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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
日常1「ユウ、皇太子と会う」
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日常1-3


「ふぁあ……おはよう」


「おはようございます!ジャニス様っ」


朝8時を回った頃、ネグリジェ姿のジャニスがリビングに半開きの目のまま顔を出した。目をこすりながら食卓についた彼女のティーカップに、俺は紅茶を注ぐ。

ミミはテキパキと朝食の皿を並べていく。野菜と刻んだ鶏肉入りのスクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコン、サラダ。ありふれているが、ミミの料理の腕がかなりのものであると俺はこの数日で知っていた。

前にどこで料理を習ったのかと訊いたが、「元々お料理は好きなんですよ」と笑うだけだった。そこに微かな影が見えて俺はそれ以上言うのをやめた。


ジャニスとハンスがフィラデリアという街から戻ったのは昨日夜のことだ。流石に疲れていたのか、軽食と風呂の後は2人ともすぐに寝てしまった。

俺がこの2人の主人とマトモに過ごすのは、実は今日が初めてということになる。


ジャニスが現れてしばらくすると、執事服姿のハンスが階段から降りてきた。いかにも寝起きという緩いジャニスと違い、こちらは一分の隙もない佇まいだ。


「おはようございます、お嬢様」


「ふぁあ……おはよう、ハンス。珍しいわね、私より遅いって」


「ああ、フリード陛下から移動電信機に連絡を受けたので、その対応を。朝食が済み次第陛下の元に向かいます」


「……ああ、デルヴァー市の依頼の件?またすぐに仕事ねえ……最近多くないかしら」


「その点の説明も込みと。ああ、私一人で行きます故、お嬢様はごゆるりと」


「うん、任せるわ。じゃあ、食べましょ」


ハンスが俺を一瞥した。


「一応、今日まで『無事』だったようですね」


「無事とは何だ……何ですか」


ジャニスの視線が一瞬俺に向き、すぐにミミに移る。


「ミミ、こいつの働きぶりどう?」


「ユウ君ですか?とても真面目ですよ!本当によく頑張ってます」


「ほんとぉ?とてもそんな奴には見えなかったけど、ねえハンス」


ハンスは紅茶を口にし、小さく頷く。


「然り。ただ、ユウが今日まで何事もなく過ごしてきたのは、ある程度ミミの言葉を裏付けております」


「そうなのよねえ。どうせ何かやらかして『再浄化』かと思ってたから、そこはちょっと驚いちゃった。

少なくともここまでユウが暴れたりミミに何かしたりということはないのは分かった。ミミ、本当に何もされてないのよね」


ミミはきょとんとした様子で「は、はい」とパンを齧りながら答える。ふむう、とジャニスが考える素振りを見せた。


「今度暇な時にルカに話を聞きに行こうかしら。教会、絶対何か隠してるわよね」


「それはその通りですが、彼らが我々に情報を流すとは思えませぬ。たとえフリード陛下にも、転生者の前世、そして処分に至る詳細な理由は明かさぬでしょう」


「それもそうなのよね……どう考えてもユウを『保護』する、納得が行く理由が見当たらないのだけど」


ふざけんなと声に出しかけて、俺はそれを必死で押し留めた。俺の生殺与奪の権利はこいつらが握っている。そうである以上俺は逆らえないのだ。


代わりに俺は、この一週間ずっと疑問に思っていることを訊いた。


「なあ……じゃなかった、すみません。俺の身体、何か弄られているんですか」


「というと?」


「いや、何かこう……誰かに、意思を操られているような、何というか」


フフ、とハンスが笑った。


「まあ、それはそうでしょうね。ああミミ、紅茶のおかわりを」


「分かりました!」と、ミミはパタパタとキッチンへと向かう。俺はそれを見届けて、改めて口を開く。


「どういう意味だ……ですか」


「それは私の口からは。お嬢様、いかがでしょう」


ジャニスはうーんと唸って、スクランブルエッグをスプーンで掬う。


「まだいいんじゃないかしら。というより、知らない方がいいことでしょうし」


「まあ、それもそうですな。ユウが善良であるなら、別に知らずとも何の問題もないこと。

私に言えるのは、貴方に合った受肉体が現れるまでは、ここで励みなさいということですな」


「それはどういう……」


「世の中には知らなくてもいいことがたくさんあるものです。知らぬが何とやら、というわけですな」


そう言うと、ハンスは素知らぬ顔で黒パンにバターを塗った。隠し事をされているのは気分が悪いが、それに反論する権利は今の俺にはない。

ミミが「お待たせしました!」とポットを持ってきた。釈然としない気分のまま、俺は柑橘系の香りのする紅茶を飲んだのだった。



主人2人が戻ってきても、俺の日常はそう変わらない。不思議に思ったのは、ジャニスの姿がほとんど見えないことだった。自室にもいない。


「なあ、ちょっといいか」


「はいっ、何でしょう」


洗濯物を干し終わったばかりのミミを呼び止めジャニスがどこにいるかを訊くと、「多分図書室ですね」という。一昨日入ったあそこか。


「いつもあそこにいるのか」


「ええ、お仕事とかがない時には。奥には書斎もあって、そこでご自身も文章を書いているみたいですよ」


「文章?何書いているんだ」


「さあ。それは私もわかんないです。ユウさんが図書室に入っていいか、聞いてきますね」


例の図書室の前で待っていると、ミミがジャニスと一緒に出てきた。ジャニスの表情は、いかにも不機嫌そうだ。


「何でここに入りたいのよ」


「いや……仕事の合間に何をしたらと思って。ミミもここに入っているらしいじゃないですか」


「ダメよ。あんたはまだ信用できない」


やはりか、と思っていると「どうしてですか!?」とミミが抗議の声をあげた。


「ユウ君なら大丈夫ですよ!この前も大人しくしてましたし……あっ」


ジャニスが溜め息をついた。


「やっぱりねえ……ミミ、許可なしに入れちゃダメって言ったでしょ」


「だって……ユウ君は信用できるって思いましたし……」


ミミは俯いてしょんぼりしている。少しの沈黙の後、「しょうがないわね」とジャニスが首を振った。


「……今のところは、でしょ。でも、もう一回入れちゃったなら仕方ないわ。入りなさい、ただ書斎に入ったら『消す』わよ」


俺は「ありがとう、ございます」と一応礼を言って図書室に入る。相変わらず凄い本の量だ。


「ここにある本は」


「右側にあるのが魔術関係。そっちは多分読んでも全く理解できないわね。左側が歴史書や地理書、その他諸々。この世界がどういう世界かを知るには丁度いいでしょうから、まずはそっちを読みなさい。で、真ん中が『禁書』ね」


「禁書?」


真ん中の本棚から、一昨日俺とミミは本を取った。あれらは読んではいけない本だったのか。血の気が引くのが分かった。

俺のその様子を見て、ジャニスはやれやれと首を振る。


「転生者であるあんたたちが読む分には構わないわよ。ただ、持ち出しは厳禁。

この本棚にあるのは、全部転生者が書いた本ね。その殆どが、別の世界の作品を模倣したか、あるいはほぼまるごと盗んだかしたものよ」


だからあの「坊っちゃん」は舞台が日本じゃなかったのか。なるほど、納得が行った。


「転生者が書いたものは、全部こうやって回収してるんですか」


「まあね。転生前の知識を使って商売しようとする奴はそこそこいるわよ。上手くいくとは限らないけど、それなりに売れちゃうのもいる。

そしてそういった連中の作品は、『禁書』として回収処分になるわけ。まあ、こっそり持ってる人もいるかもだけどね。勿論所持は重罪」


「じゃあ、何であん……お嬢様は罪に問われないですか」


「それは『祓い手』だからよ。転生者に関する知識は持っておくべきということで、所持が認められてる。

まあ、大体は二流三流の文章力で読むに堪えないけどね。中にはそこそこ出来の良いのもあるから、暇潰しにはなるわ」


ミミは「うんうん」と頷いている。余程この前の本がお気に入りらしい。


「ま、あんたがここで読む分には問題ないわ。家事だけじゃ暇でしょうしね。繰り返すけど、持ち出したら消すからそのつもりで」


ジャニスはそう言うと、奥の書斎へと消えていった。彼女は思っていたよりは話が通じるのか。単にミミに甘いだけなのかもしれないが、少し印象が変わった。


俺は一昨日の本を探して手に取った。まだ三分の一も読んでいない。ミミはというと、また「長いお別れ」を読んでいる。


「なあ、ちょっといいか」


「ほえ?な、何ですか?」


「いや、なんだ……それ、読み終わったら貸してくれねえか。少し興味が湧いた」


「あ、いいですよ!ユウさんのと交換でいいですか?」


「ん……まあ、構わねえけど」


「フフフ、約束ですよ」とミミが笑う。……どうにも調子が狂うな。


ふと気になって、真ん中の本棚を見てみることにした。殆どが知らない作家の、知らないタイトルだ。まあ、タイトルまで同じにパクっているとは限らないか。

それにしても、本自体は随分と古い本ばかりだ。最近のものと思われるものはあまりない。「禁書」はそんなに頻繁に出るものでもないのだろうか。


そんな中、比較的真新しい本を一冊見付けた。俺はそれを手に取る。

タイトルは……「転生無双する俺は皇帝となり世界を変える」。何だかなろう系みたいなタイトルだな。



著者は……グラン・ジョルダン、とある。どこかで聞いた名前だ。



まあ、後で読めばいいか。この「敵手」も面白いが、文章が少々堅苦しくて疲れる。なろう系もあるなら、暇潰しにはちょうどいいか。




それがなろう系小説などではなく、まさに世に出してはいけない「禁書」であることを、俺は近いうちに知ることになる。




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