日常1-2
「お茶をどうぞ」
ミミがお盆にティーポットとティーカップを3つ乗せてやってきた。彼女は「んしょ」と、小さな手でカップに薄緑色の液体を注いでいく。ミントか何かの、爽やかな香りが広がった。
「お前の分はどうしたんだよ」
「あっ、私は要らないです。皆さんのために淹れたので」
「客に淹れるのは分かるけど、俺に用意するならお前も飲まないといけねえだろ。立場としては同じなんだから」
「ん……そうですけど」
やり取りを見ていたフリードが「ハハ」と笑う。
「ミミちゃん、彼の言う通りだよ。どうにも君は遠慮がちなのが玉に瑕だ」
「そ、そうですかっ。で、ではお言葉に甘えて……」
そう言うとミミは恐縮しながらキッチンの方へと向かっていく。フリードはうんうんとその様子を見ていた。
「なるほど、彼女の見立ては正しいようだね」
「見立てって何だよ」
「優しい、ってことさ。君が自覚してるかどうかは分からないがね。それに、君の心根がもしも『悪』なら、君はもう消えてしまっている」
「……は??」
向こうから「お待たせしましたあ」とミミがやってきた。フリードは「おっとこれは失礼」と口を押さえる。何を言おうとしたんだ、こいつは。
ミミはお茶を自分のカップに淹れると、お茶菓子をテーブルの真中に置いた。彼女と同じウサギの形をしたクッキーだ。それを一口食べて、彼女が切り出す。
「で、陛下はユウに会いに来たんですよね」
「まあね。新入り君がどういう子かというのと、そっちの世界の現状を知りたく思ってね。
おっと、君の自己紹介がまだだったね。別に前世は話さなくても構わないが、名前ぐらいはいいだろう」
俺はお茶を一口すすって答える。
「高松裕二だ。ここではユウという名前になってる」
「ユウ君か、了解だ。年齢は」
「……死んだ時は19だった」
わあ、とミミが声をあげた。
「私より2つ上なんですねえ。いいなあ」
何がいいなあ、なのかさっぱり分からない。というより、こいつは17なのか。もう少し歳下かと思っていた。
フリードは「紙の準備を」とカタリナという女に告げた。女は鞄からノートとペンのようなものを取り出し、メモを取る準備をしている。
「ありがとう。君の前世について細かく質問はしないから安心してくれ。というより、下手に転生者の過去に詮索はしないというのが決まりでね。
僕が聞きたいのは、あくまで君たちの世界で何が起きているのかということだ。ミミちゃんがここに来た3年前より昔のことはいい。それからのことを教えて欲しい。ああ、そのまま敬語は使わなくていいよ」
「何のためにんなことするんだよ」
「フフ」とフリードが笑う。
「『敵を知り己を知れば百戦殆うからず』という言葉がそちらの諺にはあるらしいね。それは全くその通りだ。
僕、そしてレヴリアにとって君たち転生者は敵じゃない。ただ転生者を受け入れるセルフォニアは敵だ。彼らの出方を知る上で、転生者側がどういう情報を持っているのかは知っておきたいのさ」
「セルフォニアと戦争でもするのかよ」
「いつかはね。正直、単純な戦力だけじゃ勝てない。だからこそ、必要なのは相手の情報なんだよ。何を考え、どういう文化と技術を持っているか。転生者の大量発生につながるような天変地異はなかったか否か。知り得る情報は知っておきたいのさ。
もっとも、転生者を捕まえて拷問しても質のいい情報は手に入らない。そういう意味で、君のように庇護の下にある転生者は貴重なんだよ」
「俺が嘘出鱈目を言うとは思わねえのか」
「いや、それは不可能だよ。もしそれがハンスやジャニスにバレたら、君は消されるからね」
こちらの心情を見透かしたかのようなフリードの笑顔に、俺は軽く舌打ちをした。
「一応言うが、俺は勉強もできねえしニュースもろくに見てねえぞ。大したことなんか言えねえが、それでもいいってのかよ」
「いや、それでも十分だよ。さ、聞かせてくれ」
*
「今日はこのぐらいにしておくかな」
フリードたちが来てから2時間ぐらいした後、奴は腕時計を見て呟いた。外はすっかり暗くなっている。
フリードは色々なことを質問してきた。世界情勢、経済情勢、社会的事件……俺の馬鹿な頭じゃろくに答えられなかったが、それでも奴はカタリナにメモを取らせていた。
特に関心が強かったのは新型コロナとウクライナ紛争だ。前者はともかく、後者については俺はほとんど答えようがなかったが。何故戦争が起きたとか、どのぐらい人が死んだかとか、底辺高しか出てない俺に分かるわけもない。
それでもフリードは「良い学びになった」と実に満足そうだ。
「まさかまた来るのかよ」
「そのつもりだよ。最近転生者が少し増えた理由が分かっただけでも収穫だ」
「は?」
フリードはハーブティーのようなお茶を一口飲んだ。表情からは笑顔が消えている。
「この世界と君たちがいた世界は、恐らく平行世界だ。時間の流れも共通している。
そして、君たちの世界で多くの人が不慮の事故や事件で亡くなると、その分転生者が増えるんだ」
「それ、マジなのか?」
「過去の経験則だよ。例えば12年前、そっちの世界……特に『ニホン』という国では何万人も死んだ大災害があっただろう?時を同じくしてエビア大陸北東部――ちょうどセルフォニアのある辺りを中心に、転生者が大幅に増えた。
今回もそうだ。3年ぐらい前から転生者の数が世界各地で増えている。去年春からは遥か西のメジア大陸で転生者が急増した。色々符合するとは思わないかい?」
俺は唾を飲み込んだ。
「まさか……死んだ連中が全員こっちに転生してるとか、そんなことはねえよな」
「いや、どういう人間が転生するかという条件はある程度分かっているんだ。未練を残して、不慮の死を迎えた人間。そして死んだ時の年齢がある程度若いのも条件になってる。とりあえず30歳以上の人間に憑依した事例はほとんど聞かない。
僕自身も憑依された時は25だったしねえ。これでも相当珍しい事例だ」
「……あんたも、憑依されてたのか?」
ハハハ、とフリードが笑う。
「まあね。ハンスとジャニスが『祓った』第一号が僕だ。それについては、また話すことがあるかもしれないね」
カタリナが、「次のお約束が控えております」とフリードに告げた。「よっと」と奴が立ち上がる。
「また折を見て来るよ。それじゃ、お仕事頑張ってくれ」
ひらひらと手を振りながらフリードが去っていった。「ほええ」とミミが間抜けな声をあげる。
「私がこっちに来てからの3年で、色々なことがあったんですねえ……コロナって、そんな酷いことになっちゃってたんですか」
「3年前に転生した、って言ってたな。まだ流行り始める前だったか」
「……はい。外で何が起きてるか、ほとんど分かりませんでしたし……」
ミミの表情があからさまに暗くなった。余程思い出したくないような死に方をしたんだろう。俺は軽くぽんと彼女の肩を叩く。
「昔のことは言わねえ約束だったな。悪い」
「いえ、いいんです。でも本当にこの3年で色々あったんですねえ……後で私にも聞かせてくれません?」
「いいのか?ジャニスやハンスが知ったらまずいんじゃねえか」
「多分大丈夫ですよ。ああ見えてお二人優しいですし」
とてもそうは見えないが。特にハンスは明らかに意地が悪い。鬼畜眼鏡という表現がぴったりだ。
トテトテとミミがキッチンへと向かう。
「それじゃ、軽く晩ごはん作りますね!今日は何にしよっかなあ」
相変わらず元気な奴だな。一週間近く一緒にいるが、間違いなくミミは良い奴だ。それはもう認めざるを得ない。
別に馴れ合うつもりはないし、俺にケモナーの趣味はないから惚れるとかそういうのもない。ただ、俺の前世には全くいなかったタイプの女だ。多分、いいとこの子だったんだろう。
にしても、あいつも転生者なわけだよな。とすると、俺の「錬金術師の掌」みたいな恩寵を持っているのだろうか。
互いのプライベートに触れるのはハンスにきつく禁じられていた。多分、破ったら即消される案件だ。
ただ、あいつがどういう経緯でここに来たのかは少し気になった。どういう人生を歩んできたのだろう。
それが分かるのは、もう少し先のことだ。
そして、彼女の恩寵が如何に恐るるべきものであるのかも。




