2-9
「ざけんなぁっ!!殺すならさっさと……」
「静かになさいな」
脳天から激しい痺れが全身に走った。まるで雷に打たれたような、そんな感じだ。
あたしは立っていられずその場に倒れ込む。赤毛の女が、冷たい目で見下ろしているのが分かった。
「意識を失わない程度に雷撃魔法を打ったわ。とりあえず一通り話を聞いてから逝きなさいな」
「な……何、を……」
何を聞けっていうんだ。祓い手なら、とっととあたしを「殺せ」よ。
ハンスがフフフと笑った。
「何、生かしておくのにはちゃんとした理由があります。というより、そうせざるを得ない。お嬢様、マリー様の魂の色は」
「赤だけど、かなり紫がかってるわね。後数日……いや、明日でも危なかった。完全憑依の一歩手前、ってとこね。
というわけでニコラスさん、マリーは助けられそうよ」
向こうでニコラスが心底安堵した様子で息を付いた。
「そうですか……よかった。本気で絶望しかけていましたから」
「まあ、ここからがちょっと大変なのだけどね。それにしてもいい演技だったわ。貴方、役者としてもやっていけるんじゃない?」
「はは、支配人たる者、多少なりとも演技の心得なくては目利きもできませんから。上手く騙せるか、少々自信がありませんでしたが」
やはりあれは演技だったのか。では、あの身投げは一体……
「なんで……なんで死んでないのよっ……!!」
「そうそう、種明かしよね。向こうに小さな崖があるのよ。子供でも飛び降りれるくらい小さな崖ね。本物のニコラスさんはそこにいた。
そして、その様子を幻影魔法を使ってあそこに投射したってわけ」
「……は??」
ホログラムみたいなものをあたしは見せられていたわけ??そんなことが、こいつにできるというの??
「お嬢様」と呼ばれた赤毛の女が嘲笑う。
「できるわけがない、と言いたげね。まあさすがに即席じゃできない。事前にここに来て魔方陣を書いてなきゃ無理よ。よーく足元を見てれば、そこに薄く魔方陣があったことに気付いたでしょうけどね」
「まあ、気付いていても戦力をある程度分断するには十分な時間でしたがな。貴女の過ちは、自らの恩寵を過信しすぎたことと、私たちの力量を根本的に見誤ったことです。自らの力に溺れるのは、実に転生者によくありがちなことですが。
……さて、貴女に最後の弁明の機会を与えましょう。何故祓い手であるパオラ司教、カール大司教のみならず、カトレア、オルガ両女史まで殺したのか」
ハンスがしゃがみこんで薄く笑った。唾を吐きかけてやりたいけど、全身がスタンガンで撃たれたように痺れて言うことを聞かない。
「決まって、るでしょ……邪魔、だったからよ」
「邪魔とは?貴女の恩寵であれば、そこに転がっている子たちのように自分の下僕にすることも他愛なかったでしょうに」
こいつ、あたしの「偶像の甘き調べ」の効果までほぼ把握している。若く見えるけど、踏んできた場数が相当なものであるのはあたしにも分かった。
「……そんなことをあんたに言う義理は……」
「なるほどねえ。そういうこと」
「お嬢様」がふうんと頷いた。
「あ、黙ってても貴女の思考は薄く読み取れるのよ。だから黙秘はあまり意味を為さない。
貴女の恩寵、その2人にはあまり効かなかったのね。効果が皆無というわけではなかったみたいだけど」
血が一気に引くのが分かった。こいつもこいつで何でもありなの??
ハンスが「やはり」と呟いた。
「ヨーリヒさん、私の予想は当たっていたようです。彼女の恩寵は、既にマリーさん――憑依される前のマリーさんの『信者』であった人間には効かない」
「えっ……!?どういうことですか」
「カトレアさんもオルガさんも、歌劇場の主役級の歌姫だった。経験も相当におありだったと認識しております。
そして、マリーさんの才能を貴方と共にいち早く見抜かれ、可愛がっておられた。そうですね」
「え、ええ……あの2人の死は、歌劇場にとって甚大な損失でした。しかし、『邪魔』とは」
「彼女が歌劇場を支配し、唯一絶対の存在になるには、マリーさんに未練を持つ人間は邪魔なのですよ。要は、彼女は自分以外の『教祖』を認めない。だから貴女の『信者』になりきれない2人を無理矢理操って消したのです。
そして、マリーさんに対する最大の『信者』たる貴方だけには、彼女の恩寵は一切効かなかった。それもあってか、そこにいる転生者は何かの意図で敢えて生かしておいたようですな」
眼鏡の男がどこか残念そうにあたしを見た。
「貴女の能力は、歌を聴いた人間を貴女の信者にするというものですな。大方、『前世』の貴女の望みと関連した恩寵なのでしょう。
ただ、それにしても惜しい。そんな力などなくても、貴女ならそれなりに人々の心は摑めたでしょうに」
ギリッ、とあたしは歯を噛みしめた。
ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなっっっ!!!
「……あんたに、あたしの何が分かるというんだっっっ!!!」
*
あたし、富永美由紀は酷く醜く生まれた。
生まれついての皮膚病に厚ぼったい一重の目。小太りの身体。子供の頃から「ブス」だの「妖怪」だの言われて育った。
その容姿は、親や兄弟すらからも疎まれた。もちろん、学校で激しいいじめを受けたのは言うまでもない。教師があたしを庇ってくれるわけもなく、中学の頃には立派な不登校の引きこもりが完成していた。
こんな酷い容姿のあたしは、誰からも愛されない定めなのだと諦めきっていた。そして、周りの連中を憎みそねみながら、いつかは屈服させて許しを請わせてやるとありもしない妄想に浸っていた。
そんなあたしの唯一の逃げ場所は、アイドルの動画だった。華やかなステージで、キラキラした笑顔で愛想を振りまく彼女たちを強烈に憎みながら、自分がああなれたらと微かに思っていた。
同時に、彼女たちの歌う歌に心底吐き気も覚えていた。世の中はこの歌詞のように甘ったるくない。ずっとずっと過酷で、辛辣で、救いのないものだ。それを知るあたしなら、もっと人々の心を震わせる曲を作れるのに。
そう思いながら、決して世に出ることのない曲と詩を、締め切った暗い部屋の中であたしは作り続けた。
後で分かったことだけど、あたしにはアーティストとしての天性があった。誰に習ったわけでもないけど、無数にフレーズが頭に湧いてきた。
親はあたしに愛情も何も注がなかったけど、「パソコンさえあれば暴れもしないし子守りから解放されるだろう」と、ノートPCだけは買い与えていた。短気なあたしがヒステリーで暴れないよう、多少はクレカを自由に使わせてくれてもいた。
あたしはその金で作曲のソフトを買った。独学で楽器の勉強もし、安物のギターもゲットした。
決してその腕を人前で披露することもないのに、何をやっているんだろうと何度思っただろう。それでも、曲を作ることだけはやめられなかった。
そしてあたしが17になった時、運命が大きく動き出す。VTuberの存在を、あたしは知ったのだ。
これなら、顔を人前に晒すことなく、曲を発表できるのでは?
最初に「ほの昏い闇の底から」をYouTubeに投稿した翌日のことは、今でも忘れない。その再生数を見て、あたしは目を疑った。
10万回も再生されている???
その翌日には50万回、その次の日には100万回。乗数的に再生数は伸びていった。後で知ったことだけど、たまたまあたしの動画を見た音楽プロデューサーがツイッターで拡散した結果だった、らしい。
その時の喜びは語り尽くせないものだった。
ああ、やっとあたしの居場所が見つかった。
そしてあたしは、書きためていた曲を音楽ソフトとギター、そして自分の声を使って完成させては動画にアップしていった。自宅が田舎で、両親が農作業中で留守にすることが多かったのも幸いした。
気が付けばあたしは、VTuberアイドル「ミユキ」として絶大な人気を獲得していた。激しいメタルサウンドにダークな歌詞。そして情念のこもった歌唱。大昔のアーティストに名前をなぞらえる人も結構いたみたいだ。
そして、調子に乗って現実が見えなくなってたあたしは、人生最大にして致命的な過ちを犯す。
19の時、メジャーデビューの声がかかった。絶対に人前に顔を出したくないあたしはこのままでいいと思っていたけど、有名になってスポットライトの下に出て……今まであたしを愛さなかった連中を見返してやるという誘惑からは逃れられなかった。
そして、親に黙ってこっそり打ち合わせのために上京したのだった。電車では周囲の好奇の目が突き刺さったけど、何とかそれには耐えた。
問題は、大手の音楽事務所に入ったときに発生した。あたしを出迎えた音楽プロデューサーが発した一言が、全てを暗転させた。
「うわ、何だこの化け物」
あたしはキレた。
暴れるだけ暴れて、そいつをギターでボコボコに殴り、事務所のパソコンを全部ぶっ壊し……当然のように警察に捕まった。
それだけならまだよかった。
一週間後。絶望と虚無感にさいなまれながら家に帰ってきたあたしを出迎えたのは、首を括った両親の死体だった。
遺書には、「こんな娘など産まなきゃよかった」とあった。そこには事件を起こしたのが「ミユキ」であったこと、そしてその一部始終がネットにこっそりアップされていたことも記されていた。
別に、両親が死んでも悲しくはなかった。ただ、もう……この世界にあたしの居場所はないんだ。それだけは悟った。
「はは……ははは。はははははははは!!!!」
発狂してから先のことは、よく覚えていない。両の手首が酷く痛かったのだけは記憶にある。多分、リスカしたのだろう。
そして……あたしは全てに絶望し、この世界の全てを憎みながら、死んだ。
*
気が付くと……どこまでも続く真っ白い空間があった。あたしの前には神様みたいな格好のジジイがいる。
「のお、あんた。転生して、全てをやり直してはみんかの?」
*
そうやってあたしは、「マリー・ジャーミル」になった。あたしが決して得られなかった、アイドルに相応しい、可愛らしい誰からも愛される顔。そして透き通るような声。それを彼女は持っていた。
これさえあれば、今度こそあたしは自分の居場所を作れる。そして、全てを支配し、誰もが敬い羨む、絶対の歌姫として君臨できる。
あのジジイは、それを補完する最強の能力――「偶像の甘き調べ」も授けた。できないことは何一つない。そう確信した。
あたしの受肉体、マリーはあたしにとって憎むべき、決して手の届かない羨望の対象だった。こいつから全てを奪い取って、あたしが頂点に立ってやる。
*
そうして、1カ月が経った。全てが上手く行っていた。マリーの身体を完全に乗っ取るのはすぐだった。
……本当に、あと少しだったのに。
*
「うおおおおおおおおっっっ!!!!」
怒りと絶望、苦しみと悲しみ。その全てが、あたしの中に充満する。黒く熱く、強大で巨大なエネルギーが生まれるのがはっきりと分かった。
こんな力がどこに眠っていたのかは知らない。でも……これならこいつらを全部消し飛ばせるっっっ!!!
あたしは痺れに打ち勝ち、立ち上がって後ろへと跳んだ。そして両腕を前に突き出し、そのエネルギーを拳に集中する。標的はもちろん、あの3人だ。親衛隊の連中も皆死ぬけど、知ったことじゃない。
魔法のことなんてあたしにはさっぱり分からないけど、きっとこれが強力な攻撃魔法なのだというのは直感で察した。
そう、あたしを止めることなんて、誰にもできない。
「……できやしないんだぁぁぁっっっ!!!」
魔法が両拳から放たれようとした、その刹那。目の前から、あのハンスという男が「消えた」。
「残念。できるのですよ」
落ち着き払った、低く穏やかな声が耳元で聞こえる。口元に、何かが押し当てられた。
甘く、濃密で、蕩けるような香り。それはまさに至上の快楽。
……それが「死」の香りだと気付いた瞬間、あたし……富永美由紀の一生は、今度こそ終わった。




