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8 転生ヒロインは悪役令嬢に、ハッピーエンドを届けたい

「は――?」


 危うく取り落としそうだったカップをなんとか支え、ソーサーに戻しながら、ミーアは努めて冷静に問いかける。


「……お父さま。いまなんと、おっしゃいましたか?」

「ああ、うん……以前にも話したとは思うけどね。ミーアも来年から、王立学園に通うことになるから、その準備と心構えをしておくように、と」

 なるほど――ミーアは心の中で、男爵の言葉を咀嚼した。


 妹との仲が改善してからは、すでに三年の月日が流れており、ミーアは13歳を迎えている。

 背丈は思うように伸びなかったものの、お胸の成長は、同世代にくらべると格段によろしく、経験のない重みはミーアの心を豊かにしていた。


(たしかに、そろそろそんな時期にもなるのか――)

 そう思いはするが、ミーアが動揺したのは、その事実ではない。

 男爵が口にした、その王立学園の名前を聞いたからだ。

 差しだされた関係書類に目を通し、改めてそれを確認して、聞き違いではなかったことを理解する。


『王立シェラク学園 入学案内』


(やはり――)

 たしかに学園のことは以前から聞かされていたが、名前を聞いたのはいまが初めてだ。

 けれど男爵が口にし、書類にも記されたその名を、ミーアはなぜか知っている。

 正確にはミーアではなく、結月が――だ。


(間違いない、シェラク――妙恵がハマっていた、あのゲームと同じだ)

 妙恵――かつて結月が親友と呼んだ少女で、名を雨崎(あまさき)妙恵(たえ)という。

 結月とはタイプの違う、二次元コンテンツに夢中なインドア少女だったが、不思議と彼女とは気が合い、家に誘われることもしばしばあった。

 そんな彼女が一時期、頻繁に口にしており、プレイしながら内容を詳細に説明してくれたゲームが、それ――。


『ハピネス・ラバタン ~シェラク学園の平民令嬢』

 シェラク、シェラガク、ハピラバ、ラバタ――等々。

 略称はいくつかあるが、彼女が口にしていたのは、学園名でもあるシェラクだ。

 結月がゲームをプレイしたことはないが、彼女の解説を聞きながらプレイを見て、物語感覚で楽しんだ記憶はある。

 自身を教育コマンドで成長させる主人公となり、学園生活で出会う男子たちと仲を深めていく、恋愛シミュレーションだ。


 ゲームの舞台となる学園の名前が、来年から通うことになる学園と同じ名前だというのは、はたして偶然なのだろうか。

 そう考えたくはあるのだが、様々な情報がいくつも脳裏をよぎり、これが偶然ではないと知らしめていた。


 すべての言語は日本語か、日本で常用される外国語につながっている。

 算術関連の記号や用語も、日本で使われるものに近く、生物や植物の名前にしても、日本で知られているものと相違がない。

 時代や国柄を気にせずまとめたような文化や技術も、よくよく考えれば、いかにも国産ゲームにありがちな、なんちゃって中世というやつだ。


 ゲーム内容については、おおまかなシナリオくらいしか覚えていないが、会話の中で登場したため、キャラクターの名前はほとんど覚えていた。

 それを思いだした瞬間、ミーアは目を見開く。

(馬鹿な――だが、とても偶然とは思えない……)


 彼女が思いだした名前のひとつは、レティシャ=ミルロワ。

 そしてもうひとつは、リュナン=レイクス。

 リュナンはいわゆる攻略対象のひとりであり、義妹であるレティシャは、彼を攻略する際に登場するライバル――悪役令嬢と呼ばれる存在だった。


 対する主人公は平民でありながら、入学の年になったころ、実の娘として男爵家に迎えられる――という導入になっている。

 時期こそ違うものの、なぜ気づかなかったのかと思わされるほど、ミーアの境遇と酷似していた。


(……ああ、そういうことか)

 その理由は単純で、彼女がプレイするときは、デフォルトの主人公名を変更していたからだろう。

 ミーアという名に聞き覚えがないのも、そのためだ。

 とはいえミルロワという家名や、いまにして思えば見覚えのあった家の門など、ヒントとしては十分だったといえる。


 また、この作品の売りのひとつとして、主人公のアバターを自由にカスタマイズできる、という要素もあった。

 妙恵の主人公は、当然のように彼女自身に寄せてあったため、いまのミーアとはまるで違う外見である。

 いくら鏡を見ても、気づけないのは自明の理だ。


(ならばここは、本当に――ゲームの世界、なのか?)

 いや、正確にはそうではない。

 ここに生きる人たちの多くは、ゲームに登場するキャラクターではないが、それでも彼ら、彼女らの生き様はたしかに存在している。

 いわば、あのゲームを下地にして生まれた、新たな世界――というところか。


(……ありていに言って、あまりにできすぎている、とは思うが――)

 なんの因果か、結月はその主人公ポジション、男爵令嬢のミーア=ミルロワとして転生したのである。

 これがプレイヤーであれば、きっと狂喜乱舞するのだろうが、結月――ミーアとしては、手放しに喜ぶわけにもいかない。


     …


 ゲームのおもな流れは、自分を鍛え、イベントをこなし、ライバルを上回ること――まぁ、ここまでは許容できる。

 問題は、そうすることで生まれる結果。

 攻略対象とライバルの破局、という点にあった。


 攻略対象の男性には、婚約者がいるキャラクターも多く、そのルートでの悪役令嬢はほぼ確実に、その婚約者が選ばれる。

 そしてプレイヤーが、ハッピーエンドと呼ばれる結末を迎えたとき、一方で悪役令嬢たちは、破滅を迎えることになるのだ。


 展開はドラマティックであり、悪役令嬢たちの自業自得もあるため、ゲームとしては楽しめるものだろう。

 だが結月は、攻略対象たちの考え方や行動が、どうにも受け入れがたかった。


 仮にも婚約者である女性を放って、新参者の男爵令嬢にうつつを抜かし、挙句に愛を誓うとは、どういう了見なのか。

 彼女たちの大半は、凶行におよんだ末に破滅を迎えるのだが、そうなるまで追い詰めたのは誰なのか、よくよく考えるべきだろう。


 そんな彼らを不誠実だと断じる結月の言葉を、妙恵は一理あると評価し、もし結月が主人公なら、どんなキャラになるか――などと、おもしろがっていた。

 それに対して結月は、ライバルたちを助けて、彼女らが婚約者と結ばれるよう尽力したい、と答えている。

 不誠実な彼らと結ばれることが、悪役令嬢たちの幸せにつながるかは疑問だが、それは彼女たちが判断することだ。


 結月の返答に妙恵は、笑顔でこう返している。

『……自分は彼氏もいないくせに?』

 剣をもって返事しなかったことを、妙恵はもっと感謝してもいいはずだ。


     …


(――いや、そこは思いださなくていい)

 重要なのは、ミーアがこれからの人生において、攻略対象や悪役令嬢と出会うかもしれない――ということだ。

 というより実際には、すでに遭遇してしまっている。

 かわいい妹と、その婚約者は、そんなキャラクターたちのひとりだ。


(このままでは、かわいいレティが破滅してしまう……いや、待て――)

 そこまでを考えたところで、本当にそうなるのか、という疑問が浮かぶ。

 というのも、現状のミーアの境遇を考えれば、すでにゲームとは展開が異なっているからだ。


 本来のミーアが男爵家に迎えられるのは、入学を果たす来年。

 その少し前とするなら、今年の年末くらいになるだろう。

 しかしミーアは、すでに男爵令嬢となってしまっているため、そもそもスタート地点が主人公とは異なっていた。


 これについての理由は、おぼろげながら察している。

 本来なら引っ込み思案でおとなしいはずのミーアは、あまり外で遊ぶことがなく、その年になるまで男爵の目に留まることがなかった。

 しかし中身が結月となってからは、外で活発に剣を振るい、走り、声を張り、とにかく目立つ位置にいたのだろう。

 結果、男爵は三年前にミーアを見つけ、すぐさま養子に迎えることができた。


 そんな展開になれば、義妹との出会いも年齢が違ってくる。

 たかが三年、されど三年。

 8歳のレティシャも、それはそれは反発してくるものではあったが、行動があまりにかわいらしいものばかりだった。

 それが11歳ともなれば、急に現れた義姉に対しての行動はおろか、婚約者に対しての感情も異なってくる。


 従弟――リュナンが、そのような不誠実な人間とは思いたくもないが、見目の麗しさと物珍しい平民の振舞いから、主人公に目を奪われたとする。

 それを見たレティシャが嫉妬に狂えば、婚約者の袖にすがりつき、ふくれっ面で主人公を睨む程度では済むまい。

 現にゲームのほうでは、ずいぶんと悪辣な振舞いをしている。


 出会ったときから、あまりよい印象を抱けなかった義姉を、レティシャは陰で虐げるようになり、陰湿な嫌がらせをくり返した。

 主人公も気弱であり、また自身を守るすべも持たないため、見えないところが傷だらけになっており、心は暗く沈んでいく。

 ただ――リュナンだけが、そんな婚約者の振舞いに気づくのだ。


 それを公(おおやけ)にこそしないものの、リュナンはレティシャをたしなめ、主人公をかばうようになる。

 それがさらにレティシャの怒りを買って、嫌がらせは入学するまで続き、長期休暇で実家に戻れば、より手荒く虐げられた。

 流れが変わるのは、翌年の春――ひとつ年下のリュナンが、学園に入学する年である。


 学園内では婚約者の目がないため、リュナンは積極的に主人公と交流し、ひそかに愛を育んでいく。

 仮に――彼がミーアにそういった態度を取るなら、ミーアも剣を取って応える必要がありそうだ。


 それはそれとして、ゲームの中でのふたりは、やがて想いを通わせることとなり、いよいよ物語の終盤――。

 長期休暇で帰省したリュナンは、レティシャとの婚約を破棄したいと訴え、代わりに主人公と婚約したいと願い出る。

 両家の親が驚く間もなく、激昂したレティシャは凶刃を振りかざして、主人公に襲いかかるという展開だ。


 ここで分岐が発生し、一部パラメーターやキーアイテムが足りない場合、主人公が意識不明になるというバッドエンドを迎える。

 この場合においても、レティシャの立場は確実に失われるに違いない。

 ハッピーエンドにしても、レティシャは取り押さえられ、裁きを受け、主人公はリュナンと幸せに――という、ミーアには受け入れがたい結末だ。


 ちなみに、主人公を凶刃から守るキーアイテムは、本来なら男爵家に入る前に渡されていたという、実母のペンダントトップである。

 義姉のことが気に入らないレティシャは、彼女の宝物であるそれを避暑地の湖に投げ捨て、主人公を深く傷つけるのだ。

 リュナンの好感度が高ければ、事前に回収し、返してくれているため、それがお守りとなって凶刃を防いでくれる。


(そういえば……あの夢は、もしや――)

 彼女がミーアの大事なものを捨てる、という光景には覚えがあった。

 かつて保養地に向かう馬車の中で、うたた寝をしたときに見た夢が、まさにそのとおりの内容である。


 もちろん、この点においても現実との齟齬は著しい。

 まずペンダントのトップだが、それはすでに男爵の手元にあり、彼の書斎で大事に保管されている。

 いまのレティシャが、そうしようと思い立つ動機すらなさそうだが、仮にあったとしても、それを手に取り、処分することは難しい。


 そもそも、リュナンとレティシャの関係にしても、大きく異なっている。

 ミーアの目から見ても、レティシャはミーアにこそべったりと甘えているが、逆にリュナンに対しては、どこかつれない反応ばかりだ。

 それが男心に火を点けるのか、リュナンも折に触れてはアピールし、彼女を射止めようと努力している。

 そんな男気を、ミーアも陰ながら応援してはいるのだが、なかなかうまくはいかない様子だ。


 ともあれ――総合的に考えてもやはり、ここがあのゲームに酷似した世界ではあっても、やはり現実とは異なっている。

 レティシャに待ち受けていた破滅の未来は、そうした齟齬がいくつも重なり合った結果、改変することができたのではないだろうか。


 あの夢がゲーム世界の、破滅の未来の暗示かどうかは、さだかではない。

 ただ、少なくともあの夢が現実になることはなく、レティシャの未来には、幸せな選択肢が生まれたはずだ。


(……私の努力が、などとおこがましいことは言わない。だが――)

 この世界に暮らす人々が、ゲームのキャラクターなどではなく、現実として存在するひとりの人間たちなのだということは、ミーアにもよくわかっている。

 だからこそ、それぞれの未来は、まだ決定されてなどいない。


(私は、そんな人たちを……守り、支える力になりたいんだ)

 たとえ、学園に入学してから、レティシャのような立場の人々に出会っても、破滅の未来に臆することはない。

 決定していない未来を、見えない不安で塗りつぶす必要はなく、道が見えないというなら、自らの手で切り開くまでだ。

 彼女たちに、幸せな未来をつかんでもらえるように――。


     …


 既知の名前を聞き、動揺していた心が落ち着いてくる。

 ここがゲームの世界と同じ、だからなんだというのか。

(私がやるべきこと――やりたいことは、さほど変わらない)


 自身の矜持を持ち、今世での生をまっとうすること――。

 加えて、破滅の未来に瀕した悪役令嬢を見つけたなら、それとなく手を貸し、彼女たちの未来を切り開くこと。

 レティシャでうまくいったことを思えば、ミーア自身がなにかしらの動きを見せるというのも、大きな問題にはならないだろう。


(レティシャのことは、意識しなかったおかげかもしれないが……それでも、私がなすべきことを果たせば、おのずと近しい結果は生まれるはずだ)

「ミ、ミーア、大丈夫かい?」

 男爵が心配そうに声をかけてくるが、ミーアは学園案内の書類を見たまま、微動だにしない。


 学園に入学してから、気をつけることは一点だ。

 悪役令嬢たちが不幸に見舞われる原因は、まず主人公が攻略対象と出会い、仲良くなっていくことにある。

 ならばミーアは、その逆を行けばいい。


(攻略対象たちには会わない、積極的に交流しない……逆に令嬢たちとは、なるべくおだやかな関係を築けるよう、努力しよう)

 書類を握る手に、グッと力が込められる。

 この先、学園でどんな運命が待っていようと、必ずや、ライバルたちに幸せをつかんでもらおう。

 彼女たちには、その権利と資格があるはずだ――自分などより、よほど。


(私は、主人公(ヒロイン)として――悪役令嬢(ライバル)に、幸せな未来(ハッピーエンド)を届けたいっ……)


「あら――お姉さま、なにをしていらっしゃるのですか?」

 そんな誓いを立てていると、食堂に入ってきたレティシャが、ミーアに気づいてしずしずと歩み寄ってくる。

 あれから三年が経ち、家庭教師もついた彼女は、ひとつひとつの動作にも美しく磨きがかかり、非常に洗練された振舞いを見せていた。


 けれど――ミーアの手の中でつぶれる書類を目にするや、品のある笑顔も、一瞬にして歪んでしまう。


「お姉さま……来年には入学してしまわれるのですね、寂しいです……」

「ああ……すまないな、レティ。だが――」

「えっ――」

 そんなかわいらしいことを口にした妹を、ミーアはしっかりと抱きしめる。


「おっ、おぁっ、おねぇっ、ひゃまっ!?」

「――きみのことは、私が必ず幸せにするよ。心配しないでくれ」


 一瞬、なにを言われたのかと呆けた顔を見せるレティシャだったが、やがて思考が追いついたのか――。


「はいっ――よろしくお願いしますっ、お姉さまっ❤」


 お腹の底――魂から放たれるような、はっきりとした声音で返し、姉の身体を力強く抱きしめ返すのだった。


 長いプロローグ、終了です

 真ヒロインは、これの続編で登場予定ですが、いつになるかは未定です



 勇者パーティ暗部の書籍化については、またいずれ活動報告などで

 キャラデをいただきましたが、ルナがすごくルナしててよかったです

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに続編期待というところではありますが。この後は多数の語りつくされた物語が世の中にあふれており、あえていうと、ここで終わるのがこの物語のオリジナリティーとなりえるのかもしれないです。
[一言] 続編を是非
[良い点] 続編が欲しい....
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