻勢が強まるのは必至だ。
そして今回のデルヴァー市の事件。幸いにして君たちが浄化に成功してくれていたからよかったようなものの、セルフォニアは明らかに彼女を利用しようとしていた。斥候と思われる冒険者、マイク・プルードンは未だ行方不明だ」
「つまり、対転生者への人員は増やす必要がある。だが、浄化が可能な『吸魂魔法』の使い手はかなり限られている。そこでユウに目を付けた、そうですな」
「その通り。『唯才主義』のフリードからの薦めもあってね。そこで今回の提案となったわけだ」
情報量が多すぎて整理しきれない。確かにレヴリアとセルフォニアとは冷戦状態にあるというのは、俺が憑依していたマルコ・モラントの知識を通して知っていた。だが、転生者の大量発生だのマイク・プルードンだの、新しい話が多すぎる。
カルが「すまないね」と俺の思考を見透かしたように苦笑した。
「混乱するのは当然だ。それに、君にとっては同胞を実質的に『殺す』ことになる。無理にとは言わない。
そもそも、身体能力を大きく落とされた『義体』に封じられている君が、どこまで祓い手としてできるのかは分からない。こちらにとっても窮余の策だというのは理解して欲しい」
「……見返りは」
「君の新しい身体――もちろん人間としての器を、極力早く準備させる。その後は、一切の縛りなく自由に生きることを許そう。もちろん、犯罪行為をした場合はそれまでだがね」
「……断ったらどうなるんだよ」
「それならそれまでさ。ただ、君が人間に戻る日は遠のくと思ってもらっていいね」
チッ、と俺は舌打ちをした。脅しかよ。
ただ、協力したところでいつこの不便なテディベア姿から解放されるのかは分からない。どっちを選んでも、あまり旨みはない気がする。
だったら、命の危険がない現状維持しかないな。祓い手というのが命の危険がある稼業というのは、俺がジャニスを殺そうとした辺りからも分かる。こいつらは場数を踏みに踏んでいるから全く慌てる気配もなかったが、俺じゃ絶対にあんなに冷静に動けない。
もう、死ぬのはゴメンだ。腹をえぐられ、大量の血にまみれて激しい苦痛の中でゆっくりと息絶えていくあの感覚。二度と味わいたくはなかった。
「……悪いが、ことわ『ちょっとお待ちを』」
はす向かいにいるハンスが俺を制した。
「カル様、ユウを祓い手とするというご提案には、別の狙いもありますね?それは何ですか」
カルはもう一度お茶を啜った。
「さすがに聡いね。ただ、それは今は言えない」
「また例の秘密主義ですか。困るのですがね」
「ふふふ」とカルが笑う。一体何だっていうんだ。
「とりあえず、君たちにとって彼は必要な戦力になる。それだけは言っておくよ」
「……『未来視』ですか」
「知っての通り、ボクのは薄ぼんやりとしか見えないけどね。それに、未来のことなんて知るもんじゃないよ。不確かな未来に振り回されてもろくなことにはならない。おまけに自分の未来は一切見えないと来ている」
「貴方も難儀ですね」
「君ほどじゃないさ」
ハンスが「全くです」と息をついた。カルの視線が再び俺に戻る。
「というわけでユウ君、ボクにはある程度の未来が見える。君が祓い手になった場合、君にとって何かしらの良いことが起きるというのは言っておくよ。もちろん、まだ確定していない未来に過ぎないけどね」
「確定していない未来?どのぐらい確からしいんだ」
「経験上は8割。しかもボクの『未来視』は情景の断片しか見れないから、ボクの言っていることは半分は与太話だ。
それでも、祓い手になればこのままでいるよりは良い未来があるであろうことは間違いない。無論、君がハンスやジャニスの下で修行をするというのが前提になるけど」
ジャニスが「ちょっと本気なんですか!?」と机を叩いて立ち上がった。
「グラン・ジョルダンを殺すのは、私たちだけで十分ですっ!!転生者の手なんて、借りる必要なんてないっ!!
それに、最近ここに来たばかりのユウをそこまで信用するなんて、私にはできませんわ!!寝首をかかれないとも限らな……」
「お嬢様」
ハンスが静かに、しかし強い口調で言う。ジャニスの動きが固まった。
「お嬢様の仰ることはよく分かります。ユウをそこまで信用できないのは私も同じです。
ただ、カル様の『未来視』は、十二分に信用に値するもの。それを信じているからこそ、私たちもここまで来たのではなかったですかな」
「でもっ」
「お嬢様もお感じになられているはずです。強い恩寵を持った転生者が増えすぎている。この前のヴァラン、そしてマリー。いずれも水準『4』以上です。水準『4』の転生者など、これまで年に1回出会うか出会わないかであったはず。お嬢様もその危険性、肌でお感じになられたでしょう?」
「……ええ。多分、彼らがもう少し賢かったら……ただじゃすまなかった」
「然り。転生者を憎むのは私も同じです。ですが、感情よりもここは理性を重視する局面であるかと。
メジア大陸の件といい、状況は確実に悪化しております。カル様の言う通り、味方は多いことに越したことはないのです」
ジャニスは険しい表情で、「ちょっと1人にさせて」とリビングを去った。ハンスが真顔で俺を見つめる。
「というわけです。後は貴方の決断次第。別に断っても構いませんが、私としては貴方の協力を強く望みます」
「なあ……じゃなかった。幾つか、聞いていいですか」
「どうぞ。ああ、その口調は疲れるでしょう。元の言い方にして結構」
「……悪いな。まず、そもそも何であんたらは転生者をそんなに憎むんだ」
「いきなり核心部分に来ましたね」とハンスが苦笑した。
「ミミには確か、この話はしてませんでしたね。貴女は巻き込みたくなかったので、敢えて避けていたのですが……貴女も17で分別も付く大人です、頃合いなのかもしれません。
カル様、私たちの過去について話してもよろしいですかな?」
「……『あのこと』についても話すつもりじゃないだろうね」
「ジャニスがこの場にいないとはいえ、流石に。私たちがここに流れ着いた経緯までです」
「ならいいよ。ボクらはこれ以上はお邪魔かな」
カルが立ち上がった。「えっ、もう帰っちゃうんですか」とルカが肩を落とす。
「ここから先は彼らが決めることだよ。部外者のボクたちが茶々を入れる話じゃない。それに、ハンスたちの過去については以前少し話しただろう」
「……もう少しミミちゃんとお喋りしたかったのに」
「まあ君はそんなに外出できる立場じゃないし、ミミ君も迂闊にここから移動できる立場じゃない。彼女に身体が見つかればいいんだが」
「もう3年ですよ?何とかならないんですか」
「都合のいい『器』は簡単には出てこない。女性の場合は特にね。ただ、これでもなるべく急いではいるんだ。ミミ君、分かってくれるね」
「はいっ!!大丈夫です!!」とミミはいつもの調子で笑う。本当に前向きな奴だな。
「ありがとう。じゃあ、ボクらはここで。ハンス、結論が出たら連絡してくれ」
「承りました」
ルカが去り際に「ミミちゃん、また会おうね」と彼女に抱きつく。目には涙が浮かんでいた。「聖女」とはそんなに会うのが難しいのだろうか。
彼らがリビングを去った後、ハンスが俺とミミを交互に見た。
「これより話すことは、一切の他言無用です。もし話した場合は、『命』の保証はないとご承知置きを。
極力、話さずに済めばよいとは思っておりました。ただ、もはや話さざるを得ない。少々長い話になりますが、よろしいですかな」
「……ああ。というか、そんなご大層な過去なのか」
「大層かは知りませぬ。ただ、今の世界情勢にも深い関わりのある話です。ミミ、以前お嬢様が、私たちがセルフォニアから来たと漏らしたことがあったでしょう」
「は、はい。それと関係することなんですか」
小さくハンスが頷く。
「ええ。元々私たちは、セルフォニアの貴族でした。そして、私たちの一族を殺したのが……現皇帝、グラン・ジョルダン。
転生者にして簒奪者、そしてこの世界を転生者のためのものとして作り替えようとする者です」




